東松山市 今日は晴れです。

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おはようございます。住職です。

いや~ 困りました。昨晩は22時半頃に就寝したのですが、目が覚めたのが2時半でした。

そこから寝付けず(でもウトウトはしていたと思っています)、結局4時を迎えたので起床しました。

諸々済ませて4時40分から朝の運動を開始。5時半に終えて自宅でシャワーを浴びて、6時半から

書斎で色々とやっています。ただ、やはり寝不足です。少し瞼が重いし、頭が冴えません。

あぁ、熟睡できないって辛いですね。稀に熟睡できる日もあるのですが、だいたいが6時間睡眠の日なので

す。6時間睡眠でもちゃんと生活はしていますが、正直、もっと眠りたいです。

眠れる時間はあるのです。でも眠れないの( ;∀;) 

さらに、昨晩みたいに4時間睡眠で起きてしまう。そこから眠れないのですね。でも、起床するのですが、

欠伸がでるのです。だから、身体や脳は眠いはずなんです。頭もフラフラするし。寝不足だからだと思いま

す。眠いけど眠れないって、本当に何なの?とストレスでしかありません。

そして、これは私の特徴だと思うのですが、相当疲れていない限りは、日中に眠れないのです。

電車では寝られます。でも、電車以外だと、あまり日中に眠ることがありません。

冬にこたつに入っている時は、寝ることもあります。

なので、例外的に、電車とこたつに入った時は、日中に眠ることがあります。でもそれ以外は、ほぼ寝ない

です。大学生の頃も、授業中よく寝ている生徒がいますが、私は寝れないのです。

講義を真剣に聞いているわけでもないのに、眠れないのですね。

当時は、夜に眠れない!という事はなかったので、睡眠の悩みなんて皆無でした。人間変わるものです。

学生の頃は、どこでも寝れる!と睡眠に自信さえ持っていたのに、今では枕が変わると眠れない。

いや、枕が変わらなくても眠れない。そんな日が多くなってしまいました。残念なことです。

特に眠れない時が多いのは、やはり覚醒している時なのだと思います。

きっと頭が興奮しているのだろうと推測するのです。

今、私はやりたい事ができているし、さらに邁進したい!という気持ちが強い為、それできっと頭が興奮し

ているのだろうと思うのです。この状態は、きっと数年続くことになるので、日々は楽しいのですが、睡眠

が大きな問題となっていくことでしょう。全体的には素晴らしいことですが、睡眠を大事にしてきた私にと

って眠れない!というのは、生活の質を下げる大きな要因となるので、何とか改善したいものなのです。

さて、今日と明日を乗り切れば、月曜日から自分の時間ができるので、楽しみです。

埼玉県東松山市にある浄土真宗本願寺派の西照寺です。お墓参りや永代供養、樹木葬、相続、日々の仏事に関する小さなお悩みなど、いつでもお気軽にご相談ください。

  • 住所:埼玉県東松山市大谷250-4
  • お問い合わせ:0493-39-1445

西照寺note第5回を公開しました

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家族ではないから、話せることがある|親に聞いておく10のこと

親子だからこそ、聞けないことがあります。

そして、親にも、子どもに言えないことがあります。

西照寺では現在、「親に聞いておく10のこと」を作成しています。

これは、親の人生をきれいにまとめるためのものではありません。
感動的な言葉を引き出すためのものでもありません。
家族の歴史を完成させるためのものでもありません。

親が生きているうちに、無理なく、押しつけず、その人が大切にしてきたことに少しだけ触れられる入口を作りたい。
そのような思いから、少しずつ形にしています。

家族だからこそ、言えないことがある

家族は、とても大切な関係です。

近くにいるからこそ、支え合えることがあります。
長く一緒に過ごしてきたからこそ、分かることがあります。
言葉にしなくても通じることもあります。

けれど、近い関係だからこそ、言いにくいこともあります。

心配をかけたくない。
重く受け止められたくない。
今さら言うのが照れくさい。
言った後に、関係が変わってしまう気がする。
子どもに背負わせたくない。
親に踏み込みすぎたくない。

