日記

教誨師

こんにちは 副住です。
今日は今から川越少年刑務所に教誨をしに行ってきます。
教誨はこちらの勉強ともなります。
やはり人間対人間。しかも刑務所。悩みに優劣はありませんが、重いですね。
一方的な話ではなく、お互いで問題をどう考えていくということが刑務所での最近の学びです。
答えなんてない。正解なんてそれぞれ。ただ、ともに考えていく、ともに寄っかかってみる。
そんなことが大切なのかもしれないと 気づかされた近日です。
僧侶って、話が長いでしょ。自分に言っているようですが。
どうしてもそうなってしまうんです。
言葉が悪いですが、ある種の職業病なのです。(僧侶を職業とはいいたくない自分も反面でいるので)
それを反省させられる場所が、私にとっては教誨だったのです。
一方的な話も時には必要でしょうが、相手の気持ちをしることも時には必要なのです。
簡単に話してくれるなら、一番楽。本心なんてなかなか話せないものね。
話す前に、この人に本心話しても大丈夫なんだろか?と勘ぐりますもんね。
さてさて、上手くいくのかわからない教誨ですが、受刑者の方と対面してこようと思います。
(受刑者の方から、上手くいかないかもしれないなら、来るなよ!と怒られてしまうかもしれませんが、それでも行かせてください)

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