法話

そのままをいただく

こんにちは副住です
今日は法話をさせていただきます。
先日、ビデオで島田洋七さんの「佐賀のがばいばあちゃん」という映画を見ていたら、こんなワンシーンに出会いました。
6歳位の少年が、佐賀県の学校で、友達に“おまえの家は貧乏ばい”といじめられているのです。少年は家に帰るなり、お婆ちゃんに“うちは貧乏なんか?”と問いかけます。するとお婆ちゃんは
“貧乏ばい。でも貧乏人はよか! 金持ちは色々大変ばい。 おいしい食べ物を選んだり、旅行する所を探したりしよるから。でも貧乏人は、選ぶ必要なんか無か。あるものをそのままいただくだけばい。”と答えたのです。
確かに、豊かな人は欲しい物が手に入る。あとは自分の好みに合わせるだけです。好みに合わない物は、切り捨てればいいのです。ただ自分の好みに合わせるという所に、色々な迷いが生まれるのです。お金持ちは大変です。
 でも貧乏であれば、選ぶ必要なんてありません。選ぶ必要がないのだから、迷いが生まれることも無いのです。ただ手に入る物を、そのままいただけばいいのです。そんな貧乏人をお婆ちゃんは“よい”と言ったのです。そこには“そのままをいただく”という心の豊かさが感じられます。
 この世界のあらゆる物事には、同じ物など何一つありません。一つ一つが、かけがえのない、とても有り難いものなのです。“そのままをいただく”とは、あらゆる物事の、かけがえのなさに気付いているからこそ言える言葉だと思います。まさに仏様の心が、お婆ちゃんの言葉の中に生きているのです。
仏様の心とは、全てを平等に慈〈いつく〉しみ、あわれんで下さる心です。全てを差別なく、みつめて下さる心なのです。そのような心からすれば、あらゆるものは、一つ一つ尊くて、それぞれが大切なのだと気付かされるでしょう。“そのままをいただく”お婆ちゃんの言葉の背景には、仏様の心が隠されていたのでしょう。
  最後に、お婆ちゃんは、こんな事も言っていました。
“お金は大切ばい”  “でもお金よりも大切なものもあるばい”

そのままをいただく” への1件のフィードバック

  1. お金も大切ですが、それより何より、健康が一番ではないのでしょうか。お金が有っても健康体でなければ、何も出来ません。 心と健康が大切です。

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