存在の証⑧

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墓仕舞い後にも「この人がいた」という手掛かりを残す――西照寺「存在の証」

ここまで、「存在の証」についてご紹介してきました。その出発点は、とても単純です。墓仕舞いをしたあと、その人や家が存在していた記録まで、すべてなくしてしまう必要はないのではないか。という問いです。

墓仕舞いが増える社会

これからは、お墓を継ぐ人がいない。遠方に住んでいる。子どもに負担を残したくない。といった理由から、墓仕舞いを選ぶ家庭はさらに増えていくと考えられます。墓仕舞いという選択そのものを否定する必要はありません。問題は、墓石と一緒に、そこにあった家や人の記録まで見えなくなることです。

大きなお墓ではなく、小さな証を残す

西照寺の「存在の証」では、境内に小さな石板を残し、そこから必要に応じて詳しい記録へつながる仕組みを考えています。石板には、「この人、この家が確かにここに関わっていた」という目印を残す。詳しい情報は別に保存する。例えば、故人の名前。生没年月日。昔のお墓の写真。墓誌。家系図。お墓があった場所。本人や家族から預かった言葉。などです。

特別な人だけの制度ではありません

「うちには残すほどの歴史がない」と思われる方もいるかもしれません。しかし、存在の証で残したいのは、その人の功績ではありません。有名である必要もありません。特別な人生である必要もありません。普通に生まれ、働き、人と関わり、生活し、亡くなった。そのこと自体が、その人が存在したという事実です。だから、「この人は立派だった」と証明するのではなく、「この人がいた」とたどれるようにする。それが「存在の証」の考え方です。

すべてを永久に残すことが目的ではありません

人の記憶はいずれ薄れます。家族の形も変わります。名字も変わることがあります。お墓も永久には続かないかもしれません。西照寺は、それを無理に止めようとしているわけではありません。ただ、一度に全部が消えてしまわないようにする。名前だけでも残す。写真だけでも残す。場所だけでも残す。そして未来の誰かが知りたいと思ったときに、そこから少しだけたどれる。それでよいのではないかと考えています。

「墓はなくす。でも、何もかもなくすわけではない」

墓仕舞いをする。しかし、その人や家の記録までなくす必要はない。この二つの間に、新しい選択肢があってもよいはずです。西照寺では、その選択肢として、「存在の証」という取り組みを考えています。これは、新しい形式のお墓を作ることだけを目的としたものではありません。墓仕舞い後にも、「確かに、この人がいた」「確かに、この家がここにつながっていた」という手掛かりを残す取り組みです。

西照寺では今後も、実際の墓仕舞いの相談を受けながら、どのような形であれば利用する方やその家族に無理なく残せるのかを考えていきます。そして、「存在の証」で考えてきた、人や家が残したものを、どのように扱い、未来へつないでいくのかという問いは、さらに西照寺の別の取り組みへと続いていきます。

西照寺は、家族に今すぐ渡せない言葉や、未来に届けたい本人の思いを、本人の言葉のまま静かに預かる寺院です。

  • 住所:埼玉県東松山市大谷2560-4
  • お問い合わせ:0493-39-1445

ご門徒Iさん

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こんにちは 住職です。

更新が・・・

さて、昨日だったと思いますが、妻が墓参に来られていた鳩山町にご在住のご門徒Iさんご夫妻とお会いした

そうです。少しお話できたようで、喜んで報告を受けました。

すると! Iさんが、私が6時間睡眠では足りないとブログで綴っているのをご覧になり、6時間も寝れてい

れば十分だ!と私に伝えるようにと。 さすがご門徒です。住職にも結構厳しいよね。西照寺のご門徒は。

本当に、笑ってしまいますね。

おそらくIさんは、6時間寝れていないのかもしませんね。歳だからな。可哀そうに(笑) 

