子どもや家族に、残しておきたい一言
親に聞いておきたかった言葉がある一方で、自分が親や家族の立場になった時には、「子どもや家族に、これだけは残しておきたい」と思うことがあります。それは、長い手紙や人生訓のような言葉ではないかもしれません。
「無理をしなくてもいい」「あなたが生まれてきてくれて、うれしかった」そのような、短い一言かもしれません。
家族の間では、「言わなくても分かっているだろう」と思うことがあります。長い時間を共に過ごしてきた。態度や行動で示してきた。わざわざ言葉にしなくても、気持ちは伝わっているはずだ。実際、言葉にしなくても伝わっていることはあります。
でも、親の中にあった思いと、子どもが受け取っていたものが、すべて同じとは限りません。厳しく接してきたけれど、本当はずっと心配していた。うまく褒められなかったけれど、誇らしく思っていた。口数は少なかったけれど、成長を楽しみに見ていた。本人の中にはあったものの、家族には届いていない言葉があるかもしれません。家族に何かを残そうと思っても、最初から長い文章を書く必要はありません。
人生をすべて振り返る必要もありません。家族一人ひとりに、立派な言葉を用意する必要もありません。今の自分の中から現れた一言だけを残すこともできます。残された人にとって大切なのは、必ずしも特別な表現ではありません。
その人らしい言い方。普段から口にしていた言葉。少し不器用でも、本人から実際に出てきた言葉。
たとえば、「ちゃんと食べているの?」「たまには家に帰ってきてね」「体だけは大事にしなさい」どこにでもある言葉のように見えても、誰が言ったのかによって、その意味は変わります。
今すぐには渡せない言葉もあります。急に改まったことを言えば、何かあったのかと心配されるかもしれません。関係がうまくいっておらず、今は素直に言えないこともあります。
「残しておきたい」と思うことと、「今すぐ伝えたい」と思うことは、同じではありません。言葉はある。でも、まだ伝える時ではない。そのような場合もあります。
西照寺一言預かりは、本人から実際に現れた短い言葉や文章を、その人自身の言葉として受け取り、大切に扱う取り組みです。西照寺が、本人に代わって家族への言葉を作るものではありません。家族が喜びそうな内容へ誘導することもしません。感謝や前向きな言葉だけを求めるものでもありません。迷いがある言葉。まだ結論の出ていない言葉。短く、不器用な言葉。それも、本人から実際に現れたものであれば、その人の言葉です。
家族に言葉を残すことは、別れの直前にだけ行うものではありません。今の自分が家族をどう思っているのか。誰に、どのような言葉を残したいのか。一言を考えることで、自分自身の思いに気づくこともあります。すぐ家族へ伝えてもよいでしょう。今は渡さず、残しておいても構いません。最初から、すべてを言葉にしなくてもよいのです。たった一言から始めることができます。
noteでは、「子どもや家族に、残しておきたい一言」という題で、もう少し詳しく書いています。
家族へ何かを残したいと思いながら、まだ言葉にできていない方に、読んでいただければと思います。
西照寺は、家族に今すぐ渡せない言葉や、未来に届けたい本人の思いを、本人の言葉のまま静かに預かる寺院です。
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