西照寺オンライン相談⑦

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一言だけでも、残しておきたいことがある

 西照寺note「西照寺オンライン相談」編の第7回を公開しました。今回のテーマは、「一言だけでも、残しておきたいことがある」です。

 家族に長い手紙を書く。人生を振り返る文章を残す。大切な人に向けて、まとまった言葉を伝える。そう聞くと、少し重く感じる方もいるかもしれません。そこまで大げさなものではない。文章にするほど整理できていない。立派なことを残したいわけではない。何を書けばよいのか分からない。そう感じるのは自然なことだと思います。でも、残したい思いは、必ずしも長い文章である必要はありません。一言だけでも、残しておきたいことがあります。

「ありがとう」「ごめん」「あの時は、本当はうれしかった」「あなたがいてくれてよかった」「私は、こういうことを大切にしていました」

 たった一言であっても、その人から実際に出た言葉であれば、受け取る人にとって大きな意味を持つことがあります。長く語れないからといって、何も残せないわけではありません。むしろ、短い一言の中に、その人らしさが表れることがあります。普段の口ぐせ。その人らしい言い方。飾らない言葉。きれいではないけれど、確かに本人から出てきた言葉。そうしたものの方が、受け取る人の心に残ることもあります。

 西照寺オンライン相談では、一言になる前の思いも、そのままお話として伺います。一言を無理に作る場所ではありません。言葉を引き出す場所でもありません。何かを残すように急がせる場所でもありません。ただ、一言になる前の思いを、まず静かに伺う場所です。親に聞きたかった一言。子どもや家族に残しておきたい一言。家族だけでなく、次の世代に向けて残しておきたい一言。あるいは、自分自身の中にある思いを一度確かめるための一言。そうしたものについて、今回の記事では書いています。詳しくは、note記事をご覧ください。

 西照寺は、家族に今すぐ渡せない言葉や、未来に届けたい本人の思いを、本人の言葉のまま静かに預かる寺院です。

  • 住所:埼玉県東松山市大谷250-4
  • お問い合わせ:0493-39-1445

西照寺オンライン相談⑤

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親に聞きたい人だけでなく、残したい人のためにも

西照寺note「西照寺オンライン相談」編の第5回を公開しました。今回のテーマは、
「親に聞きたい人だけでなく、残したい人のためにも」です。

これまで、西照寺オンライン相談について、親のことや家族のことを誰かに話してみる場所として書いてきました。親に聞いておきたいことがある。でも、何を聞けばよいのか分からない。家族には話しにくいことがある。でも、一人で考えていても整理できない。葬儀やお墓のこと、これからのことが気になっている。でも、今すぐ何かを決めたいわけではない。そのような時に、まず15分だけ話してみる。西照寺オンライン相談は、そうした小さな入口として始めています。

ただし、この相談は、親に聞きたい人だけのものではありません。親の立場から、子どもや家族に何かを残しておきたいと思う方。本人の立場から、自分の中にある思いを一度確認しておきたい方。子どもや子孫はいないけれど、次の世代に何かを残しておきたいと感じている方。そのような方にとっても、西照寺オンライン相談は、話し始める入口になり得ると思っています。

「親に聞いておけばよかった」という思いがある一方で、親や本人の側にも「本当は残しておきたいこと」があるかもしれません。子どもに伝えておきたいことがある。
でも、どう切り出せばよいのか分からない。家族に謝りたいことがある。でも、今さら言うのは難しい。感謝していることがある。でも、面と向かって言うのは照れくさい。自分が何を大切にして生きてきたのか、少しだけ残しておきたい。でも、立派な文章にするほどのことではない気がする。そうした思いもまた、最初からはっきり言葉になっているとは限りません。

西照寺オンライン相談では、親に聞きたい方だけでなく、子どもや家族、あるいは次の世代に何かを残しておきたい方の思いも伺います。何を残したいのか分からなくても構いません。誰に向けた言葉なのか分からなくても構いません。今すぐ形にする必要がなくても構いません。まず、自分の中に何があるのかを、一度話してみる。そこから始まることもあると思っています。詳しくは、note記事をご覧ください。

