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西照寺一言預かり③

親に聞いておきたかった、たった一言

親が亡くなった後になって、これは聞いておきたかったと思うことはあるものです。それは、家の歴史や相続のような大きな話とは限りません。子どもの頃、どんなことが好きだったのか。若い頃、何に悩んでいたのか。あの時、本当はどう思っていたのか。

生前には、いつでも聞けると思っていたことが、聞けなくなってから浮かんでくることがあります。そして、最後に心へ残るのは、長い質問ではなく、たった一言であることもあります。「幸せだったかな?」「私のことを、どう思っていた?」その一言が、長く心に残り続けることがあります。

親が元気なうちにこそ、聞いておいた方がよいことはあると思います。でも、実際に、「何を聞いておけばよいのだろう」と考えても、すぐには思い浮かばない人も多いのではないでしょうか。

親は、あまりにも身近な存在です。いつもそこにいる人に、改まって質問することは簡単ではありません。昔のことを聞くのは照れくさい。急に大切な話を始めるのは重く感じる。何を聞きたいのか、自分でもよく分からない。聞きたいことがないのではなく、まだ具体的な言葉になっていないこともあります。

親に尋ねたい言葉は、後になって現れることもあります。昔の写真を見つけた時。自分が親と同じ年齢に近づいた時。その時になって初めて、「親も、あの頃は大変だったのだろうか」「本当は、何を考えていたのだろう」と思うことがあります。

西照寺一言預かりは、誰かに残す言葉だけを扱うものではありません。親に聞きたかった問いや、自分の中に後から現れた一言を残すこともできます。「本当は、幸せだったのか聞きたかった」「私が生まれた日のことを、もう一度聞きたかった」答えを得られない問いであっても、その一言は、自分と親との関係の中から実際に現れた言葉です。西照寺は、その問いに勝手な答えを付け加えません。「きっと、こう思っていたのでしょう」と解釈することもしません。本人から実際に現れた一言を、その人自身の言葉として受け取り、大切に扱います。今、まだ話せる人がいるなら、そこから一言だけ聞いてみることもできます。「子どもの頃は、どんな子だった?」「私が生まれた時、どんな気持ちだった?」「最近、何か楽しみにしていることはある?」すぐに答えが返ってこなくても構いません。聞いてみたという事実が残ります。まだ聞くことができないのであれば、「いつか、このことを聞いてみたい」という一言を残しておくこともできます。

親に聞いておきたかったことは、最初からはっきりしているとは限りません。後になって、たった一言として現れることがあります。その一言を、なかったことにしない。

西照寺一言預かりは、そのための小さな入口でもあります。noteでは、「親に聞いておきたかった、たった一言」という題で、もう少し詳しく書いています。

親に聞いてみたいことがある方や、聞けなかった一言が心に残っている方に、読んでいただければと思います。

西照寺は、家族に今すぐ渡せない言葉や、未来に届けたい本人の思いを、本人の言葉のまま静かに預かる寺院です。

  • 住所:埼玉県東松山市大谷2560-4
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