未来条件付き保管メッセージ④

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「本人らしい言葉」ではなく、本人が残した言葉を大切にする

未来条件付き保管メッセージで、西照寺が大切にしていることがあります。それは、未来に届けるものは、本人が実際に残したものにするということです。

「本人らしい」と「本人が残した」は違う

家族であれば、「あの人なら、きっとこう言っただろう」と思うことがあります。これからはAIによって、本人らしい文章や、本人に似た声を作ることも、ますます簡単になっていくでしょう。

しかし、「本人らしい言葉」と「本人が実際に残した言葉」は同じではありません。

未来条件付き保管メッセージで預かるのは、後から作られた「本人らしいもの」ではなく、本人が、その時に実際に残した言葉です。

文章が上手である必要はありません

未来へ残す言葉というと、立派な文章を書かなければならないように思うかもしれません。しかし、文章が少しくらいまとまっていなくても構いません。言葉に迷いがあってもいい。不器用な表現でもいい。大切なのは、その人が、その時に、自分で残したことです。

後から言葉を足さない

西照寺では、預かったメッセージに、本人が残していない言葉を後から足すことはしません。「きっと、こう言いたかったはず」と思ったとしても、それを本人の言葉として付け加えることはしません。なぜなら、そうした瞬間に、本人が残したものと、誰かが推測して作ったものが混ざってしまうからです。

未来だからこそ、本人の言葉であることが大切になる

何年、何十年という時間を経て、未来の受取人がその言葉に触れた時、大切になるのは、文章として完成しているかどうかだけではありません。むしろ、「これは本当に、あの人が残した言葉なのだ」ということに大きな意味があるかもしれません。未来条件付き保管メッセージでは、その部分を大切にしていきます。

詳しくはnoteでもご紹介しています。

西照寺は、家族に今すぐ渡せない言葉や、未来に届けたい本人の思いを、本人の言葉のまま静かに預かる寺院です。

  • 住所:埼玉県東松山市大谷2560-4
  • お問い合わせ:0493-39-1445

未来条件付き保管メッセージ③

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なぜ自分で保管せず、預けるのか

未来の誰かに届けたい言葉があるなら、自分で手紙を書いて、自宅に置いておけばよい。そう思う方もいるかもしれません。もちろん、それも一つの方法です。ただ、何年、何十年という時間を越えて確実に届けるとなると、自分だけで管理することには難しさもあります。

長い時間が経つと、分からなくなる

10年後や20年後に渡す手紙を、自宅に置いておいたとします。その間には、引っ越しをするかもしれません。家を整理するかもしれません。家族が片付けるかもしれません。そして、その手紙があること自体が忘れられることもあります。

見つかっても、扱い方が分からない

たとえば、「娘へ」と書かれた封筒が見つかったとしても、いつ渡すものなのか分からなければ、家族は困ってしまいます。今すぐ渡すのか。結婚した時なのか。本人が亡くなったあとに渡すのか。

つまり、言葉だけでは、本人の意図まで残らないことがあります。

自分の死後には、自分では届けられない

自分が亡くなったあとに渡したい言葉なら、誰かに頼んでおく必要があります。ただ、頼まれた人が何十年も覚えていられるとは限りません。その人が先に亡くなることもあります。だから、人の記憶だけではなく、仕組みとして残しておく必要が出てきます。

預けるのは、言葉と「扱い方」

未来条件付き保管メッセージでは、文章や音声だけを預かるのではありません。

一緒に、

  • 誰に届けるのか
  • いつ届けるのか
  • どんな条件で届けるのか

という本人の指定も残します。

つまり、メッセージと、その扱い方を一緒に預かるということです。

本人が残したものを、そのまま未来へ

さらに、預けた後に誰かが勝手に内容を書き換えたり、「本人ならこう言っただろう」と言葉を足したりしないことも大切です。未来の受取人にとって重要なのは、文章がきれいかどうかより、「これは本当に本人が残したものなのだ」と分かることかもしれません。

未来条件付き保管メッセージは、単なる保管場所ではありません。本人が残した言葉と、その扱い方を、未来まで一緒に預かる取り組みです。

詳しくはnoteでもご紹介しています。

西照寺は、家族に今すぐ渡せない言葉や、未来に届けたい本人の思いを、本人の言葉のまま静かに預かる寺院です。

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未来条件付き保管メッセージ②

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どんな時に届けるのか

前回ご紹介した、「未来条件付き保管メッセージ」は、未来のある時まで言葉を預かり、決められた条件が訪れた時に届ける取り組みです。

では、どのような時を「届ける時」にできるのでしょうか。

子どもが成人した時

たとえば、「二十歳になったら読んでほしい」という言葉です。今はまだ幼くて伝わらないことでも、大人になった時なら伝わるかもしれません。今の自分から、未来の子どもへ言葉を残すことができます。

