おはようございます。住職です。
やはり人間ですから、環境の影響を受ける!という実感を、この年齢になって顕著に感じます。
最近のブログで綴ったことがあるか?微妙に思いますが、実は仏教では環境について大事に考えるのです。
仏教では、その目的地を悟り(仏様)の世界に置いています。その理由はこうです。
苦しみの世界(いわゆる私たちの世界)に生きる者が、もう苦しむのは嫌!と思い、苦しみから解放された
いと本気で願うのです。この時の「苦しみから解放されたい」との願いは、もう二度と苦しむことがない状
態のことを言っています。つまり、苦しみの根源を解決する!という状態を願うわけです。
この苦しみの根源を解決した状態のことを、「悟り」と言います。悟りの世界や仏様の世界とも言います。同
じことです。
この世界で、生きたまま悟りに達した方が、お釈迦様なのです。お釈迦様は悟った後、悟りの境地から見え
た景色、つまり、悟りの境地から感じられた物事の見え方などを説いてくれました。悟りの世界の素晴らし
さ、悟りに至ることの大事さ、どうすれば悟りに至れるのか、などなど沢山の事が説かれました。
それがお経であり、仏教なのです。
その教えの中には、当然悟りを目指す者についての心構えやあり方などが説かれていますが、それ以外にも
環境が大事であるとも説かれているのです。
私は大学院生時代、この事がよくわからなかったのですね。腑に落ちなかったのです。
今になって、ようやく私たちは環境にとても影響を受けている生き物なんだなぁと、腑に落ちるようになっ
たのです。そんな心境になったのが近年なのですね。こればかりは、実感しなければ、わからない事でし
た。仏教は凄いなぁと、今更ながらしみじみ感じます。
補足ですが、仏教では、悟りを目指す人は、単に修行だけすれば悟りに至れるとも考えていないのです。
悟りを目指す人の質には、その人が生きている時代の環境がその人に影響を与えている為、環境も考慮に
入れなければいけない!と考えるのが仏教なのですね。
だから、仏教は環境についても非常に大事に考えるのです。因みに、この環境というのは時代と言い換えて
も同じ意味となる環境のことです。
その時代その時代の環境そこが、生きる人間の考え方や価値観、行動を作っていくと見做すわけです。
もちろん、それは人の内面まで影響を及ぼすと考えるのですね。
ですから、例えば西暦1000年頃に生きた修行者が、お釈迦様の時代に説かれた教え(つまり、紀元前
500年頃)を忠実に守って、どれだけ修行を積み重ねたとしても、そもそもお釈迦様の時代と、その修行者
が生きている時代では、時間的な差が1500年もあって、当然環境が違うわけです。
同じ人間ではありながらも、人としての質が違う!と考えるわけなのです。
つまり、西暦1000年頃の修行者には、お釈迦様の時代とは違う環境なので、価値観や生き様が違う。
従って、その時代に合った教え、その時代に合った修行を選ばないと、悟りには至れない!となる
のですね。
だからこそ、悟りを目指す者は、自分が生きている時代環境の特徴を見極め、それにあった教えを
選び取ることが大事であると言われているのです。
もっと極端に言えば、時代環境が濁っていれば、人の質も濁ってしまっていると考えるのですね。
例えば、今わかりやすく言えば、地球温暖化によって?寒暖差が激しくなった中で、私の体調に
影響を及ぼしていると思うのです。もちろん歳のせいもあるでしょう。
突然身体が怠くなって、心理的にも優れません。自分の事だけで精一杯になり、他者を気遣う余裕さえ
なくなってきます。(これは極端に言えばの話ですからね。私は今、そこまでではありません)
段々と、温暖化が進んでしまうと、人が住める場所まで狭まるかもしれません。
そうなれば、住める場所を人々が奪い合う環境がでてきてしまう。これは戦いの環境です。
これはあくまで例えですが、もし他者から奪い勝ち取る事が正義と考える時代環境に生まれてしまったなら
ば、他者に施す価値観など身につくでしょうか? 不可能ではないでしょうが、かなり難しい。
だからこそ、仏教では環境を変える必要性もあると考えるのです。その一つが浄土思想。
つまり、現世では環境が悪い為に、悟りづらい。だからこそ、次の世では浄土という悟りに至るに適した環
境に往生して、そこで悟りを得よう!との思想です。
非常に長くなってしまいましたが、要は私が言いたかったのは、環境は人に影響している!ということなの
です。そして、学生時代に私が腑に落ちなったことが、今になって納得した!ということなのです。
