日記

寝台特急「トワイライトエクスプレス」 合理性への疑問 (理性と感性のバランス)

こんにちは 副住です。
今日は第二土曜日、西照寺法話会の日です。
13時半からお勤め。
14時からご法話(正信偈を読みすすめています)
その後、お時間のある方で茶話会。
場所は西照寺別院(新東松山斎場)です。
さて、今日を含め数日間、私の個人的な考えを綴っていこうと思います。
とても大切なことだと思います。
主な内容は
・「合理性」への疑問
・「感性」の見直し
・「経済重視」という社会的雰囲気への懸念
・「価値観」を転換する必要性
などなどです。
そこには、お寺の果たす役割が大きく関係することとなるはずです。
なので、いわゆるお寺マネジメントにも通じてくるということです。
昨日、寝台特急 「トワイライトエクスプレス」の最後の電車が、大阪駅に到着したとTVで放映されていました。
12日に札幌発大阪行きの最後の「トワイライトエクスプレス」を見ようと、沢山の人が札幌駅に詰めかけていました。
そして13日、大阪駅には2千人に人が詰めかけたようです。
「トワイライトエクスプレス」の引退は、電車の便がよくなったことが影響しているのでしょう。
新幹線が通う範囲が拡大し、交通の便が益々良くなる中で、寝台特急の果たす役割が小さくなったと判断されたのかもしれません。
あるいは、採算の影響もあったのかもしれません。詳しくはわかりませんが、おそらく新幹線の合理性(時間やコストなど)が優先される中で、寝台特急は廃止へと進んでいったのではないのかな。と思っています。(私も新幹線は合理的でいいと思います)
しかし、寝台特急の魅力を感じる方々は沢山いるのです。TVを見ていて思いました。あれだけ沢山の人が、最後の勇姿を見るためだけに全国から集うのですから。
その方々のコメントを聞くと、私が考えている合理性と違った角度で電車を捉えていることがよくわかります。時間はかかっても、旅の気分をしみじみ感じる。昔を懐かしむ。夢が詰まっている。豪華寝台の空間への魅力。長時間だからこそ車内での出会いを楽しむ。などなど。
しかも寝台特急の料金は結構高いのです。私からみれば、時間的にも料金的にも、とても合理的だと思えません。おそらく、寝台特急の廃止は、現在は合理性が評価される時代であるということが深く関係しているのだと思います。従って合理性に欠けるであろう路線は廃止されていくのだと思います。(もちろん、地方の電車は公共性の問題もあるので、合理性だけではないでしょう)
しかし、「トワイライトエクスプレス」を囲む人達の映像や考え方を知って、私は合理性を好む現代社会(私を含めた)の考え方について考えさせられました。
(明日は、「合理性」と「感性」について考えてみたいと思います)

合理性とは何か? 合理性の何が素晴らしいのか? (理性と感性のバランス)

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