結婚や就職などの節目

届ける条件は、年齢だけではありません。結婚した時。就職した時。資格を取得した時。ある役目を引き継いだ時。人生の節目を条件にすることもできます。未来は、「何年後」という時間だけではなく、人生の出来事で決めることもできます。

自分が亡くなったあと

もう一つ大きな使い方が、自分が亡くなったあとに届ける言葉です。生きている間には、どうしても言いにくいことがあります。改まって話すほどではない。恥ずかしくて言えない。相手を心配させたくない。でも、何も残さないまま終わるのは違う。そんな時、「自分が亡くなったあと、この人へ届けてほしい」という形で残すことができます。

大切なのは、本人が「その時」を決めること

未来条件付き保管メッセージでは、西照寺が届ける時を決めるのではありません。本人が、自分で決めます。誰に届けるのか。どんな時に届けるのか。そこを本人が決めておく。そのことが重要です。

言葉には「伝える時」がある

同じ言葉でも、いつ伝えるかによって意味が変わります。早すぎれば伝わらない。逆に、遅すぎれば間に合わない。だから、言葉を残すだけではなく、いつ届けるのかまで残しておく。それが、未来条件付き保管メッセージの特徴です。

詳しくはnoteでもご紹介しています。

西照寺は、家族に今すぐ渡せない言葉や、未来に届けたい本人の思いを、本人の言葉のまま静かに預かる寺院です。

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未来条件付き保管メッセージ①

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今は渡さず、未来のその時まで預かる言葉

誰かに伝えておきたい言葉がある。でも、今すぐ伝えたいわけではない。そんな言葉ってあるのかもしれません。

たとえば、「子どもが成人した時に伝えたい」「結婚した時に読んでほしい」「自分が亡くなったあとに届けてほしい」などの言葉です。

西照寺では、こうした言葉を未来のある時まで預かる、「未来条件付き保管メッセージ」という取り組みを考えています。

「未来のある時」に届ける

この取り組みでは、メッセージを預かるだけではありません。

あらかじめ、

  • 誰に届けるのか
  • どんな時に届けるのか
  • どの条件が満たされたら届けるのか

を決めておきます。つまり、今の自分から、未来の誰かへ言葉を渡すための仕組みです。

自宅に置いておくだけでは難しいこともある

もちろん、自分で手紙を書き、自宅に保管することもできます。ただ、長い時間が経つと、置き場所が分からなくなったり、家族が整理の際に処分してしまったり、見つかっても「いつ渡すものなのか」が分からなかったりすることがあります。

未来に届ける言葉では、言葉そのものだけでなく、その言葉をどう扱うのかまで残しておく必要があります。

本人が残した言葉を、そのまま届ける

西照寺では、未来に届ける言葉について、後から誰かが書き足したり、AIで「本人らしい言葉」を作ったりすることは考えていません。大切にしたいのは、本人が、その時に実際に残した言葉です。未来だからこそ、「本人が何を残したのか」を曖昧にしない。それが、この取り組みの基本にあります。

今は言えなくても、未来なら言えることがある

今伝えると相手を困らせる。まだ相手が幼い。今は伝える時ではない。それでも、「この言葉は残しておきたい」と思うことがあります。今すぐ伝えることと、言葉を残しておくことは、同じではありません。伝える時を未来に託す。そんな選択肢があってもよいのではないか。そこから「未来条件付き保管メッセージ」は始まっています。

詳しい内容は、noteでもご紹介しています。

西照寺は、家族に今すぐ渡せない言葉や、未来に届けたい本人の思いを、本人の言葉のまま静かに預かる寺院です。

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西照寺一言預かり⑧

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言葉を、未来まで預かるということ

これまで、西照寺一言預かりについて書いてきました。長い文章でなくても、一言だけでも残せること。言えなかった言葉も、なかったことにはならないこと。親に聞いておきたかった一言。子どもや家族に残しておきたい一言。誰に向けた言葉か決まっていなくてもよいこと。そして、言葉を今すぐ誰かに渡さないという選択もあること。一言を残すことについて考えていくと、その先に、別の問題が見えてきます。