私も年とれば、同じになるんだろうな。もっと眠れなくなるのは嫌だ。想像したくない。

それにしても、こんな内容を公に綴れるわけですから、まぁ、気軽な感じです。

さて、Iさんは化け物で、15年ほど前は、15~20キロ程度走っていたはずです。

毎日ではなかったと思うけど、結構な頻度で。当時は、私も20キロがどれだけ大変なのかも、よくわかっ

ていなかったのですが、今では、私も朝の運動で5キロ弱を走っているので、最近はわかります。

20キロは走れない。私は今、50歳だけど、走れません。当時のIさんは、すでに60代だったはず。

これは本当に化け物です。怪物。 今の私でも、相当頑張って10キロが限界なんじゃないかな。

10キロであれば、もしかしたら何とかなるかもしれないけど、限界でしょうね。

20キロって、その倍あるわけですからね。無理ですよ。どうやって走るんだ?と思います。

因みに、Iさんは今は歩いているとの事ですが、Iさんのご性格を考えると、長距離歩いていそうな気がします

。5~6キロ程度でいいと思いますよ。私の父親はプールで歩いているそうです。

もう足腰も、やっぱり弱くなっていて、フラフラしています。

父親本人も自覚していて、フラフラするんだ。足に力が入らないとか言ってました。

そして、力仕事もやろうとするから、結構頻繁に私が止めています。

豊島区にご在住のUさんは、それで出来ると思って、でも身体がついていけかったから、背中の腰骨を痛め

(雪かきをやって)、以来痛い痛いと治らないんです。本当に気の毒です。

できれば、そうならないうちに、無理はしない。これが大事です。

もし、どうにもならないような事があれば、若い人に頼む。何かあったら、微力ながら私もできる事あると

思いますから、お電話ください。少し程度は頼らないと。 

と言う事で、今日はご門徒Iさんに向けてのブログになりました。

存在の証⑦

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故人の記録は、何でも残せばよいわけではありません

デジタル技術によって、大量の情報を残せるようになりました。写真。動画。音声。文章。しかし、「存在の証」では、残せるものを全部残すことがよいとは考えていません。

本人が残したくないものは残さない

最も大切なのは、本人の意思です。本人が生前、「これは残したくない」「これは人に見られたくない」と考えていたものまで記録する必要はありません。家族にとっては大切な資料でも、本人にとっては違うかもしれません。残す権利があるのと同じように、残さないという選択も尊重される必要があります。

家族の話と、確認された事実を区別する

家族の中には、「先祖は○○だったらしい」といった話が伝わっている場合があります。こうした話も記録できます。ただし、確認できない話を事実として残すべきではありません。「家族では、このように伝えられていた」と記録すればよいのです。分からないものを、無理に確定する必要はありません。

人の評価も事実とは違います

例えば、「父は頑固な人だった」という言葉があります。これは、ある家族から見た記憶です。「父は頑固な人だった」という客観的事実ではありません。誰がどのように感じていたのか。そこを区別して残すことが大切です。

未来の人の生き方まで決めない

「先祖を大切にしてほしい」「毎年お参りしてほしい」という思いを持つこともあるでしょう。しかし、未来の人の生活や価値観まで現在の人が決めることはできません。存在の証では、情報や手掛かりを残しても、その意味までは押し付けないという距離感を大切にしたいと考えています。

記録を残すことは、残さないものを守ることでもある

何を保存するか。誰が見られるのか。何を公開しないのか。こうしたことを考えるのも、「存在の証」の一部です。目標は情報をできるだけ多く集めることではありません。必要なものを、適切な形で残すことです。

次回は、この連載のまとめとして、西照寺が「存在の証」で最終的に何を実現しようとしているのかをご説明します。

西照寺は、家族に今すぐ渡せない言葉や、未来に届けたい本人の思いを、本人の言葉のまま静かに預かる寺院です。

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自分との戦い

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おはようございます。住職です。

うーん。今日も寝不足ですが、何とかなっています。

昨夜は21時頃に就寝したのに、3時過ぎに目が覚めてしまいました。途中に2度ほど起きました。

なので、全体的には6時間前後です。私の中では寝不足です。完全な。でも、そこまで頭がボーっとしてい

るわけでもなく、凄い眠い!となってもいません。まぁ、日常生活で支障は特になさそうです。

不快感もそこまで酷くはありません。

でも、ここ数日は、毎日6時間前後の睡眠時間になってしまっています。今の私の年齢だと、ちょっと気持

ち的にシンドイですね。できれば、あと1時間は寝たい。

でも、おそらく意識が覚醒しているからでしょう。あまり眠れません。まぁ、仕方ないですね。

なるべく、自分がやりたい事を前進させられるように、日々励んではいるのですが、なかなか理想通りに

進めません。頭を使う作業なので、集中力と頭の回転力が同時にそろわないと、なかなか進められません。

ということで、本当に最近は、時間が確保できれば、こんな事に熱中している私です。

まぁ、熱中できる事があるってことだけでも、素晴らしいことです。何だか、日々の生活も生き生きします

しね。ただ、書斎で黙々とやっているので、引きこもりですよね。まったく大学院時代を思い出します(笑)