西照寺は、家族に今すぐ渡せない言葉や、未来に届けたい本人の思いを、本人の言葉のまま静かに預かる寺院です。

  • 住所:埼玉県東松山市大谷250-4
  • お問い合わせ:0493-39-1445

西照寺オンライン相談④

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何を相談したいのか、はっきりしていなくてもいい

西照寺note「西照寺オンライン相談」編の第4回を公開しました。

今回のテーマは、「何を相談したいのか、はっきりしていなくてもいい」です。

相談というと、何を相談するのかが決まっていなければならないように感じるかもしれません。困っていることがある。解決したい問題がある。誰かに聞きたいことがある。だから相談する。もちろん、そのような相談もあります。

ただし、親のことや家族のことは、最初からはっきり言葉になっているとは限りません。親のことが気になる。でも、何が気になっているのか分からない。家族のことを考えると、少し気持ちが重くなる。でも、それを悩みと言ってよいのか分からない。葬儀やお墓のことを考えた方がよい気がする。でも、今すぐ何かを決めたいわけではない。そのような状態のままでも、西照寺オンライン相談ではお話を伺います。

大切なことほど、最初から整理されていないことがあります。親への思い。家族への遠慮。これまで言えなかったこと。これから起こるかもしれない不安。聞きたいけれど、聞くのが怖いこと。残しておきたいけれど、まだ形になっていない思い。そうしたものを、まとまっていないまま話してみる。その時間にも意味があると思っています。

西照寺オンライン相談は、西照寺公式LINEに登録していただいた後、LINEのビデオ通話で行うオンライン相談です。最初の15分は無料でお話を伺います。この15分は、悩みを解決するための時間ではありません。答えを出すための時間でもありません。何かを決めるための時間でもありません。

親のこと、家族のこと、葬儀やお墓のこと、これからのこと。あるいは、子どもや家族、次の世代に何かを残しておきたいという思い。そうしたものを、まず一度、話してみるための入口です。もう少し丁寧に話したい場合には、2回目以降の有料相談をご案内します。ただし、無理に継続を勧めることはありません。詳しくは、note記事をご覧ください。

西照寺オンライン相談④|何を相談したいのか、はっきりしていなくてもいい

西照寺は、家族に今すぐ渡せない言葉や、未来に届けたい本人の思いを、本人の言葉のまま静かに預かる寺院です。

  • 住所:埼玉県東松山市大谷250-4
  • お問い合わせ:0493-39-1445

西照寺オンライン相談③

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15分だけ、親のことを話してみる

西照寺note「西照寺オンライン相談」編の第3回を公開しました。

今回のテーマは、 「15分だけ、親のことを話してみる」です。親のこと。
家族のこと。 葬儀やお墓のこと。 これからのこと。

気になっていることはあるけれど、誰かに相談するほどのことなのか分からない。 何を話せばよいのか、自分でも分からない。親に聞きたいことがある気がするけれど、うまく言葉にできない。そのような状態のまま、一人で考え続けている方もいるのではないでしょうか。

西照寺オンライン相談は、そのような時に、まず15分だけ話してみるための場所です。15分は、すべてを解決するための時間ではありません。家族のことを全部話し切るための時間でもありません。大きな決断をするための時間でもありません。まず一度、口にしてみるための時間です。

「親のことで、少し気になっていることがあります」
「何を聞きたいのか、自分でもよく分かりません」
「相談と言えるか分からないのですが」

そのような始まり方で構いません。

西照寺オンライン相談は、西照寺公式LINEに登録していただいた後、LINEのビデオ通話で行うオンライン相談です。最初の15分は、まず話してみる時間として無料でお話を伺います。これは、何かを売り込むための無料相談ではありません。無理に継続を勧めることもありません。必要な場合には、2回目以降の有料相談をご案内しますが、最初の15分だけで終わっても大丈夫です。また、西照寺オンライン相談は、親に聞きたい方だけのものではありません。親の立場から、子どもや家族に何かを残しておきたい方。子孫はいないけれど、自分の思いを次の世代に残しておきたい方。自分の中にある思いを、一度確認してみたい方。そのような方にとっても、最初の言葉を置く入口になればと考えています。

