「親子だからこそ、聞けないことがある」
西照寺noteの第3回記事として、
「親子だからこそ、聞けないことがある」
を公開しました。
西照寺では現在、法事や納骨の場でのご遺族の声をもとに、
「親に聞いておく10のこと」
という取り組みを少しずつ形にしようとしています。
第1回の記事では、
「親が亡くなった後、本当に聞いておけばよかったと思うこと」
について書きました。
親が生きている間は、聞けることの大切さに気づきにくい。
でも、亡くなった後になって、単なる情報ではなく、
「その人が何を大事にして生きていたのか」を知りたくなることがあります。
第2回の記事では、
「なぜ、親に聞いておきたいことは言葉になりにくいのか」
について書きました。
聞いておきたいことが何もないのではなく、
深い問いほど、すぐには言葉になりにくい。
そのような視点から、親に聞くことの難しさを考えました。
今回の第3回では、さらに一歩進んで、
なぜ、親子なのに聞けないことがあるのか
について考えています。
親子は、とても近い関係です。
だからこそ、何でも聞けるように思えるかもしれません。
しかし実際には、近い関係だからこそ、聞きにくいことがあるようです。
若い頃、何が大変だったのか。
人生で何を大事にしてきたのか。
後悔していることはあるのか。
子どもに伝えておきたい言葉はあるのか。
こうした問いは、聞こうと思えば聞けるはずです。
しかし、親子の間では、あらためて聞くことが難しい場合があります。
急に真面目な話をするのが照れくさい。
「どうしたの、急に」と言われそうで聞けない。
重い話が出てきた時に、受け止めきれるか分からない。
親の知らなかった一面に触れるのが、少し怖い。
そうした思いが、聞く側にもあるのかもしれません。
また、親の側にも、子どもには言いにくいことがあります。
心配をかけたくない。
昔の苦労を今さら話しても仕方がない。
親として、弱さを見せたくない。
子どもに背負わせたくない。
親子だから言えることもあります。
けれど、親子だからこそ言えないこともあります。
今回の記事では、その両方を大切にしながら、
「親に聞く」ということを、無理に深い話を聞き出すことではなく、
その人が大事にしてきたものに、少しだけ触れることとして考えています。
西照寺が考えている「親に聞いておく10のこと」は、
親の人生をきれいにまとめるためのものではありません。
感動的な言葉を引き出すためでもありません。
家族の歴史を完成させるためでもありません。
聞けるうちに、少しだけ聞いておく。
残せるうちに、少しだけ言葉を預かっておく。
そのための小さな入口を、必要な方に届けたいと考えています。
西照寺では、ホームページ・ブログ・noteを通じて、
「親に聞いておくこと」
「家族の中で言葉になりにくい思い」
「亡くなった後に残る後悔」
「大切な言葉を静かに預かること」
について、少しずつ発信しています。
「親に聞いておく10のこと」に関心のある方は、
西照寺ホームページのメニューバーにある
「LINEで問い合わせ」より、公式LINEにご登録ください。
完成後、無料で配布する予定です。
https://note.com/saisyouji/n/n7d9fa929a18a
詳しくは、上記のnote記事をご覧ください。
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