さてさて、おそらく私は年末まで、ずっとこんな状態だと思います。

上手くいけば、今年の末頃に、大きな一つの区切りとなって、新しいステージに移行できるかもしれません

(私の中の話ですよ)。今の目標は、自分がそこまで辿り着くことですね。

残り3か月を切っていますが、今のところは、何とかいけるんじゃないかな?と思っています。

もっとも、私の中での境地ですから、周りからすれば、どうでも良い話なんですけどね(笑)

今は自分との戦いなのです。

早起きは三文の得 だっけ?

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おはようございます。住職です。

今朝は3時に目覚めてしまいました。といっても、昨夜は20時頃に寝てしまったようなので

7時間睡眠なのです。もちろん、途中で何度か目覚めていますが、何度も寝入ることに成功。

結果として、合計すれば、7時間前後の睡眠となっているはずです。

なので、起床後も頭はさほどボーっとしておらず、スッキリ!まではいきませんが、まぁまぁの状態です。

そして、早起きしすぎて外はまだ暗い。真夜中な感じ。

昨朝、運動を再開させたのですが、今朝は少し疲労感が残っているし、まだ暗くて運動できないし、

今日はお休みしようと思います。なので、ご法事までデスクワークです。

自分がやりたい仕事に邁進します。これは嬉しいですね。そして今日のご法事は珍しく午後から。

なので、6時間ほど作業に没頭できる。嬉しい\(^o^)/ もっとも、疲れるから、そこまでやりませんが

存在の証⑥

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「存在の証」は誰のために残すものなのか

墓仕舞い後に故人や家の記録を残す「存在の証」。では、誰のために残すのでしょうか。墓仕舞いをする本人でしょうか。子どもでしょうか。孫でしょうか。実は、西照寺では「誰か一人のため」と決めなくてもよいと考えています。

まずは墓仕舞いをする人自身のため

墓仕舞いを決めた方の中には、「これですべてなくなってしまうようで寂しい」と感じる方もいます。遺骨の行き先は決まっている。供養も続く。それでも、長年あった墓石までなくなることに、何か引っ掛かりを感じることがあります。そのようなとき、「名前は残る」「昔のお墓の写真も残る」「家族の記録も残せる」ということが、一つの選択肢になるかもしれません。

今は関心がない子どもにも、将来がある

若いときには、先祖や家系についてほとんど興味がなかった人でも、年齢を重ねてから知りたくなることがあります。親を亡くしたあと。自分に子どもができたあと。自分自身が高齢になったとき。そのとき初めて、「祖父はどんな人だったのだろう」「うちの家はどこから来たのだろう」と思うかもしれません。しかし、その頃には聞ける人がいない場合があります。だからこそ、今必要ではない人のためにも、手掛かりだけ残しておくという考え方があります。

100年後の人が見るかもしれない

さらに先の世代が、自分の家について調べることもあるでしょう。そのとき、名前。生没年月日。家系図。写真。昔のお墓の場所。こうした小さな情報でも、大きな手掛かりになります。もちろん、誰も見ない可能性もあります。それでも構いません。

「見なさい」と残すのではありません

西照寺では、「子孫のために残したのだから、必ず大切にしなさい」という形にはしたくありません。むしろ、「必要になったら、ここにあります」という形がよいと考えています。見るのも自由。見ないのも自由。西照寺へ来るのも自由。残された記録にどのような意味を感じるかも、その人自身が決めることです。「存在の証」は、未来に答えを渡す仕組みではありません。未来の誰かが、自分で過去をたどるための手掛かりを残す仕組みです。

