日記

思わされたこと。

こんにちは 住職です。

関西に出張して3日目。17日の朝を迎え、天理教の本部にお参りに行ってみました。

平日なのに、多くの方がお参りに来られてます。驚きました。宗教が生きている。

しかし、天理教の方からすると、ずいぶん減ってきているようなのです。

日本ではどこの宗教でも同じなのか、宗教が生きていない。これは致命的だと思わされます。

世界は逆でしょう。宗教が生きているから。

日本では、政教分離やオウム真理教の問題もあって、宗教が敬遠される雰囲気ができてしまった

ように感じます。信仰を持つことが、変わったこと。あるいは、大丈夫か?と心配されたりする

場合もありそうです。もちろん、怪しい宗教?というのか、怪しいオカルト的なものは用心すべき

だとは思いますが、しっかりとした宗教への信仰がないなんて、人間の生き方として脆弱になりそうで

私は逆に心配になります。生きることに対して脆弱な人間が多いかもしれない今の日本人が、今後

どうやって世界の猛者達と対峙していけるのだろうか?と考えると、つくづくお先真っ暗なイメージが

私には過ります。

私がここで言いたいのは、生きる!ということに対して、ハングリーでないと。また、生きる!ということ

に関して、しっかり地に根差した土台となる考え方や思想がないと、生き方が脆弱になってしまうぞ!とい

うことなのです。食べられるかどうか?の前に、生きるってどういう事なんだ?という基本中の基本の土台

がしっかりしないで、あやふやなままで、不自由ない生活ができる今の日本ほど、脆そうな国もなさそうだ

な。と。もし、このままの状態で世界から取り残されてしまったら、もはや立ち直れないし、復活できない

でしょう。だって、国民の多くが、生きる!ということの土台を教育されてこなかったし、考えさせる環境

もなかったのだから。そして、オウムの問題で、宗教も力を失ってしまった。ある意味最悪な現況だと

思います。

今回の天理教の視察兼、研修によって色々と学べることが多かったな!と思っています。

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