日記

ふん切り

おはようございます。副住です。
昨日から雨が降り続いていますね。早朝はだいぶ雨が降っていました。
今は小雨になってきてますが、今日も一日中雨との予報です。
この季節は、雨が降れば日に日に寒さが厳しくなっていくように感じられます。
風邪などをひかないように注意したいものです。
昨年の今頃は長野(白馬)ではすでに積雪が観測されていたようです。
今年はまだ降っていないようですが、間もなくかもしれません。
白馬は豪雪地帯ですし、積雪が始まると片付けなどが進まないでしょうから、被災された方々のご不安は、はかりしれません。
しかし、今年は御岳山の噴火や長野の地震など、積雪が始まる直前に天災が起こりましたね。
御岳山では未だ行方不明の方々が数人おられるとのことですが、山頂に積雪が始まった為、捜索が中断してしまいました。
白馬村でも積雪が始まってしまうと、倒壊した家などの片付けが中断してしまうかもしれません。
いずれも中断してしまうことによって、「気持ちの整理」に余計に時間がかかってしまうということに繋がるでしょう。
ただでさえ、気持ちの整理がつき辛い状況であるのに、行方不明のままの状況や倒壊した家がそのままの状況であるということは、何だか「ふん切り」がつけられないで
時間だけが流れていくという、想像もしたくないほどの辛い状況だろうと思います。
そう考えると、「ふん切り」をつけられるということは大切ですね。
「ふん切り」がつけられることで、少しでも前を向けるような気がします。
では、「ふん切り」はいつつけられるのでしょうか?
そう考えてみると、おそらくですが、起きた状況を受け入れた時なのではないか と思います。
例えば、行方不明の方の場合だったならば、その方の安否(生存)の姿の確認。倒壊した家の場合だったならば、倒壊した家の撤去。
そのような現実に触れるとき、受け入れざるを得ない状況となるような気がします。(もちろん、受け入れたくない気持ちとの凄まじい葛藤があると思います)
その状況になってこそ、次の「ふん切り」へと進める可能性がでてくるのではないのかなと思います。
ただし、「ふん切り」も「ふん切りのつけ方」が相当に大事となるだろうなと思います。
(長くなるので、続きは明日にしておきます)

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