日記

続き

おはようございます。住職です。

今日も師匠の心配の日です。どうかご無事で。

さて、出禁の私は心配する事しかできないのですが、今日は別用があり、外出します。

自坊でジッとしているだけだと、正直、何もできないのに気になってしまうだけなので、

ある意味、別用があって、助けられているのかもしれません。

師匠から教えてもらったことは、何も芸術だけの事ではありません。

むしろ、教えていただいた核心は、「本物とは!」「信頼!」「教育!」などなど、多すぎます。

師匠と交流するようになって、丸5年。

ほぼ毎月、3~4時間ほど対話を重ねてきました。ですから、60回以上、合計240時間以上となるかも

しれません。一日が24時間ですから、丸10日間の時間になるのでしょうか。

もちろん、これとは別に書簡のやり取りも200通以上。

この年になって、怒られて、叱られて。。。

何度も嫌な思いもしました。しかし、振り返ってみると、嫌な思いを沢山したのですが、確かに私に非があ

ると思えるのです。全てを納得できたわけではありませんが、やはり私が認めたくない部分を指摘されるか

ら、嫌な思いをするのでしょうね。

冷静になってみると、これはとても有難いことで、この年になって、叱ってくれる人などおらず、私の場合

役職上、怒ってくれる人もだんだん少なくなっています。ですから、一歩間違えば、偉くなっていたことで

しょう。

しかし、師匠には、そんな役職など全く関係なし。

しかも私と年齢が50歳も離れているのですから、全てがお構いなし。

普段は優しいのですが、とてつもない拘りがあり、一歩踏み外すと大変。

私は何度も芸術の関係では踏み外した行動をとり、それは大変な目にあったことです。

それこそ、取り返しがきかないような、強烈な行動をとる師匠だったので、私も恐ろしさのあまり、以後気

をつけるようになります。これが成長なのでしょうね。

事後になるのですが、毎回、そんな事が起こった後、振り返ってみれば、私が悪いと思えるのですから不思

議なものです。たぶん、成長させてもらったのでしょう。

そんな濃密な時間が5年も続いているのです。

そして、お互いのすれ違いがあって、先日出禁となりました。強烈ですよね。

こんな状態にあるのに、不思議と師匠が大変な状態を知ると、心配になるのです。

やっぱり、お世話になっていると内心から思っているからなのでしょう。どうかご無事で。

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