「この言葉を、いつまで残しておけばよいのだろう」「いつか誰かに渡したいとしたら、いつ渡せばよいのだろう」「ある時が来るまで、開かないでほしい言葉はどうすればよいのだろう」

言葉を残すということは、場合によっては、その言葉を未来のある時点まで預かることにつながっていきます。

たとえば、親が子どもへ、「あなたが自分の道を決めた時に読んでほしい」と思う言葉があるかもしれません。今伝えるのではなく、自分で何かを決める時になってから読んでほしい。

また、「自分が亡くなった後に、家族へ伝えたい」という言葉もあります。今すぐ伝える必要はない。けれども、未来のある時には知ってほしい。さらに、結婚した時。子どもが生まれた時。ある仕事に就いた時。人生のある節目を迎えた時。そのような出来事が起きた時に、初めて渡したい言葉もあるかもしれません。すると、言葉には、「誰に」だけではなく、「いつ」「どのような時に」扱うのかという問題が出てきます。そして、「その時までは開かないでほしい」という本人の意思もあります。

今読まれれば、家族との関係が変わってしまう。今はまだ知られたくない。ある出来事が起きるまでは、開かないでほしい。そうなると、単に言葉を残しておくだけでは足りません。未来まで、本人の意思に沿って扱う仕組みが必要になります。

もちろん、未来のことを完全に予測することはできません。家族の状況も変わります。本人の考えも変わります。だから大切なのは、未来を当てることではありません。

今の本人が、「何を残したいのか」「どのように扱ってほしいのか」という意思を大切にすることです。

西照寺一言預かりは、本人から実際に現れた短い言葉や文章を、その人自身の言葉として受け取り、大切に扱う、小さな入口です。しかし、その先には、「未来まで残したい」「ある時まで開かないでほしい」「ある時が来たら、この人へ渡してほしい」という希望があります。そこまで来ると、単純な一言預かりだけでは十分ではありません。

そこで西照寺では、その先にある仕組みについても考えています。それが、「未来条件付き保管メッセージ」です。

今は言えない。でも、消えてしまってよいわけではない。今は渡さないけど、未来のある時には届けたい。そのような言葉を、本人の意思に沿って未来まで扱うための仕組みです。

今回で「西照寺一言預かり」の連載は一区切りとなります。noteでは、「言葉を、未来まで預かるということ」という題で、もう少し詳しく書いています。

次の連載では、この「未来条件付き保管メッセージ」について、少しずつご紹介していきたいと思います。

西照寺は、家族に今すぐ渡せない言葉や、未来に届けたい本人の思いを、本人の言葉のまま静かに預かる寺院です。

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西照寺一言預かり⑦

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今すぐ渡さないという選択もある

誰かに残したい言葉がある。そう聞くと、「それなら、その人に伝えればよいのではないか」と思うかもしれません。もちろん、今伝えることができるのであれば、直接伝える方がよい場合もあります。ですが、人の言葉には、残しておきたいけれど、今すぐには伝えられない言葉があります。

たとえば、家族に伝えたいことがあっても、今は関係がうまくいっていない。今伝えれば、相手を傷つけるかもしれない。自分自身も、まだ気持ちを整理できていない。そのようなことがあります。「今言うか、何も言わないか」という二つだけで考えると、言葉は消えてしまいます。でも、「今は渡さないけれど、言葉は残しておく」という選択もあるはずです。

たとえば、「あなたのことを、ずっと心配していました」という一言があるとします。今伝えれば、相手には違う意味で受け取られてしまうかもしれません。でも、時間がたった後には、その言葉の受け止め方が変わることもあります。

同じ言葉でも、受け取る時期によって意味が変わることがあります。子どもの頃には分からなかった親の言葉が、自分が親になった後に分かる。若い頃には反発した言葉が、年齢を重ねてから心に残る。言葉そのものが変わったのではなく、受け取る側の状況が変わったのです。

だから、言葉には、「誰に伝えるのか」だけではなく、「いつ伝えるのか」という問題もあります。

西照寺一言預かりでは、言葉を残したからといって、必ず誰かへ渡さなければならないとは考えていません。今は伝えられない。誰に伝えるのか、まだ決められない。伝えるかどうか自体、まだ分からない。そのような状態もあるはずです。一度残した後に、「やはり誰にも伝えて欲しくない」と思うこともあるでしょう。

