おはようございます。副住です。
おっと、昨日の更新を忘れてしまいました。
今、気づきました。
昨日は鎌倉に行ってきました。
また、諸々と学びが深まりました。
鎌倉での学びは「美」についてです。
門外漢の私ですが、縁あって、数年前から
「美」に関してご縁をいただき、そこから少しずつ
「美」の学びを深めています。
ただし、「美」には色々とあって、奥が深いのです。
門外漢の私ですので、ご縁をいただくまでは、はっきりいって
「美」について、然程興味もなかったし、興味を持とうとも
思いませんでした。
しかし、ご縁とは不思議なものです。
興味がなかったものでも、興味を持たざるを得ない状況になれば
少しづつですが、「美」について触れることとなっていきます。
また、「美」というものに触れることで、文化も考えさせられま
す。さらに、「たしなむ」ことの重要性にも気づかされます。
色々と経験すること。さらには、自分なりの哲学をもっている
ことで、「たしなむ」ことが活きてきます。
私は学生時代に学びを深めたことから、ある種の哲学をもつこと
となりました。たぶん、自分なりの哲学(考え方や捉え方)を
もっているのだろうと思います。
だからこそ、その哲学に合わないものだと、つまらないし、興味
がでない。しかし、鎌倉にいって「美」の学びを深めることが
続いているのは、学びが稀に、私の哲学にヒットする場合がある
からなのです。
ヒットする時、「おお!凄いな」と心の底から思わされます。
ある種の「感激」ですね。最近、私が学びを深めている日本の美
である「わび・さび」。これには、相当ヒットさせられました。
「わび・さび」は定義というか、捉え方は広いと思いますが、
おそらく、その「核心部分」の思想的な部分は、相当深いし
日本人的だな。と思わされています。ここにはもちろん、仏教的
影響がおおいにみられると思う訳です。
そう考えながら、それを表現している美術品(文化財)を見ると
「確かにそうだ!」とわかってきます。う~ん。「美」は深い。
このような自分なりの発見がある時、私はとても感激します。
歩みは遅いし、成長もゆっくりだけど、自分の腹に落とし込む
ような学びが好きなので、誤魔化さずにそのまま突き進みます。
本業とは別に、「美」を学び、活かすことが、私のもう一つの使
命なのです。ご縁があって、数年前からそうなってしまったので
す。ご縁とは不思議なもので、私が希望したわけでなくても、
そうなってしまうこともあるのです。
不思議って、思議(考える)することが、不(できないorしなく
てよい)と書きますが、まさに私が「どうして?」と考えても
仕方がないことなのです。