次回は、記録を残す際に大切な「何でも残せばよいわけではない」という考え方をご説明します。

西照寺は、家族に今すぐ渡せない言葉や、未来に届けたい本人の思いを、本人の言葉のまま静かに預かる寺院です。

  • 住所:埼玉県東松山市大谷2560-4
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お酒

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おはようございます。住職です。

昨夜は、自宅で飲酒(350mlの缶チューハイ1本と、梅酒をお猪口で1杯)し、早々に寝ました。

21時頃でした。すると、かなり酔いが回っていたのか、熟睡できたみたい。

最近、アルコールは控えているので、久々に飲むと酔いが回るのですね。

酎ハイもアルコール度数は4%でしたし、梅酒だって、お猪口に1杯。たったその量で酔ってしまう。

調子が悪かったのかもしれませんね。

そもそも私はアルコールは強くありません。20代は飲みたいとさえ思わないタイプ。

30代の前半頃だったかな。始めてお酒が美味しいと感じた時でした。

それは、私の一家が大変お世話になり、頭があがらない、東京にあるお寺様の前ご住職が、お蕎麦屋さんに

連れて行ってくださり、確か麦焼酎をご馳走して下さった時だったのです。

もちろん、普通の麦焼酎。特別の!という物ではありません。普通にお店にある麦焼酎。

確か、当時は水割りだったかな?と記憶しています。

お酒が好きではなかった私でしたが、前ご住職に連れて行っていただき、せっかくだから飲め!と

言われて仕方なく飲むことに。そしたら、お酒って美味しいな!と。

始めてお酒が美味しいな!と思ったのが、その時だったのです。きっと死ぬまで私は忘れない出来事の

1つ。もちろん、1杯しか飲めなかったと思いますが。

その後、お酒の美味しさに段々と気づけるようになり、今では普通に何でも飲みます。

でも、日常生活で飲むようにはなりませんでした。

それを変えたのが、コロナでした。

コロナでずっと自宅で過ごすようになり、晩酌が始まったのです。

もちろん、量は飲めません。どんなに飲んだ!といっても、例えばワインであれば、1本の半分。

ボトル半分が私の精一杯。それ以上は飲めません。

コロナ禍で、晩酌が連日の習慣となってしまったのです。それで体重が一気に増加。

その後、晩酌をやめて減量し、再度冬に晩酌が始まって、増量し。を3年間繰り返しました。

そして、今年の春先は、再度毎晩の晩酌。その頃は、お酒を飲まないと寝れない!と思い込んでいた時期で

す。アルコールは依存度があるのです。夕食時になると、飲もうかな!と気持ちがなってしまうのです。

そして飲む。寝る。寝つきは最高。すぐ寝れる。でも、途中で目が覚めてしまうのです。

翌日は頭がボーっとする。この繰り返し。そして、体重が増加する。

そこで私は今年の夏頃、チャットGPTに体重が増えたことと、寝不足の悩みを伝えたのです。

すると、夜の飲酒が原因の可能性を指摘されました。そこからです。飲酒をやめてみたんです。

すると、体重はそこまで減りませんが、まずは眠れるようになったのです。

それまでは、寝つきはよかったのですが、早朝覚醒してしまう。ほぼ毎日。

それが、早朝覚醒が減ってきたのです。そして翌日も頭の状態は良い。

残念ながら9月は雨が多かったので、朝の運動ができなかったのですが、体重も増えなくはなりました。

諸悪の根源は、毎晩の飲酒だったことが、今は理解できています。

そこから、飲酒は控えることとしています。ただ、9月はお付き合いなどもあって、1か月で4日の飲酒が

ありました。

そして、何故か今は脳が覚醒してしまったようで、3日前には人生で初めて2時前に目覚めてしまって、

そこから活動をすることに。そんな状態が続いたので、昨日の飲酒となりました。

すると、ここ数日の睡眠不足も手伝って、寝つきはすぐ。21時頃に寝てしまい、気づいたのが3時半ころ。

ただし、再度眠ることに成功。結局起床したのが5時過ぎでした。

つまり、途中で2回ほど目覚めた記憶がありますが、合計8時間前後眠れたと思います。

きっとアルコールの影響でしょう。

お酒は全くよくありませんが、頭が覚醒している時など、興奮状態で寝不足となるような時に摂取すること

で、稀に効果を発揮してくれることもあるのだと思いました。

というわけで、今日は頭の状態は良いのです。頭が動いてくれる。この状態が好きですね。

これからは、お酒は基本的には飲みません。ただし、気持ち的には嫌いではありません。

ただし、健康上良くないと分かってきたので、お酒は付き合い程度にしたいと思っています。

存在の証⑤

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なぜ墓仕舞い後の家族の記録を寺院が預かるのか

故人や家族の記録は、自宅でも保管できます。クラウドサービスに保存することもできます。それでも西照寺では、寺院がこうした記録を預かる役割を持つことに意味があると考えています。

