西照寺note 第4回を公開しました
「親にも、子どもに言えないことがある」
西照寺noteの第4回記事として、
「親にも、子どもに言えないことがある」
を公開しました。
西照寺では現在、法事や納骨の場でのご遺族の声をもとに、
「親に聞いておく10のこと」
という取り組みを少しずつ形にしようとしています。
第1回の記事では、
「親が亡くなった後、本当に聞いておけばよかったと思うこと」
について書きました。
親が生きている間は、聞けることの大切さに気づきにくい。
けれど、亡くなった後になって、単なる情報ではなく、
「その人が何を大事にして生きていたのか」を知りたくなることがあります。
第2回の記事では、
「なぜ、親に聞いておきたいことは言葉になりにくいのか」
について書きました。
聞いておきたいことが何もないのではなく、
深い問いほど、すぐには言葉になりにくい。
そのような視点から、親に聞くことの難しさを考えました。
第3回の記事では、
「親子だからこそ、聞けないことがある」
について書きました。
親子は近い関係です。
だからこそ、何でも聞けるように思われるかもしれません。
しかし実際には、近い関係だからこそ聞けないことがあります。
そして今回の第4回では、視点を少し変えて、
親の側にも、子どもに言えないことがある
ということについて書いています。
親は、子どもの前では「親」であろうとします。
心配をかけたくない。
迷惑をかけたくない。
昔の苦労を、今さら子どもに背負わせたくない。
親として、弱さを見せたくない。
そのような思いから、本当は何か残っている言葉があっても、
子どもには言えないことがあります。
何も話さないからといって、何もないとは限りません。
言葉にしなかったことの中に、
その人が大切にしてきたものがある場合があります。
「本当は、あの時ありがたかった」
「うまく言えなかったけれど、心配していた」
「あの頃は、少し寂しかった」
「自分なりに、大事にしてきたことがある」
そうした一言は、日常の会話の中ではなかなか出てきません。
でも、その小さな言葉こそ、
後になって遺された人を支えることがあります。
今回の記事では、
親子だから言えること、
親子だからこそ言えないこと、
そして、家族の中だけでは言葉になりにくい思いについて考えています。
西照寺が考えている「親に聞いておく10のこと」は、
親の人生をきれいにまとめるためのものではありません。
感動的な言葉を引き出すためでもありません。
家族の歴史を完成させるためでもありません。
親や子どもに、何かを無理に背負わせるためでもありません。
聞けるうちに、少しだけ聞いておく。
残せるうちに、少しだけ言葉を預かっておく。
そのための小さな入口を、必要な方に届けたいと考えています。
西照寺では、ホームページ・ブログ・noteを通じて、
「親に聞いておくこと」
「家族の中で言葉になりにくい思い」
「亡くなった後に残る後悔」
「本人が残した言葉を静かに預かること」
について、少しずつ発信しています。
「親に聞いておく10のこと」に関心のある方は、
西照寺ホームページのメニューバーにある
「LINEで問い合わせ」より、公式LINEにご登録ください。
完成後、無料で配布する予定です。
詳しくは、下記のnote記事をご覧ください。
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