日記

比企

こんにちは 副住です。
西照寺がある東松山市付近は、比企郡(ヒキグン)と呼ばれる広域なエリアとなっています。
比企郡
比企とは、昔(平安時代後期から鎌倉時代前期) 比企氏(ヒキシ)と呼ばれる豪族の一族が取り仕切っていた地域だからだと言われています。
特に着目すべき方は、比企の尼という方です。
当時、旦那さまが無くなると、妻は寺にこもったりしたので尼と呼ばれたそうです。
比企の尼は、鎌倉幕府を開いた源の頼朝の乳母でありました。
頼朝がまだ、力を持つ前から関係があったようです。
乳母として、赤ちゃんにお乳をあげ、頼朝が大きくなると 比企の尼は武蔵野国に出向きました。
西照寺がある一体は、昔からお米がよくとれる地域だったそうです。
比企の尼は、遠方で苦労する頼朝にお米(当時はお金のようなものでしょう)を送って援助していたそうなのです。
当時、乳母は何人かいるのが普通だったようですが、比企の尼は頼朝が苦労していた時でも乳母の役割をこなし
頼朝から絶大な信頼を置かれていたというのです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です