家族だから何でも話せる、というわけではありません。

むしろ、家族だからこそ言葉を選んでしまうことがあります。
家族だからこそ、黙ってしまうことがあります。

その沈黙の中に、大切な思いが残っていることがあります。

親子には、親子の役割がある

親子の関係には、それぞれの役割があります。

親は、親であろうとします。
子どもは、子どもであり続けます。

たとえ子どもが大人になっていても、親から見れば、いつまでも子どもです。
たとえ親が年を重ねていても、子どもから見れば、やはり親です。

この関係は、とても深いものです。

けれど、その深さゆえに、話しにくいことがあります。

親は、子どもに弱さを見せにくい。
子どもは、親の本音に踏み込みにくい。
お互いを思うからこそ、言葉を飲み込む。

そこには、冷たさがあるのではありません。

むしろ、相手を大切に思うからこそ、言えないことがあるのだと思います。

親が黙っていたのは、何もなかったからではないかもしれません。
子どもが聞けなかったのは、関心がなかったからではないかもしれません。

近すぎる関係には、近すぎるからこその難しさがあるのです。

家族ではない第三者だから、聞けることがある

家族ではない人に話すことで、少しだけ言葉になることがあります。

それは、家族よりも第三者の方が大切だという意味ではありません。

家族だからこそ担えることがあります。
家族だからこそ分かることがあります。
家族だからこそ、そばにいられることがあります。

けれど、家族ではないからこそ、聞けることもあります。

相手に心配をかけすぎない。
関係が近すぎない。
言った後の日常を気にしなくてよい。
評価される心配が少ない。
途中で黙っても、その沈黙を急かされない。

そうした距離があるからこそ、話せる言葉があります。

家族には言えないことでも、家族ではない誰かになら、少しだけ話せる。

それは、逃げではありません。
家族を避けているわけでもありません。

むしろ、言葉を壊さずに扱うために、少し距離が必要なことがあるのだと思います。

聞き出すのではなく、待つこと

ただし、第三者が聞くといっても、大切なのは「聞き出すこと」ではありません。

無理に深い話をさせることではありません。
人生を整理させることでもありません。
感動的な言葉を引き出すことでもありません。

大切なのは、話せる範囲で話してもらうことです。

言いたくないことは、言わなくていい。
思い出したくないことは、無理に思い出さなくていい。
言葉にならないことは、言葉にならないままでいい。

そのうえで、もし少しだけ話せることがあるなら、静かに聞く。

話の途中で沈黙があっても、急かさない。
まとまっていなくても、直さない。
意味づけしすぎない。
美しい話に仕立てない。

ただ、その人が話した言葉を、その人の言葉として受け止める。

西照寺が大切にしたいのは、そのような聞き方です。

一言でよいことがある

人が誰かに残したい言葉は、長い文章である必要はありません。

きれいにまとまった人生訓でなくてもいい。
立派な教訓でなくてもいい。
感動的な物語でなくてもいい。

ほんの一言でよいことがあります。

「ありがとう」
「無理しないで」
「あの時は嬉しかった」
「心配していた」
「大事にしてきたことがある」
「手を合わせることを忘れないで」

その一言が、後になって、遺された人の中で響くことがあります。

生きている時には、何気ない言葉に聞こえるかもしれません。

けれど、亡くなった後に、その言葉が何度も思い出されることがあります。

大切なのは、言葉の長さではありません。
きれいに整っているかどうかでもありません。

本人が、自分の言葉として話したこと。
本人が、残してもよいと思ったこと。
その人の口から出た言葉であること。

そのことに意味があるのだと思います。

西照寺が考えていること

家族の中だけで、すべてを聞くことはできません。

親子だからこそ聞けないことがあり、
親にも子どもに言えないことがあります。

だからこそ、家族の外に、静かに言葉を扱う場があることには意味があるのではないかと思います。

それは、家族の代わりになる場ではありません。
家族関係を変えるための場でもありません。
悩みを解決する場でもありません。
人生を評価する場でもありません。

ただ、言葉を急かさずに聞く場。
話せる範囲で話せる場。
言葉にならないものを、無理に言葉にしなくてもよい場。

そのような場があることで、はじめて話せることがあるのではないでしょうか。

西照寺では、家族には言いにくい思いを、静かにお聞きする場も必要ではないかと考えています。

答えを出すためではありません。
何かを決めるためでもありません。
無理に気持ちを整理するためでもありません。

ただ、誰にも言えずにいた思いを、少しだけ言葉にしてみる。

そのお手伝いを、西照寺ができればと考えています。

そして、その中で、もし「残しておきたい一言」が生まれることがあれば、
その言葉を、本人の言葉として、静かに預かることもできるのではないか。

今は、そのような取り組みも少しずつ考えています。

もちろん、無理に話していただく必要はありません。

言葉にならないものを、無理に言葉にする必要もありません。
言いたくないことは、言わなくてよい。
残したくないことは、残さなくてよい。

それでも、もし残しておきたい一言があるなら。

その言葉を、本人の言葉として、静かに預かる。

西照寺では、これからもホームページ・ブログ・noteを通じて、

「親に聞いておくこと」
「家族の中で言葉になりにくい思い」
「亡くなった後に残る後悔」
「家族ではないからこそ、話せること」
「本人が残した言葉を静かに預かること」