反対に、「今なら伝えてもよい」と思う時が来るかもしれません。言葉を残した瞬間に、その後のすべてを決める必要はありません。言葉には、その人なりの時間があります。

まだ伝えない時間。誰に伝えるのか考える時間。そして、ある時になって初めて、伝えてもよいと思える時間。「言葉はある。でも、今ではない。」そのような一言があってもよいのです。

西照寺一言預かりは、本人から実際に現れた言葉を、その人自身の言葉として受け取り、大切に扱う取り組みです。そして、その言葉を今すぐ渡さないという本人の意思も、大切にします。

noteでは、「今すぐ渡さないという選択もある」という題で、もう少し詳しく書いています。言葉を残すことと、誰かへ伝えることは同じなのか。そのことについて考えていますので、関心のある方はお読みいただければと思います。

西照寺は、家族に今すぐ渡せない言葉や、未来に届けたい本人の思いを、本人の言葉のまま静かに預かる寺院です。

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西照寺一言預かり⑥

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一言を預かるとは、どういうことか

これまで「西照寺一言預かり」について、長い文章でなくても、一言だけでも残せること。言えなかった言葉も、なかったことにはならないこと。親に聞いておきたかった一言や、子どもや家族に残しておきたい一言があること。誰に向けたものか、まだ決まっていない言葉もあること。そのようなことを書いてきました。

では、西照寺が「一言を預かる」とは、どういうことなのでしょうか。西照寺が大切にしているのは、本人から実際に現れた言葉を、その人自身の言葉として扱うことです。

たとえば「ありがとう」という一言でも、誰が、誰に向けて残したのかによって、その意味は変わります。

親から子どもへ向けた「ありがとう」。子どもから親へ向けた「ありがとう」。文字だけを見れば同じでも、その言葉が生まれた背景は、それぞれ違います。

西照寺一言預かりでは、その言葉が立派かどうか、感動的かどうかを基準にはしません。大切なのは、その言葉が本人から実際に現れたものであることです。西照寺が、本人に代わって言葉を作ることもしません。「こう書いた方が伝わります」「こういう言葉なら家族も喜びます」と、こちらが文章を作ってしまえば、きれいな言葉にはなるかもしれません。しかし、それは本人から現れた言葉とは違うものになってしまいます。本人が「ありがとう」とだけ残したのであれば、その一言を大切にします。

西照寺が、「きっと家族への深い感謝があったのでしょう」などと、本人が言っていない意味を付け加えることもしません。また、短い言葉には、意味が分かりにくいものもあります。たとえば、「もういい」という一言。諦めなのか、安心なのか。それとも誰かに向けた言葉なのか、自分に向けた言葉なのか?その言葉だけでは分からないことがあります。

でも、分からないからといって、西照寺が意味を決める必要はありません。分からないものは、分からないまま扱います。一言は短いからこそ、周囲に多くの空白があります。その空白を、「きっと、こういう意味だったのだろう」と後から埋めてしまうと、本人の言葉と、他人の解釈との境界が分からなくなります。

だから西照寺では、一言を一言のまま扱います。また、「預かる」ということは、西照寺のものにするという意味でもありません。本人の言葉は、あくまで本人に由来するものです。西照寺は、その言葉を本人の意思に沿って扱う立場です。

一言を預かるとは、その言葉を立派なものにすることではありません。本人から現れたものを、本人から現れたものとして扱うこと。西照寺一言預かりでは、その姿勢を大切にしています。noteでは、「一言を預かるとは、どういうことか」という題で、もう少し詳しく書いています。

西照寺がなぜ言葉を勝手に整えたり、意味を付け加えたりしないのかについても書いていますので、関心のある方はお読みいただければと思います。

西照寺は、家族に今すぐ渡せない言葉や、未来に届けたい本人の思いを、本人の言葉のまま静かに預かる寺院です。

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西照寺一言預かり⑤

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誰に向けた言葉か、決まっていなくてもいい

言葉を残そうとすると、「誰に向けた言葉なのか」を考えることになります。子どもに向けた言葉。親に向けた言葉。配偶者や兄弟姉妹、友人に向けた言葉。

相手が決まっていれば、何を書けばよいのかも考えやすくなるかもしれません。しかし、自分の中に現れる言葉のすべてに、最初からはっきりした宛先があるとは限りません。

誰に伝えたいのか分からない。そもそも、誰かに伝えたい言葉なのかも分からない。それでも、なぜか心の中に残っている一言があります。

たとえば、「本当は、寂しかった」という言葉が浮かんだとします。それは、親に向けたものなのか。家族に向けたものなのか。昔の友人に向けたものなのか。あるいは、誰か一人に向けたのではなく、自分の人生全体から現れた言葉なのかもしれません。「これは誰に向けた言葉なのだろう」と考えるほど、答えが分からなくなることもあります。

