日記

統一教会と献金 (宗教とお金の関係)

おはようございます。住職です。

数日間、忙しなくお参りや築地の仕事などで朝から夜まで不在な日が続いてしまい、更新を後回しにして

おりました。しかし、安倍元首相に関する、諸々の情報などを目にし、色々と綴ってみたかったので、期を

逃してしまいました。残念。

さてそんな中ではありますが、安倍元首相を銃撃した犯人は、宗教団体に恨みがあった!との動機を語り、

それが旧統一教会?と語ったようです。それを受けて旧統一教会の日本支部?の代表者みたいな方がでてき

て記者会見を行ってました。少しだけ見ましたが、全くの私見ですが、会見している時の表情が、どこか

人前に出る時の表情のように見えて、安倍元首相に対する気持ちが感じられなかったように見受けられまし

た。表情から察するだけなので、単に私がそう見えただけなのでしょうが、素直な心が、表情からは読み取

ることができなかったことが、印象的でした。私も含めて、宗教者って、あんな感じなのだろうか?と、

つい自分と重ねてしまいました。

さて、犯人の動機が何であれ、銃撃して殺害するなど論外です。人間的心情で言えば、なぜよりによって

それが安倍元首相に!?と納得できません。

犯人の動機として語られているらしいことは、母親が旧統一教会に寄付しつづけ、破産して一家がめちゃく

ちゃになった!とのことらしいです。

それを聞いて、ここでは宗教と寄付との関係について、私見を綴ってみたいと思いました。

私も宗教者の一人ですから、その立場でちょっと考えてみようと思うのです。

そもそも宗教ってなんだ!? との話しでしょうが、これが難しいのですね。

宗教と哲学の違いは、結構線引きが難しいし、宗教は〇〇だ!などと定義することができないような感じで

もあります。学者によって定義が若干変わってしまったり、個別の定義が成立してしまうような感じです。

それを踏まえた上で、私的に言うと、宗教は人間を超越する世界との出会い。なのかもしれません。

もちろん、このワンフレーズでは語り切れませんが、頭の悪い私なりに要約すると、そんな表現もありかと

思います。つまり、私たち人間界での様々な価値観や出来事は、人間界に於いては通じますが、それが

全てではありません。科学は人間界にとっての真実だ!と言えるかもしれませんが、あくまで人間界にとっ

てという限定がつきます。しかし、人間界の常識を超えた世界があります。

それが不可思議というものです。思議とは人間の頭で考えられること。それに不可がつくのだから、人間の

頭では追いつかない、理解できないこと。それが不可思議です。簡略化すれば、不思議となります。

不可思議も不思議も同じ意味です。つまり、人間界での頭で理解できない事、追いつけない事はあるのです

。そんな不思議なことを、もっと怪しげに〇〇様のお力によって、こうなったんだ!などとするとオカルト

的な宗教になり得ます。しかし、怪しくなく、きちっとした教義で説かれているちゃんとした宗教もありま

す。この見分け方もある意味では難しい。私は判断基準は自己の経験だと思っています。宗教経験。

ただし、怪しい宗教ほど惹かれやすいし、怪しい宗教こそ、信じ込ませようと都合が良い方法で、対象者の

人生経験を宗教経験と勘違いさせるように仕向けてくるはずです。それでハマってしまうと一気に信じ込む

ことに繋がっていきます。

上述したように、宗教は人間世界の価値観を超える世界ですから、人間世界で価値があるお金なども、そも

そも超越しているのです。だから、純粋な宗教の世界で言えば、お金なんて無価値なのです。

お金が価値を持つのは、人間世界での話なのです。

ただし、宗教団体となると団体を持っている為、人間世界での活動をしている!という事にもなります。

それはお寺であっても同じことです。お寺も人間世界に存在しているし、経済活動の中にあるので、

純粋な宗教とは別に、人間世界での活動をしていかなければいけません。

この人間世界での活動をしていく時に、価値がでてくるのはお金となります。

旧統一教会の教えなど知りませんが、報道を見ている限りにおいて思うことは、人間の世界を超越する

世界(それを神と呼ぶ宗教もあるでしょう)の為に、お金を寄付(献金)すべきだ!というのは、実は宗教者側の

都合のよい解釈なのです。だって、神にとって人間界でのお金なんて無価値なんだから。

では、どうして宗教団体はそんな事を言うのか?と言えば、人間界で神の教えを広めるためには

お金が必要なんです。つまり、団体としての活動にお金が必要なんです。純粋な宗教の為にお金が必要なの

ではない。純粋な宗教を人間界に広めていく為に、お金が必要となるのです。

報道を見ている限りの情報ですが、旧統一教会は、霊感商法などといって、壺や聖書などを超高額で売り付

けていたと見ました。なぜあんな本が3000万なんだ?と思ってしまいます。

お金が必要なのは、団体として活動する為なのです。人間界において勢力拡大する為にお金が必要なんです

。お金集めをする為に、純粋な宗教を利用するのは、私は違うと思います。

しかも、信者を破産させるほどお金を搾り取っていたのであれば、破産後の面倒はみるべきです。

それなのに、旧統一教会の代表者の会見だと、破産したのは承知していたが、その後は団体と距離をとって

いた!と話していました。 ??? なんだそりゃ!?と私は思いました。

つまり、破産させるだけさせておいて、破産したらさようなら!との事みたいに感じてしまったのです。

もちろん、破産理由が寄付が原因だったと仮定して!の話しですが。

記者会見を通じて、私が旧統一教会の日本支部?代表の人の表情から受けた印象は、きっとこのような姿勢

を根本的にもっていたからなのかもしれません。

一見クリーンに見えるんだけど、違和感を覚える。そんな表情でした。

もしも、旧統一教会が行っていた寄付活動(いわゆる、破産するまでお金を寄付させて、破産したら放ってお

く)が実態だとするならば、やっている事の筋が通りません。

今回の犯人の母の宗教団体への寄付と破産の関係が強いならば、犯人が恨みを覚えるのも仕方ありません。

もちろん、断じて殺人は許せません。しかし、恨みの感情を抱くのは当然でしょうね。

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