について、少しずつ発信していきます。

「親に聞いておく10のこと」に関心のある方は、西照寺ホームページ内の「LINEで問い合わせ」より、友だち登録をしてお待ちください。

完成後、必要とされる方に無料でお届けできるよう準備を進めています。

https://note.com/saisyouji/n/ne1f277449407

埼玉県東松山市にある浄土真宗本願寺派の西照寺です。お墓参りや永代供養、樹木葬、相続、日々の仏事に関する小さなお悩みなど、いつでもお気軽にご相談ください。

  • 住所:埼玉県東松山市大谷250-4
  • お問い合わせ:0493-39-1445

西照寺note 第4回を公開しました

投稿日: コメントをどうぞカテゴリー: SNS公開仏事・情報・更新情報・お知らせ西照寺の取り組み西照寺情報

「親にも、子どもに言えないことがある」

西照寺noteの第4回記事として、
「親にも、子どもに言えないことがある」
を公開しました。

西照寺では現在、法事や納骨の場でのご遺族の声をもとに、
「親に聞いておく10のこと」
という取り組みを少しずつ形にしようとしています。

第1回の記事では、
「親が亡くなった後、本当に聞いておけばよかったと思うこと」
について書きました。

親が生きている間は、聞けることの大切さに気づきにくい。
けれど、亡くなった後になって、単なる情報ではなく、
「その人が何を大事にして生きていたのか」を知りたくなることがあります。

第2回の記事では、
「なぜ、親に聞いておきたいことは言葉になりにくいのか」
について書きました。

聞いておきたいことが何もないのではなく、
深い問いほど、すぐには言葉になりにくい。
そのような視点から、親に聞くことの難しさを考えました。

第3回の記事では、
「親子だからこそ、聞けないことがある」
について書きました。

親子は近い関係です。
だからこそ、何でも聞けるように思われるかもしれません。
しかし実際には、近い関係だからこそ聞けないことがあります。

そして今回の第4回では、視点を少し変えて、
親の側にも、子どもに言えないことがある
ということについて書いています。

親は、子どもの前では「親」であろうとします。

心配をかけたくない。
迷惑をかけたくない。
昔の苦労を、今さら子どもに背負わせたくない。
親として、弱さを見せたくない。

そのような思いから、本当は何か残っている言葉があっても、
子どもには言えないことがあります。

何も話さないからといって、何もないとは限りません。

言葉にしなかったことの中に、
その人が大切にしてきたものがある場合があります。

「本当は、あの時ありがたかった」
「うまく言えなかったけれど、心配していた」
「あの頃は、少し寂しかった」
「自分なりに、大事にしてきたことがある」

そうした一言は、日常の会話の中ではなかなか出てきません。

でも、その小さな言葉こそ、
後になって遺された人を支えることがあります。

今回の記事では、
親子だから言えること、
親子だからこそ言えないこと、
そして、家族の中だけでは言葉になりにくい思いについて考えています。

西照寺が考えている「親に聞いておく10のこと」は、
親の人生をきれいにまとめるためのものではありません。

感動的な言葉を引き出すためでもありません。
家族の歴史を完成させるためでもありません。
親や子どもに、何かを無理に背負わせるためでもありません。

聞けるうちに、少しだけ聞いておく。
残せるうちに、少しだけ言葉を預かっておく。

そのための小さな入口を、必要な方に届けたいと考えています。

西照寺では、ホームページ・ブログ・noteを通じて、
「親に聞いておくこと」
「家族の中で言葉になりにくい思い」
「亡くなった後に残る後悔」
「本人が残した言葉を静かに預かること」
について、少しずつ発信しています。