寺院は世代を越えて家族と関わってきました

寺院は、葬儀。法事。納骨。お墓参り。などを通じて、一つの家族と長く付き合うことがあります。祖父母の世代を知り、その子どもの世代、その孫の世代と関わる。寺院には、こうした時間の積み重ねがあります。

墓仕舞いによって、寺院との目印もなくなる

これまでは、「○○家のお墓」という具体的な場所が、家族と寺院をつないでいました。墓仕舞いをすると、その場所がなくなります。年月が経てば、「この家は昔、西照寺にお墓があった」ということ自体が分からなくなる可能性があります。

そこで、小さな石板や記録を残しておけば、「この家と西照寺には確かにつながりがあった」という手掛かりを残すことができます。

家庭だけで長期間保存する難しさ

自宅で大切に保存したデータも、世代交代の中で失われることがあります。パスワードが分からなくなる。端末を処分する。誰の写真なのか分からなくなる。古い資料の意味が分からず捨ててしまう。そうしたことは起こり得ます。だから、本人や家族とは別の場所にも記録を預けておくという方法があります。寺院は、その一つになれるのではないかと考えています。

寺院が人生を評価するのではありません

西照寺が家族から記録を預かったからといって、「この人はこういう人物だった」「この人生にはこういう意味があった」と寺院が決めるわけではありません。本人や家族から預かった記録について、寺院が勝手に内容を作り変えることもしません。あくまで、預かった記録を残し、必要になったときにたどれるようにするという役割です。これから墓仕舞いが増えていく中で、寺院の役割も、「お墓を守る」だけではなく、

「お墓がなくなったあとにも、人や家の手掛かりを預かる」という方向へ広がる可能性があると西照寺では考えています。次回は、「存在の証は誰のために残すものなのか」を考えます。

西照寺は、家族に今すぐ渡せない言葉や、未来に届けたい本人の思いを、本人の言葉のまま静かに預かる寺院です。

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覚醒状態に入ったかも

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おはようございます。 ん? まだ、こんばんはなのかな? 住職です。