しかし、宛先が分からないことと、その言葉が存在しないことは別です。人の言葉は、いつも誰かに伝えるためだけに現れるわけではありません。自分の中にあった思いを、自分自身が初めて知るために現れる言葉もあります。

「私は、本当は悔しかった」「ずっと怖かった」「もっと自由に生きたかった」その言葉を誰かへ伝えるかどうかは、まだ分かりません。でも、言葉にしてみることで、「自分は、このように感じていたのかもしれない」と気づくことがあります。

誰かに理解してもらうためではなく、自分の中にあるものを自分で確認するための一言です。今は宛先が分からなくても、後になって意味が見えてくることがあります。未来の自分が読み返した時に、「あの頃の自分は、このように感じていたのか」と分かるかもしれません。

また、まだ会っていない誰かに向けた言葉であることもあります。これから生まれる家族。まだ会ったことのない子孫。将来、自分のことを知ろうとする誰か。今すぐ渡す相手がいなくても、後になって受け取る人が現れることがあります。

反対に、誰にも渡されないまま終わる言葉もあるでしょう。それでも、その時の本人から、その一言が実際に現れたという事実は残ります。

西照寺一言預かりでは、本人が決めていない宛先を、西照寺が勝手に決めることはありません。言葉の意味について、「本当は、こういうことを言いたいのでしょう」と解釈を加えることもしません。誰に向けたものか分からないのであれば、分からないまま受け取ります。

まだ決めたくないのであれば、無理に決める必要はありません。言葉を残すことと、その言葉を誰かに渡すことは、同じではないからです。

まず言葉を残し、その後で考えることもできます。時間がたってから、誰かに渡したいと思うかもしれません。

反対に、誰にも渡さないと決めることもあります。宛先が決まっていないからといって、その言葉が不完全なわけではありません。今の自分から、その一言が実際に現れた。まずは、そのことを大切にしてよいのだと思います。

西照寺一言預かりは、本人から実際に現れた短い言葉や文章を、その人自身の言葉として受け取り、大切に扱う取り組みです。家族に向けた言葉だけではありません。未来の自分に向けた言葉。まだ会っていない誰かに向けた言葉。誰にも渡さないかもしれない言葉。そのような一言もあります。言葉には、必ずしも最初から宛先が必要なわけではありません。

noteでは、「誰に向けた言葉か、決まっていなくてもいい」という題で、もう少し詳しく書いています。

自分の中に言葉はあるものの、誰に向けたものなのか分からない方に、読んでいただければと思います。

西照寺は、家族に今すぐ渡せない言葉や、未来に届けたい本人の思いを、本人の言葉のまま静かに預かる寺院です。

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西照寺一言預かり④

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子どもや家族に、残しておきたい一言

親に聞いておきたかった言葉がある一方で、自分が親や家族の立場になった時には、「子どもや家族に、これだけは残しておきたい」と思うことがあります。それは、長い手紙や人生訓のような言葉ではないかもしれません。

「無理をしなくてもいい」「あなたが生まれてきてくれて、うれしかった」そのような、短い一言かもしれません。

家族の間では、「言わなくても分かっているだろう」と思うことがあります。長い時間を共に過ごしてきた。態度や行動で示してきた。わざわざ言葉にしなくても、気持ちは伝わっているはずだ。実際、言葉にしなくても伝わっていることはあります。

でも、親の中にあった思いと、子どもが受け取っていたものが、すべて同じとは限りません。厳しく接してきたけれど、本当はずっと心配していた。うまく褒められなかったけれど、誇らしく思っていた。口数は少なかったけれど、成長を楽しみに見ていた。本人の中にはあったものの、家族には届いていない言葉があるかもしれません。家族に何かを残そうと思っても、最初から長い文章を書く必要はありません。

人生をすべて振り返る必要もありません。家族一人ひとりに、立派な言葉を用意する必要もありません。今の自分の中から現れた一言だけを残すこともできます。残された人にとって大切なのは、必ずしも特別な表現ではありません。

その人らしい言い方。普段から口にしていた言葉。少し不器用でも、本人から実際に出てきた言葉。

たとえば、「ちゃんと食べているの?」「たまには家に帰ってきてね」「体だけは大事にしなさい」どこにでもある言葉のように見えても、誰が言ったのかによって、その意味は変わります。