詳しくは、note記事をご覧ください。

埼玉県東松山市にある浄土真宗本願寺派の西照寺です。お墓参りや永代供養、樹木葬、相続、日々の仏事に関する小さなお悩みなど、いつでもお気軽にご相談ください。

  • 住所:埼玉県東松山市大谷250-4
  • お問い合わせ:0493-39-1445

西照寺オンライン相談②

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家族のことを、家族以外に話してもいい

西照寺note「西照寺オンライン相談」編の第2回を公開しました。

今回のテーマは、「家族のことを、家族以外に話してもいい」です。

親のこと。
家族のこと。
葬儀やお墓のこと。
介護や相続、実家のこと。

こうした話は、本来なら家族の中でするものだと思われがちです。もちろん、家族で話し合うことが必要になる場面はあります。でも、家族のことだからこそ、最初から家族の中だけで話せるとは限りません。親に言ったら傷つけてしまうのではないか。 兄弟姉妹に話すと、急に現実的な話になってしまいそうだ。配偶者に話しても、自分の親のことは自分にしか分からない。 親のことを考えなければと思うのに、考えること自体がつらい。

そうした思いを抱えたまま、何となく先送りになってしまうことがあります。

西照寺オンライン相談は、家族のことを家族以外に一度話してみるための場所でもあります。

家族以外に話すことは、家族を否定することではありません。親を悪く言うためでもありません。誰が正しいかを決めるためでもありません。むしろ、家族と向き合う前に、自分の中にある思いを一度確かめるための時間です。また、ここには、親に聞きたい方だけでなく、自分が家族や次の世代に何かを残しておきたい方の思いも含まれます。

 西照寺オンライン相談は、親のこと、家族のこと、これからのことについて、まだ言葉にならない迷いを、僧侶がオンラインで静かに伺う相談の場です。

詳しくは、note記事をご覧ください。

埼玉県東松山市にある浄土真宗本願寺派の西照寺です。お墓参りや永代供養、樹木葬、相続、日々の仏事に関する小さなお悩みなど、いつでもお気軽にご相談ください。

  • 住所:埼玉県東松山市大谷250-4
  • お問い合わせ:0493-39-1445

西照寺オンライン相談①

投稿日: カテゴリー: 大谷浄苑情報情報・お知らせ西照寺の取り組み西照寺情報

親のことを、誰かに話してみたいと思ったことはありますか?

西照寺noteにて、新しい連載「西照寺オンライン相談」を始めました。

これまでnoteでは、「親に聞いておく10のこと」というテーマで記事を書いてきました。

親が元気なうちに聞いておきたいこと。
亡くなった後に、聞いておけばよかったと思うこと。
けれど、実際にはなかなか聞けないこと。

そうしたことを、少しずつ考えてきました。

今回から始まる「西照寺オンライン相談」編では、親に聞く前に、まず自分の中にある思いを誰かに話してみることについて書いています。

親のこと。
家族のこと。
葬儀やお墓のこと。
これからのこと。

気になっていることはあるけれど、何から話せばよいのか分からない。
親に直接聞くには、まだ少し重い。
家族には言いにくい。
でも、自分の中では何かが引っかかっている。

そのような時に、いきなり答えを出すのではなく、まず話せる場所があってもよいのではないか。

西照寺オンライン相談は、そのような思いから始めたものです。

西照寺オンライン相談とは、親のこと、家族のこと、葬儀やお墓のこと、これからのことについて、まだ言葉にならない迷いや、家族には話しにくい思いを、僧侶がオンラインで静かに伺う相談の場です。

悩みを解決するための相談ではありません。
人生の答えを示す場所でもありません。
親子関係を評価する場所でもありません。

まず一度、自分の中にある思いを言葉にしてみる。
そのための小さな入口です。

また、親に聞きたい方だけでなく、親の立場から、子どもや家族に何かを残しておきたいと思う方にとっても、話し始める入口になればと考えています。

詳しくは、note記事をご覧ください。

https://note.com/saisyouji/n/nc96b2683b2b2

埼玉県東松山市にある浄土真宗本願寺派の西照寺です。お墓参りや永代供養、樹木葬、相続、日々の仏事に関する小さなお悩みなど、いつでもお気軽にご相談ください。

  • 住所:埼玉県東松山市大谷250-4
  • お問い合わせ:0493-39-1445

西照寺note第8回を公開しました

投稿日: カテゴリー: 仏事・情報・更新情報・お知らせ西照寺の取り組み

これまでのブログの体裁が、読みづらい!とのお声が届けられましたので、今回から体裁を変えています。(笑)