「親に聞いておく10のこと」に関心のある方は、
西照寺ホームページのメニューバーにある
「LINEで問い合わせ」より、公式LINEにご登録ください。

完成後、無料で配布する予定です。

詳しくは、下記のnote記事をご覧ください。

https://note.com/saisyouji/n/nbb1411196d18

埼玉県東松山市にある浄土真宗本願寺派の西照寺です。お墓参りや永代供養、樹木葬、相続、日々の仏事に関する小さなお悩みなど、いつでもお気軽にご相談ください。

  • 住所:埼玉県東松山市大谷250-4
  • お問い合わせ:0493-39-1445

東松山も梅雨に入ったようです

投稿日: コメントをどうぞカテゴリー: 日記

おはようございます。住職です。

関東甲信越も梅雨入りしたと、昨日か一昨日に発表がありました。

今朝も雨が降っていました。今はやんでいます。曇天です。

ただ、気温はさほど高くなく、むしろ少し肌寒いくらいかな。

私はヒートテックの長袖シャツの上に、Tシャツを着ているのですが、それだと寒いと感じます。

ジメジメして蒸し暑いような感じではありませんね。もちろん、湿気はありますが、蒸し暑いわけでは

ありません。これから段々と、蒸し暑い日がでてくるのでしょうね。

さて、月曜日に入りました。私は今週末まで予定が詰まっているので頑張らないといけません。

すでに、ちょっと疲れてしまっていますが(笑)

昨年末から、私はやるべき事が具体化してきたのです。やっと。そして、本当に具体的になったのは、2026

年の5月初め。つまり、約1か月前から、具体的な行動がとれる段階に突入したわけなのです。

ここまで、本当に長かった。真剣に悩み始めてから、14年が経過したタイミングでした。

本当に、悩んで悩んで、何をすれば良いのか? あるいは自分がすべき事って何なのか?

