日記

私たちは知らないところで「お金に支配されている」

こんにちは 副住です。
今日も薄い内容で恥ずかしいことですが。
世界にはお金が余っているようです。先進国は国債を増していき、金融緩和を行って世界にお金を増やしている。
増やされたお金は、中国やブラジル・インドなど今発展している国に流れていく。(つまり勢いがある国に流れる)
お金は成長していく場所に流れては増え続け、雪だるま式に大きくなっているようです。
ですから、たくさんのお金を投資できる方は、どんどんお金が増えていくでしょう(失敗しなければ)。
人間の欲望的に、お金は増やしたいけど、減らしたいとは思わないのです。だから投資できる人は、ますますお金を増やそうと動きます。
また、極端なお金持ちになると、個人なのに、世界経済に大きな影響を及ぼす人も現れます。
例えば2010年に起きたユーロ危機。2009年にギリシャ政権が交代したのですが、
それまでの政権が国の借金を著しく低く隠して発表してきたことが、政権交代によって明るみになりました。どうして隠してきたのかと言えば、国の経済状況が悪くなるかもしれないから。
それが、政権交代を契機に、明るみにでてしまった。
そこで国債の格付けをしている会社が、ギリシャの国債のランク付けを下げ、市場より債務不履行(利息の不払い)の不安が高まって、ギリシャ国債は信用をなくし、財政破綻の危機になりました。
これを引き金とし、財政状況の悪いスペイン、ポルトガルなども不安視され、欧州危機となりました。
ギリシャもスペインもポルトガルもすべてユーロ圏となってます。だからお金はすべてユーロ。
こうなると、これまでギリシャやスペインなどの国債を買っていた方(他国の銀行や個人投資家など)は
「利息も払ってもらえないほどの状況かもしれない。だったら貸したお金も返ってこないかもしれない・・・早く手を引こう」となって大量のユーロが売られることとなります。
ユーロが安くなります。
ただし、ユーロ加盟国には、経済優良国のドイツがいます。
ユーロが安くなると、ドイツは輸出が伸びるので喜ばしいのです。
そんな流れを予測できる、投資家はドイツの会社などにお金を投資します。
ドイツの会社が成長すれば株価は上がって、莫大な投資をしてきた人は、株価があがったぶん、お金が増えます。
・・・(たぶん、そんな仕組みなんだろうと思ってます。もっと勉強しないといけませんが)・・・
こうなると、ギリシャ国民は泣いているのに、その影で祝杯をあげている人がいるという構図も理解ができます。
つまり、世界のなかで大量のお金を動かせる人は、損をしないために動き、お金を増やすために動きます。
そうなると、成長分野にお金は流れます。当然です。しかし先進国はある程度成長をしてきてしまったので、
なかなか成長分野が見いだせません。むしろ、先進国は退化をしないように、借金を増やしてまで成長を続けようとします。
やがて、その国の借金は、市場によって評価を下げられ、通貨安となってしまいます。
通貨安が起きれば、その国の国民は大変です。インフレが起こります。
しかし、投資家は通貨安が起きたことで、あらたに成長分野ができるので、そこにお金を流してお金を増やします。
これを逆手にとれば、極端な大きな投資家は、国債が多くて不安定そうな国を見計らって、破綻に追い込むことができるのではないかな
と個人的に思ってしまいます。もっとも、日本が破綻するとなると、その影響で他国も多大な影響をうけるでしょうから、そう簡単にはならないと思いますが。
そのように考えると、私たちは知らないところで「お金に支配されている」ということが言えるでしょう。
極端な話、日本が財政破綻(金融破綻)したとしても、生活はできるだけの仕組みを築いていくことは、ある意味の安心につながるのではないかと思います。
お金がなくても、食べ物を分け合える。お金がなくても、助け合える。お金がなくても、支え合える。
そんな仕組みは、人と人との結びつきだと思います。
そういった意味では、地域共同体の再構築は、ある意味の保険です。
地域共同体のシガラミが嫌で都会に集まることが良しとされてきた時代もありました。
まさに日本の成長期。お金が入ってくる時代だったのだろうと思います。お金と引き換えに地域共同体を崩壊させました。
しかし、ある程度成長してしまい、お金が入りずらくなった時代。今度はお金と引き換えに地域共同体の再構築が必要なのかもしれません。
一度壊れたものは、元通りにはなりません。ですから、新しい地域共同体の構築が必要ですね。
これまでの共同体は、地域という住んでいるエリアが近い共同体だったと思っています。
これからの新しい共同体は、「志」「価値観」が共有できる共同体なのではないかなと 個人的には思います。
「志」「価値観」と書きましたが、これは人生という物語の「志」「価値観」という意味です。
それが提供できるのは、お寺だ!と僕はいいたい。

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