親に聞く前に、まず話せる場所があってもいい|親に聞いておく10のこと

親に聞いておきたいことがある。でも、すぐに親に聞けるとは限りません。西照寺では現在、「親に聞いておく10のこと」を作成しています。これは、親に質問をして、答えを集めるためだけのものではありません。親の人生をきれいにまとめるためのものでもありません。 感動的な言葉を引き出すためのものでもありません。 家族の歴史を完成させるためのものでもありません。

親が生きているうちに、無理なく、押しつけず、
その人が大切にしてきたことに少しだけ触れられる入口を作りたい。そのような思いから、少しずつ形にしています。しかし、この取り組みを考えれば考えるほど、ひとつ大切なことが見えてきました。

それは、親に聞く前に、まず自分の中にある思いを話せる場所が必要なこともある、ということです。

いきなり親に向かうのは、簡単ではない

親に聞いておきたいことがある。そう思ったとしても、すぐに親に向かって話せるわけではありません。何を聞けばよいのか分からない。 どう切り出せばよいのか分からない。親がどう受け止めるのか不安になる。
急に老いや死の話をするようで、ためらってしまう。 今さらそんな話をするのが照れくさい。
聞いた後に、関係が変わってしまう気がする。そうした迷いは、とても自然なものだと思います。親に聞くことは、大切です。ただ、大切だからこそ、簡単には聞けないことがあります。本当に聞きたいことほど、 普段の会話の中では出しにくいことがあります。

「お父さんは、人生で何を大切にしてきたの?」
「お母さんは、何か言えなかったことがある?」
「私たちに伝えておきたいことはある?」
「本当は、どんな思いで生きてきたの?」

こうした問いは、決して軽いものではありません。だからこそ、いきなり親に向ける前に、自分の中で少し整える時間があってもよいのだと思います。

自分でも、まだ分かっていないことがある

親に何か聞いておきたい。そう感じていても、自分が何を聞きたいのか、はっきり分かっていないことがあります。

親の昔話を聞きたいのか。
家族のことを知りたいのか。
親の本音を聞きたいのか。
自分への思いを聞きたいのか。
謝りたいことがあるのか。
感謝を伝えたいのか。
亡くなった後に後悔したくないのか。

自分でも、まだ分かっていない。ただ、何かが心に引っかかっている。そのような段階もあると思います。その状態で、いきなり親に聞こうとすると、 かえって言葉が出なくなることがあります。「何を聞きたいの?」と聞かれても、 自分でもうまく答えられない。「どうして急にそんなことを聞くの?」と言われたら、 説明できる気がしない。だから、まずは自分の中にある思いを、少し言葉にしてみることが必要な場合があります。答えを出すためではありません。親にどう聞くかを決めるためだけでもありません。自分の中にある、まだ形になっていない問いを、少しずつ見つめるためです。

話してみることで、見えてくることがある

人は、話してみて初めて気づくことがあります。頭の中ではまとまっていなかったことが、
口に出してみることで、少し形になることがあります。

「親に何か聞いておきたいんです」
「でも、何を聞けばよいのか分からないんです」
「今さら聞くのが怖いんです」
「親にこんなことを聞いていいのか迷っています」
「亡くなった後に、何も聞けなかったと思うのが怖いんです」

そう話してみるだけで、自分が本当に気にしていたことが、少し見えてくることがあります。もしかすると、親の過去を詳しく知りたいのではなく、親が何を大切にして生きてきたのかを知りたかったのかもしれません。もしかすると、親の本音を聞きたいというより、自分の中にある不安を誰かに聞いてほしかったのかもしれません。もしかすると、親に質問したかったのではなく、自分が親に言えていない言葉を持っていたのかもしれません。話すことで、問いの形が変わることがあります。それは、間違っていたということではありません。むしろ、自分の中にあった本当の思いに、少し近づいていくということなのだと思います。