今すぐには渡せない言葉もあります。急に改まったことを言えば、何かあったのかと心配されるかもしれません。関係がうまくいっておらず、今は素直に言えないこともあります。

「残しておきたい」と思うことと、「今すぐ伝えたい」と思うことは、同じではありません。言葉はある。でも、まだ伝える時ではない。そのような場合もあります。

西照寺一言預かりは、本人から実際に現れた短い言葉や文章を、その人自身の言葉として受け取り、大切に扱う取り組みです。西照寺が、本人に代わって家族への言葉を作るものではありません。家族が喜びそうな内容へ誘導することもしません。感謝や前向きな言葉だけを求めるものでもありません。迷いがある言葉。まだ結論の出ていない言葉。短く、不器用な言葉。それも、本人から実際に現れたものであれば、その人の言葉です。

家族に言葉を残すことは、別れの直前にだけ行うものではありません。今の自分が家族をどう思っているのか。誰に、どのような言葉を残したいのか。一言を考えることで、自分自身の思いに気づくこともあります。すぐ家族へ伝えてもよいでしょう。今は渡さず、残しておいても構いません。最初から、すべてを言葉にしなくてもよいのです。たった一言から始めることができます。

noteでは、「子どもや家族に、残しておきたい一言」という題で、もう少し詳しく書いています。

家族へ何かを残したいと思いながら、まだ言葉にできていない方に、読んでいただければと思います。

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西照寺一言預かり③

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親に聞いておきたかった、たった一言

親が亡くなった後になって、これは聞いておきたかったと思うことはあるものです。それは、家の歴史や相続のような大きな話とは限りません。子どもの頃、どんなことが好きだったのか。若い頃、何に悩んでいたのか。あの時、本当はどう思っていたのか。

生前には、いつでも聞けると思っていたことが、聞けなくなってから浮かんでくることがあります。そして、最後に心へ残るのは、長い質問ではなく、たった一言であることもあります。「幸せだったかな?」「私のことを、どう思っていた?」その一言が、長く心に残り続けることがあります。

親が元気なうちにこそ、聞いておいた方がよいことはあると思います。でも、実際に、「何を聞いておけばよいのだろう」と考えても、すぐには思い浮かばない人も多いのではないでしょうか。

親は、あまりにも身近な存在です。いつもそこにいる人に、改まって質問することは簡単ではありません。昔のことを聞くのは照れくさい。急に大切な話を始めるのは重く感じる。何を聞きたいのか、自分でもよく分からない。聞きたいことがないのではなく、まだ具体的な言葉になっていないこともあります。

親に尋ねたい言葉は、後になって現れることもあります。昔の写真を見つけた時。自分が親と同じ年齢に近づいた時。その時になって初めて、「親も、あの頃は大変だったのだろうか」「本当は、何を考えていたのだろう」と思うことがあります。

西照寺一言預かりは、誰かに残す言葉だけを扱うものではありません。親に聞きたかった問いや、自分の中に後から現れた一言を残すこともできます。「本当は、幸せだったのか聞きたかった」「私が生まれた日のことを、もう一度聞きたかった」答えを得られない問いであっても、その一言は、自分と親との関係の中から実際に現れた言葉です。西照寺は、その問いに勝手な答えを付け加えません。「きっと、こう思っていたのでしょう」と解釈することもしません。本人から実際に現れた一言を、その人自身の言葉として受け取り、大切に扱います。今、まだ話せる人がいるなら、そこから一言だけ聞いてみることもできます。「子どもの頃は、どんな子だった?」「私が生まれた時、どんな気持ちだった?」「最近、何か楽しみにしていることはある?」すぐに答えが返ってこなくても構いません。聞いてみたという事実が残ります。まだ聞くことができないのであれば、「いつか、このことを聞いてみたい」という一言を残しておくこともできます。

親に聞いておきたかったことは、最初からはっきりしているとは限りません。後になって、たった一言として現れることがあります。その一言を、なかったことにしない。

西照寺一言預かりは、そのための小さな入口でもあります。noteでは、「親に聞いておきたかった、たった一言」という題で、もう少し詳しく書いています。

親に聞いてみたいことがある方や、聞けなかった一言が心に残っている方に、読んでいただければと思います。

西照寺は、家族に今すぐ渡せない言葉や、未来に届けたい本人の思いを、本人の言葉のまま静かに預かる寺院です。

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