私自身の人生のMissionを探し出すのに、えらい大変でとてつもない苦労をしました。

もちろん、浄土真宗の僧侶として、あるいは人間として、浄土往生の為に!という「生死の問題」という

一大事はあるのですが、私の場合は、そこの大問題は私が2o代中頃の時に経験した宗教体験によって

疑いない状態となっているのです。ですから、そちらの件は、私個人のMissionとしては内部に持ちつつも、

対外的な社会的意味合いでの、私の人生のMissionを見つけることが、難儀でした。

ようやく、行動の具体化まで見えたことによって、私の現在は、そこに向かって邁進する日々となっている

のです。だから、大変です。意識がある時間は、常にその事にフォーカスするような感じになってしまって

いるのです。これが面白いから仕方ないですね。だって、人生のMissionが見つかってしまったのだから。

当然苦労なんて当たり前。苦労なんだけど、苦しいな!という状態でもないのです。大変だなぁという

感じだし、おぉ、全然上手くいかないなぁ!と思うだけで、他の方法はないだろうか?と悩む程度なのです

。たぶん、解決策なんて沢山あるはずなんですね。それを一つづつ試してみる。そして、藻掻く。

そして、少しでも前進した時、大きな喜びとなって嬉しくなる。

まだ、1か月なのですが、ちょっと上手くいった部分もあるし、問題点が山積しています。

また、先への希望も抱くことがでてきているし、逆に未来なんてわからないから、絵にかいた餅になる場合

だってあります。それらを含めても、私がやりたい事が見つかって、そこに没入できているのですから、

これは人生のボーナスだと思って楽しんで生活しています。

いやはや、よもやこうなるなんて思ってもみなかったです。苦労してきてよかった。

久々に旧友からの連絡

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おはようございます。住職です。

今日は涼しい朝を迎えています。最近の私は朝の運動を控え、体調管理を大事にしています。

昨日、大学時代の友人から、このブログを見てくれているのですね。久しぶりにLINEがきました。

その友人は、おそらく数年前からボディビル?系に進んでいるようで、昨日のLINEでは、今は減量期なのだ

そうです。この半年間で、10数キロの減量をしていました。恐ろしい。

友人曰く、カロリーとタンパク質が大事らしいです。

私は、2週間ほどから、一気に63キロに戻ることができて、そこからキープしています。

ようやく1ヵ月ちょっとかかって、2キロを落とすことができました。

今回は、全然体重が減りませんでした。頑張っているのにあまりに減らないので、諦めかけたくらいです。

最初の1キロは減ったのですが、残りの1キロがまぁ減らない減らない。時々、数百グラム増えている日も

あって、本当に大変でした。ただ、続けるものですね。その後に、ちゃんと1キロ減りました。

欲を言えば、ここから3キロ減量したいのですが、ちょっとどうなるでしょうか? 自信もありません。

友人曰く、減量したとしても、1か月で2~3キロで十分。と言ってました。

私も過去の経験から、頑張っている時は1か月で2.5キロ減がありました。

今回は、1か月半ほどかかりましたが、2キロ減りました。

そう考えると、ちゃんと継続して減量生活をしていれば、1か月で2キロ前後は落ちるのですね。

私の場合、3キロですから、ちょっと頑張って2か月。

ただ、その2か月続ける気持ちが、今は減退しているのです。

まぁ、無理は禁物ですね。

西照寺note 第3回を公開しました

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「親子だからこそ、聞けないことがある」

西照寺noteの第3回記事として、
「親子だからこそ、聞けないことがある」
を公開しました。

西照寺では現在、法事や納骨の場でのご遺族の声をもとに、
「親に聞いておく10のこと」
という取り組みを少しずつ形にしようとしています。

第1回の記事では、
「親が亡くなった後、本当に聞いておけばよかったと思うこと」
について書きました。

親が生きている間は、聞けることの大切さに気づきにくい。
でも、亡くなった後になって、単なる情報ではなく、
「その人が何を大事にして生きていたのか」を知りたくなることがあります。

第2回の記事では、
「なぜ、親に聞いておきたいことは言葉になりにくいのか」
について書きました。

聞いておきたいことが何もないのではなく、
深い問いほど、すぐには言葉になりにくい。
そのような視点から、親に聞くことの難しさを考えました。

今回の第3回では、さらに一歩進んで、
なぜ、親子なのに聞けないことがあるのか
について考えています。

親子は、とても近い関係です。

だからこそ、何でも聞けるように思えるかもしれません。
しかし実際には、近い関係だからこそ、聞きにくいことがあるようです。

若い頃、何が大変だったのか。
人生で何を大事にしてきたのか。
後悔していることはあるのか。
子どもに伝えておきたい言葉はあるのか。

こうした問いは、聞こうと思えば聞けるはずです。

しかし、親子の間では、あらためて聞くことが難しい場合があります。

急に真面目な話をするのが照れくさい。
「どうしたの、急に」と言われそうで聞けない。
重い話が出てきた時に、受け止めきれるか分からない。
親の知らなかった一面に触れるのが、少し怖い。

そうした思いが、聞く側にもあるのかもしれません。

また、親の側にも、子どもには言いにくいことがあります。

心配をかけたくない。
昔の苦労を今さら話しても仕方がない。
親として、弱さを見せたくない。
子どもに背負わせたくない。

親子だから言えることもあります。
けれど、親子だからこそ言えないこともあります。

今回の記事では、その両方を大切にしながら、
「親に聞く」ということを、無理に深い話を聞き出すことではなく、
その人が大事にしてきたものに、少しだけ触れることとして考えています。

西照寺が考えている「親に聞いておく10のこと」は、
親の人生をきれいにまとめるためのものではありません。

感動的な言葉を引き出すためでもありません。
家族の歴史を完成させるためでもありません。

聞けるうちに、少しだけ聞いておく。
残せるうちに、少しだけ言葉を預かっておく。

そのための小さな入口を、必要な方に届けたいと考えています。

西照寺では、ホームページ・ブログ・noteを通じて、
「親に聞いておくこと」
「家族の中で言葉になりにくい思い」
「亡くなった後に残る後悔」
「大切な言葉を静かに預かること」
について、少しずつ発信しています。

「親に聞いておく10のこと」に関心のある方は、
西照寺ホームページのメニューバーにある
「LINEで問い合わせ」より、公式LINEにご登録ください。

完成後、無料で配布する予定です。

https://note.com/saisyouji/n/n7d9fa929a18a

詳しくは、上記のnote記事をご覧ください。

埼玉県東松山市にある浄土真宗本願寺派の西照寺です。お墓参りや永代供養、樹木葬、お葬式やご法事、日々の仏事や相続に関する小さなお悩みなど、いつでもお気軽にご相談ください。

  • 住所:埼玉県東松山市大谷2560-4
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東松山は曇天です