家族の中では、話しにくいことがある

自分の中の問いを話す相手は、必ずしも家族でなくてもよいのだと思います。もちろん、家族に話せることもあります。兄弟姉妹だから分かることがあります。配偶者だから受け止めてくれることがあります。
親しい人だから話せることがあります。でも、家族だからこそ話しにくいこともあります。兄弟姉妹に話すと、意見が分かれるかもしれない。配偶者に話すと、心配をかけるかもしれない。親本人に話すには、まだ早い気がする。家族の中で話すと、感情が動きすぎてしまう。そのような時、家族ではない相手に話すことで、少しだけ距離を置いて考えられることがあります。家族ではないから、すぐに結論を出さなくてよい。
家族ではないから、関係のしがらみから少し離れられる。家族ではないから、うまく話せなくてもそのまま置ける。家族ではないから、沈黙しても急かされない。そうした距離があるからこそ、
話せることがあります。

西照寺オンライン相談で大切にしたいこと

西照寺では、家族の中では言葉になりにくい思いを、静かにお聞きする場が必要ではないかと考えています。それが、西照寺オンライン相談です。ただし、これは何かをすぐに解決するための場ではありません。正しい答えを示すための場でもありません。親子関係を変えるための場でもありません。人生をきれいに整理するための場でもありません。無理に深い話を引き出すための場でもありません。大切にしたいのは、
今ある思いを、話せる範囲で、静かに置いてみることです。

何を聞けばよいか分からない。
親にどう切り出せばよいか分からない。
聞きたい気持ちはあるけれど、言葉にならない。
親との関係を考えると、話すこと自体に迷いがある。
亡くなった後に後悔するのではないかという不安がある。

そのような段階でもよいのだと思います。うまく話せなくてもよい。途中で止まってもよい。まとまっていなくてもよい。沈黙があってもよい。すぐに結論が出なくてもよい。その人が、その時に話せることを、そのまま静かにお聞きする。西照寺オンライン相談では、そのような聞き方を大切にしたいと考えています。

相談とはいっても、答えを出す場ではない

「相談」と聞くと、悩みを解決してもらう場所を想像されるかもしれません。しかし、西照寺が考えるオンライン相談は、必ずしも答えを出すためのものではありません。もちろん、具体的な困りごとがあれば、
必要な範囲で一緒に整理することはあります。しかし、中心にあるのは、答えを与えることではありません。むしろ、答えになる前の思いを、急がずに扱うことです。まだ言葉になっていないもの。
誰にも言えずにいたもの。家族に話すには重すぎるもの。自分でもどう扱えばよいか分からないもの。そうした思いは、すぐに解決しようとすると、かえって壊れてしまうことがあります。だからこそ、まずはそのまま聞く。急がず、まとめすぎず、意味づけしすぎず、その人が話した言葉を、その人の言葉として受け止める。そのような時間があってもよいのではないかと考えています。

親に聞くためだけではなく、自分の思いに気づくために

西照寺オンライン相談は、親に何を聞けばよいかを決めるためだけのものではありません。もちろん、親に聞いておきたいことを整理するきっかけにはなるかもしれません。しかし、それだけではありません。話してみる中で、自分自身の思いに気づくこともあります。親に聞きたいと思っていたけれど、本当は自分が親に伝えたい言葉があった。親の過去を知りたいと思っていたけれど、本当は親が何を大切にしてきたのかを感じたかった。親に答えてほしいと思っていたけれど、本当は自分の中にある後悔や不安を、誰かに聞いてほしかった。そのようなこともあるかもしれません。親に聞くことと、自分の思いに気づくことは、別々のことではないのだと思います。親と向き合おうとする時、同時に、自分自身の中にある思いとも向き合うことになります。だからこそ、親に聞く前に、まず自分の思いを静かに話してみる時間があってもよいのです。