実は、昨夜21時頃に就寝したのですが、1時40分頃に目が覚めてしまったのです。

そこから眠れずに、2時過ぎに起床し、シャワーを浴びて今に至ります。

現在朝?深夜?の3時過ぎです。

このような事は、私も始めて(深夜なのに、起床してしまうのは)なので、何なんだ?これ?と思っていま

す。まだこの時期なので可能ですが、冬とかにこれだと困ります。さすがに寒くて起きれないでしょう。

そして、睡眠時間がついに5時間弱となってしまいました( ノД`)シクシク…

現在は、頭がボーっとした状態です。調子はよくありませんね。

実は昨日の午前中に築地本願寺で会議があったので、出勤していたのです。

昨日の会議が終わったので、今週の外出仕事は終わり。あとは西照寺で週末のご法事があるだけです。

ようやく、ようやく今日から4日間は、自分の時間が多く取れる日となります。

もちろん、雑務は沢山あるので、全然フリーではないのですよ。まったく休みではありません。

ようやくマイペースで仕事や雑務が行える!との意味です。

振り返ってみれば、9月の15日から結構予定が立て込んでおり、もちろん、自分の時間もあったのですが

かなり他の予定(たとえばお彼岸)と兼ね合わせながらの日々でした。今回の一連の流れは、結果的にです

が、昨日で一旦終了。次は、今月の15日から11月4日までが、また詰まっています。

そこが終われば、一応その後は、今のところ連日予定が詰まっているような状態ではないので、

今後は入れないようにしたいと思うのです。自分がやりたい事に専念したいのです。

さて、今日のような深夜2時前に起きてしまうというのは、厄介です。

これは繰り返したくないな。と思っています。でも仕方ないのです。寝れないから。

おそらく、頭が覚醒状態なのかな?と思います。だって、5時間弱なのにそこまで眠くないんだもの。

でも、頭はボーっとしているので、よくはありません。本当に、大学院時代を思い出します。

大学院時代、勉強に打ち込んでいた時は、確か平均睡眠時間は6時間だったような気がします。

そして、稀(1週間に1回程度)に4時間を挟むと、頭がスッキリしていて、調子がよかったのです。

あの頃は、20代前半だったので、むしろそのくらいの睡眠時間で良いんだ!と思っていたのです。

今はまったく真逆。理想は8時間眠っていたい。そして仕事に打ち込みたい。

でも現実は、覚醒したのかわからないけど、最近は6時間弱の睡眠時間で起きてしまう。

仕事には打ち込めますが、若い頃のように頭がスッキリしていない。

少しボーっとして集中力が低い状態ですね。これでは、あまり捗りません。やっぱり若さが足りないな

充実

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おはようございます。住職です。

昨日はご法事を勤めた後、午後から川越市にある光西寺様まで行ってまいりました。

法話会があり、予定されていたご講師が、急にご都合がつかなくまったようで、ピンチヒッターです(笑)

川越市は、私の感覚からすれば、近い場所。小学生の頃から、塾で川越市まで通っていたこともあり、

身近な場所なのです。近いと言っても、距離的には20キロくらい。一般道だと1時間みます。

渋滞もするから。

昨日は、14時から読経が始まるので、14時前に来てください。との事でしたので、西照寺を出たのが13時。

到着が13時50分過ぎでした。渋滞していたので。

その後、前ご住職ご夫妻、現ご住職ご夫妻、副ご住職ご夫妻、など、光西寺ご家族総出でお出迎え賜り

お話させていただきました。皆さまお元気そうで、素晴らしいご家族だなぁなどと思いながら、14時半に。

終わりが16時との事でしたので、40分2席でした。(40分ご法話、休憩10分、40分ご法話ということです)

何とか、代役を果たすことができ、安堵致しました。そして帰宅し、ようやくホッとできました。

この1週間ほどは、色々あって、さらに急な予定が重なって、予定変更とバタバタした週でした。

そして私の中では、昨日の光西寺様の法話会が一つの節目になっていたので、それを終えられたことで

ようやく一息となったわけなのです。というのも、今日は日曜日なのに、西照寺ではご法事がないのです。

珍しいのですが、最近、稀にそういう日もでてきています。

なので、日曜日だけど私は予定がないわけなのです。これはお休みということなのです。

もっとも、何の予定も入れておらず、好きに過ごす時間にしようと思っていました。

おそらく、私の仕事を進めることになると思いますが、今日は気楽に過ごす一日にしたいと思うのです。

という理由から、昨日の法話会を無事に終えてから、一息と思っていたわけです。

昨夜は、22時前に就寝したのですが、残念ながら3時40分に目が覚めてしまいました。6時間弱なんです。

でも、目が覚めてしまい、少し寝不足感があります。でも、まぁ大丈夫。最近、連日6時間弱の睡眠なので

す。良くないです。全く良くありません。7時間は寝たいのに。

寝たいのに、寝れないという事です。因みに、寝る時間はあるのです。でも寝れないのです。

6時間前後だと、私には少ないはずなのです。でも、起きてしまいます。しかも、ちょっとボーっとする程度

なので、寝不足感もそんなに強くないのですね。これが問題。

実は、9月はかなり自分の仕事に打ち込むことが出来て、集中と疲労と覚醒した状態が続いていました。

そして、それが一段落したのが9月末。そこから昨日まで一連の緊張感を保っていたのです。

おそらく、それが原因なのです。私、ここまでの覚醒状態(何かにハマったように、打ち込む状態)になっ

たのは、大学院時代に勉強に打ち込んでいた時以来なのです。まさか、人生において、もう一度あの頃の

ように打ち込むようになるなんて、思ってもいませんでした。

しかし、先月も含めて、この一年程は徐々に助走がきいてきて、先月の覚醒状態に至りました。

おそらく、この状態はまだ続くと思います。こうなった時の私は強いのです。何が強いかと言えば、

簡単には折れない。目的に至るまで、あるいは自分が納得できる状態に至るまで続けるのです。

なので、今回はどこが終着点なのか、まったく見えないのですが、気持ちが続いているのです。

なので、今日もお休みなはずなのに、6時から書斎に入って、PCと向き合っているのです。

おそらく、今日も打ち込むことになるのでしょうね。まぁ、ちょっと疲れますが、でもやりたい事が

できているので、自然と熱中。これが充実に繋がるのでしょうね。有難い事です。