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おはようございます。住職です。

昨日の台風で、かなり雨が降りました。長時間降っていたので、久々の雨量となったのだと思います。

だいたい台風が過ぎ去れば、台風一過で晴天になるはずなのに、梅雨が近いからでしょうか、

梅雨前線の影響ですかね?全然晴れていません。東松山は曇っています。

気温も、20℃前後くらいでしょうか? 湿度も凄い高いわけではないので、今は過ごしやすいです。

一昨日の夜から昨夜も、涼しかったので、条件的には寝やすいはずだったのですが、今朝起きたら

あまり熟睡感がありません。残念です。

ここ最近、頭がクラクラするし、もしかしたら私、無呼吸症候群なんじゃないか?と勝手に思いはじめてい

ます。無呼吸症候群って、寝ていたら自分では気づけないですしね。

でも、朝起きて頭がフラフラしたり、月曜日などは会議中に突然頭痛がしたのです。

私は頭痛持ちではないのに。珍しい症状で、「え?なに?」と思ってほどです。

3分位で収まりましたが、左のこめかみら辺に、ズキッという痛みでした。

なので、もしかして、寝ている時に頭に酸素がいっていないのかな?とか思い始めているわけです。

もし、そうだった場合は、無呼吸症候群を疑いますよね。そんな現況認識から、勝手にそう思ったわけで

す。もっとも、全然的外れだったりするかもですが。

もう少し続くようなら、クリニック行ってみようかな。と思います。

ただ、15日までは毎日予定が入っているからなぁ。困ったものです。タイミングが悪いなぁ。

西照寺note 第2回を公開しました

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「なぜ、親に聞いておきたいことは言葉になりにくいのか」

西照寺noteの第2回記事として、
「なぜ、親に聞いておきたいことは言葉になりにくいのか」
を公開しました。

西照寺では現在、法事や納骨の場でのご遺族の声をもとに、
「親に聞いておく10のこと」という取り組みを少しずつ形にしようとしています。

前回の記事では、
「親が亡くなった後、本当に聞いておけばよかったと思うこと」
について書きました。

親が生きている間は、聞けることの大切さに気づきにくい。
そして、亡くなった後になって、単なる情報ではなく、
「その人が何を大事にして生きていたのか」を知りたくなることがある。

そのような問題意識を、最初の記事では綴りました。

今回の記事では、さらに一歩進んで、
なぜ、親に聞いておきたいことは、いざ聞かれると言葉になりにくいのか
ということを考えています。

聞き取りの中で、あるご遺族に、
「お母さまから聞いておけばよかったと思うことはありますか」
とお尋ねしたことがありました。

すると、その方はすぐに、
「色々ありますよ」
と答えられました。

けれど、続けて
「どんなことですか」
と具体的に尋ねると、しばらく考えた後、
「あれをどこに仕舞ってあるのか、とか……」
という実務的な答えになりました。

もちろん、物の置き場所や大切な書類のことも、遺された人にとっては大切です。

しかし、その時に感じたのは、
「聞いておきたかったことが何もない」のではなく、
本当に深い問いほど、すぐには言葉になりにくいのではないか、ということでした。

親が何を思って生きていたのか。
何を大切にしていたのか。
どんな思いを、言葉にしないまま抱えていたのか。

こうした問いは、単なる情報ではありません。
親子の関係や、その人の人生全体に触れる問いです。

だからこそ、いざ聞かれると、すぐには答えられない。
言葉に詰まる。
実務的な答えに寄っていく。

でも、それは「何もない」ということではなく、
むしろ「ありすぎるから、すぐには言葉にならない」のかもしれません。

西照寺が考えている「親に聞いておく10のこと」は、
親の人生をきれいにまとめるためのものではありません。

感動的な物語を作るためでもありません。
無理に深い話を聞き出すためでもありません。

聞けるうちに、少しだけ聞いておく。
残せるうちに、少しだけ言葉を預かっておく。

そのための小さな入口を、必要な方に届けたいと考えています。

今回の記事は、西照寺が今後取り組もうとしている
「親に聞いておくこと」
「家族の中で言葉になりにくい思い」
「大切な言葉を静かに預かること」
につながる、大切な問題意識について書いたものです。

詳しくは、下記のnote記事をご覧ください。

https://note.com/saisyouji/n/n68eb440841c3?from=notice

埼玉県東松山市にある浄土真宗本願寺派の西照寺です。お墓参りや永代供養、樹木葬、お葬式やご法事、日々の仏事に関する小さなお悩みなど、いつでもお気軽にご相談ください。

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