無理に話さなくてもよい

西照寺オンライン相談では、無理に話していただく必要はありません。言いたくないことは、言わなくてよい。思い出したくないことは、思い出さなくてよい。まだ言葉にならないことは、言葉にならないままでよい。話せることだけでよいのです。相談の時間の中で、大きな結論が出なくても構いません。何も決まらなくてもよい。うまく説明できなくてもよい。途中で黙ってしまってもよい。その沈黙も含めて、その人の中にある時間なのだと思います。大切なのは、無理に言葉を引き出すことではありません。言葉になりそうなものを、 急かさずに待つこと。言葉にならないものを、言葉にならないまま大切に扱うこと。西照寺では、そのような姿勢を大切にしたいと考えています。

「親に聞いておく10のこと」から、次の取り組みへ

これまで書いてきた「親に聞いておく10のこと」は、親への質問集であると同時に、自分自身の中にある問いに気づくための入口でもあります。親に聞くこと。親に聞けないこと。親にも言えないことがあること。
家族ではないから話せることがあること。 問いがあっても、すぐには聞けないこと。親に聞く前に、自分の問いを誰かに話してみること。こうしたことを考えていく中で、西照寺では、家族の中では言葉になりにくい思いを、静かにお聞きする場が必要ではないかと感じるようになりました。それが、西照寺オンライン相談です。

次回以降のnoteでは、この「西照寺オンライン相談」について、少しずつ丁寧に書いていきたいと思います。何をする場なのか。何をしない場なのか。なぜ、僧侶が聞くのか。なぜ、答えを急がないのか。
家族に言えない思いを、どう扱うのか。そこから、どのように言葉を預かる取り組みへつながっていくのか。そうしたことを、これから順番に考えていきます。

西照寺では、少しずつ準備を進めています

西照寺では現在、「親に聞いておく10のこと」を作成しました。ただし仮としてVer.1の状態です。

これは、親が元気なうちに、その人が大切にしてきたことに少しだけ触れるための入口です。同時に、親に聞く前の迷いや、家族の中では言葉になりにくい思いを、静かにお聞きする場として、西照寺オンライン相談の取り組みも進めています。何を聞けばよいか分からない。聞きたい気持ちはあるけれど、切り出せない。親にどう話せばよいのか分からない。自分自身の中でも、まだ整理できていない。そのような段階でも構いません。すぐに答えを出さなくてもよい。うまく話せなくてもよい。立派な言葉にならなくてもよい。

まずは、親に聞く前の思いを、静かに置いてみる。西照寺では、そのような場所があってもよいのではないかと考えています。

「親に聞いておく10のこと」に関心のある方、また、親に聞く前の思いを少し話してみたい方は、西照寺ホームページ内の「LINEで問い合わせ」より、友だち登録をして無料配布から受け取ってください。

親に聞く前に、まず話せる場所があってもいい|西照寺 住職 網代和尚

埼玉県東松山市にある浄土真宗本願寺派の西照寺です。お墓参りや永代供養、樹木葬、相続、日々の仏事に関する小さなお悩みなど、いつでもお気軽にご相談ください。

  • 住所:埼玉県東松山市大谷250-4
  • お問い合わせ:0493-39-1445

西照寺note第6回を公開しました

投稿日: カテゴリー: SNS公開情報・お知らせ日記西照寺の取り組み西照寺情報

問いがあっても、聞けるとは限らない|親に聞いておく10のこと

「親に聞いておきたいこと」は、たしかにあります。

だからといって、問いがあれば、すぐに聞けるわけでもありません。

西照寺では現在、「親に聞いておく10のこと」を作成しています。

これは、親の人生をきれいにまとめるためのものではありません。
親から感動的な言葉を引き出すためのものでもありません。
家族の歴史を完成させるためのものでもありません。

