日記

西照寺ブログ。副住→住職に。(令和時代の西照寺) 

おはようございます。副住です。
新時代の令和を迎えることができました。
今日から令和です。
令和を迎えたので、もう副住ではなく住職という
ことにしましょう。
実は、西照寺の内部では住職ということになっているのです。
ただし、すべての名義上の住職は父なのです。
役所などの名義上の変更は、すぐにできるのですが、
その前に、宗派の内部の登録を済ませる必要があるのです。
宗派内部の登録(つまり、宗派内で住職を変更する手続き)を
すると、俗にいう「お披露目」を行う慣例が、この世界にはある
のです。それには、結構なお金がかかるので、住職を変更して
こなかったというだけなのです。父は10年ほど前から住職
変わって!と言っているのです。でも、「お披露目」を口実に
私が交代してこなかった!ということなのです(笑)
ということで、実質、内部で私はすでに住職のようなもの。
新時代を迎えたし、ブログでも住職ということで参りましょう。
さて、この新時代、西照寺の住職は、これまでの既成観念(お
寺)の殻を破ってみたい!と思ってます。
新時代に挑戦をしてみたいと考えています。
別に何か具体的なものがあるわけではないのですが、
時代に即したお寺のあり方を模索してみようと考えています。
これまで平成の時代で蓄積してきた私の学びは、たまたま平成の
終わり頃(今年の3月頃)に、一定の結論に至りました。
その結論というのは、人々の日常生活に関わっていく!というこ
とです。
私が生まれてから今に至るまで、お寺の活動は、人々の日常生活
に関わるまで、深くなかったと思っています。(特に関東では)
だから、お寺はあってもなくても良い存在となってしまっている
。そもそも論として、なぜお寺が人々の日常生活と乖離してし
まったのだろうか?と色々と考えると、戦後教育に私はぶつかり
ました。戦後教育から変化を迎えた日本人の価値観。
その価値観が根を張り、戦前と戦後の日本社会の環境が変わって
いったのだろうと理解してます。地域社会の崩壊。個人主義。
核家族。色々なことが変わったのでしょう。お寺は旧来型の
価値観で、今でも物事を考えるので、現代社会の価値観と乖離
してしまう一方なのだと結論づけました。
だからといって、戦後教育を批判しても、戦後教育は戦後教育と
して今は成立してるのです。そんなことを批判しても何も生まれ
ない。昔には戻らないのだから。ではどうするか!?
批判ではなく、お寺がそっちの土俵にあがれば良いのです。
お寺がそっち側の土俵にあがれずにいる現状こそが、お寺を衰退
させていく根本原因。もっとお寺が頑張ればよいだけの話。
ということで、私はそっちの土俵にあがることを平成の終わりに
思いついたわけです。
西照寺は、令和時代に、西洋的価値観の土俵にあがったお寺づく
りを模索してみようと思います。
たぶん、誰もまだやってないこと。誰もやってないことなので、
面白そう。一緒にやってみませんか?
 
 
 

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