日記

「①命がけの精神性」①

おはようございます。住職です。

①の特徴として、私は一番大事だろうと思っているものに、武家社会の中で育まれた価値観「命がけの精神

性」があります。

「命がけで生き抜く」という価値観であれば、もはや日本人だけでなく、世界の人類共通でしょう。

しかし、「命がけの精神性」との意味であれば、特に武家社会の中で日本人が育んできた特徴であると思う

のです。

どのような部分が特徴的かと言えば、例えば「切腹」です。

「切腹」は「不始末が生じた場合にその責任をみずから判断し、自分自身で処置する覚悟を示すことで、自

身のみならず一族の名誉を保つという社会的意味」(ウィキペディア参照)と言われています。

「切腹」は世界でも「ハラキリ」などとして伝わっているので、武家社会における日本文化独特の価値観な

のでしょう。

ここで重要なことが、ウィキペディアの説明引用箇所にもある「覚悟」と「一族の名誉を保つ」との2つの

ポイントです。

特に「一族の名誉を保つ」との価値観は、続く②の武家社会で育まれた日本文化の特徴である「一体性」と

関連が深いですから、説明は後日に譲りますが、武家社会の価値観では、一族の為にも「切腹」して代表者

が責任を取る「覚悟」を求められた時代なのです。

一族の為に「死ねる」文化、換言すれば自己犠牲の精神性が感じられると思います。

そんな時代では、いつでも「死」を覚悟して生きていたのだと思うのです。

武士であれば、「元服」(当時の成人と見なされる通過儀礼)を終えれば、常にこの「覚悟」を求められた

のだろうと思うのです。

ですから、日常生活において、「命がけで生き」ていたのだと思うのです。

この精神性こそが「命がけの精神性」という意味です。

世界の人々も、自分が生き抜く為には「命がけ」で戦ってきたと思います。

敵から身を守る為、あるいは食料を調達する為等、色々と「命がけ」で競争してきたのだと思います。

そこの部分は万国共通。しかし、戦いが終われば、気を抜くことができたのだと思います。

常に緊張感をもって生きていたわけではないのかもしれません。

しかし、武家社会の当時は違うかもしれません。

自分が不始末を起さなくても、一族が不始末を起すことだってあり得ます。

一族の不始末は、一族の長が責任を求められる社会的価値観が当時です。

もちろん素地として自己犠牲の精神もあったのだと思います。こうなると、「気を抜」きづらい環境です。

いつでもピリピリ、気が張っている。疲れそうですね。

現代人の私からすれば、「何て生きづらい社会だろうと!?」と思ってしまいます。

だからこそ、当時の人は、一瞬一瞬の瞬間を楽しむ日本文化を芽生えさせたのではないかとも思うのです。

例えば、日本人は昔から桜が好きで、花見を楽しんでいたそうですが、桜は咲いてから散る迄短期間です。

当時の日本人は、桜が咲いて散りゆく様を、人の命の儚さと重ねていたのでしょう。

特に桜の花びらが舞い散る花吹雪を日本人は好みます。

もしかしたら、現代の日本人にもその感覚は通じるものがあるのかもしれません。

しかし、海外では桜が散りゆく様子を美しいと感じる文化は然程ないのでは!?と思います。

 そう考えると、武家社会での日本人は散り際を大事にする文化でもあったのでしょう。

「切腹」も、その潔さが評価されたのだろうと思えますね。

 また花見の他にも、瞬間を楽しむ文化として、「侘茶(わびちゃ)」もあるのではなかろうかと思いま

す。

私は茶道の知見はありませんが、千利休が大成した侘茶には、禅宗の影響が強いと聞きます。

侘茶の一服を楽しむ精神性の中には、きっと一服をいただく瞬間に「この世の全てが内包されている」と理

解できる境地があって、それを楽しむことこそ、至福の時であったのだろうと思うのです。

おそらく、そのような感覚に近い部分が、侘茶の精神性にはあったのだろうと、素人ながらに想像します。

もちろんそこには、仏教の諸行無常の教えより、瞬間瞬間を重んじる教えという裏付けもあったのかもしれ

ません。

だからこそ、武家社会の価値観と仏教は相性が良かったのだとも思えます。

当時の武士の生き様を裏付ける教えとして仏教があったことは事実であろうと思われるのです。

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