親が生きているうちに、無理なく、押しつけず、
その人が大切にしてきたことに少しだけ触れられる入口を作りたい。

そのような思いから、少しずつ形にしています。

しかし、ここで大切なことがあります。

どれほどよい問いがあったとしても、
その問いを家族の中でそのまま聞けるとは限らない、ということです。

問いは、答えを引き出すためだけにあるのではない

「親に聞いておく10のこと」と聞くと、
十個の質問を用意して、親に答えてもらうものだと思われるかもしれません。

もちろん、問いには答えがあります。

けれど、西照寺が考えている問いは、
正解を集めるための質問ではありません。

親の人生を調査するためのものでもありません。
過去の出来事を聞き出すためだけのものでもありません。
子どもが知りたい情報を埋めるためだけのものでもありません。

問いは、ひとつの入口です。

今まで話さなかったことに、少し触れてみる入口。
普段の会話では出てこない思いに、少し近づいてみる入口。
親が何を大切にしてきたのかを、少し感じてみる入口。

だから、問いに対して、きれいな答えが返ってこなくてもよいのだと思います。

すぐに答えられなくてもよい。
途中で話がそれてもよい。
沈黙があってもよい。
「特にない」と言われてもよい。

その問いがあることで、
親子の間に、これまでとは少し違う時間が生まれる。

それだけでも、意味があるのではないでしょうか。

聞きたいのに、聞けないことがある

親に聞いておきたいことがある。

そう思っていても、実際に口に出すのは簡単ではありません。

「お父さんは、人生で何を大切にしてきたの?」
「お母さんは、何か後悔していることはある?」
「私たちに言えなかったことはある?」
「本当は、どんな思いで生きてきたの?」

こうした問いは、大切です。

でも、家族の食卓で突然聞くには、少し重すぎることがあります。

親が驚くかもしれない。
子ども自身も照れくさい。
急に深刻な雰囲気になってしまうかもしれない。
「どうしたの?」と聞き返されるかもしれない。
親の老いや死を意識させてしまう気がするかもしれない。

聞きたいのに、聞けない。

そのようなことは、決して珍しくないと思います。

むしろ、本当に大切なことほど、
簡単には聞けないのかもしれません。

親も、すぐには答えられない

聞けないのは、子ども側だけではありません。

たとえ子どもが勇気を出して尋ねたとしても、
親がすぐに答えられるとは限りません。

長く生きてきた時間を、
すぐに言葉にできる人ばかりではありません。

何を大切にしてきたのか。
何に支えられてきたのか。
何を後悔しているのか。
何を子どもに伝えたいのか。

そうしたことは、すぐに整理できるものではありません。

また、親にも親の遠慮があります。

子どもに心配をかけたくない。
今さら弱いところを見せたくない。
昔のことを話して、家族を困らせたくない。
自分の人生を、簡単に説明できる気がしない。

だから、親が答えなかったとしても、
そこに何もないとは限りません。

言葉にならないだけかもしれません。
言う準備ができていないだけかもしれません。
誰に、どこまで話せばよいのか分からないだけかもしれません。

問いがあっても、答えがすぐに返ってくるとは限らない。

このことを、最初から大切にしておく必要があるのだと思います。

「聞くこと」は、相手を追い込むことではない

親に聞いておくことは大切です。

しかし、それは親を問い詰めることではありません。

答えを求めすぎると、
相手は話しにくくなってしまいます。

「何を大切にしてきたの?」
「後悔していることは?」
「最後に伝えたいことは?」

こうした問いは、使い方によっては、相手に負担をかけてしまうこともあります。

だからこそ、問いには扱い方が必要です。

聞く側が、答えを急がないこと。
きれいな言葉を期待しすぎないこと。
沈黙を失敗だと思わないこと。
話がそれても、すぐに戻そうとしないこと。
相手が話したくなさそうなら、そこで止めること。

聞くということは、
相手の中にあるものを無理に取り出すことではありません。

相手が話せる範囲で、話せる時に、話せる言葉を待つこと。

その姿勢があってはじめて、
問いは相手を苦しめるものではなく、
少しだけ開かれた入口になるのだと思います。

家族だけで抱えなくてもよい

親に聞いておくことは大切です。

しかし、それをすべて家族だけで行う必要はないのかもしれません。

家族だから聞けることがあります。
家族だから分かることがあります。
家族だからこそ、受け止められることがあります。

一方で、家族だから聞きにくいこともあります。
家族だから言えないこともあります。
家族だから、かえって沈黙してしまうこともあります。

だからこそ、家族の外に、静かに聞く人がいてもよいのだと思います。

親子の間に割って入るのではありません。
家族の代わりになるのでもありません。
答えを出すのでもありません。
良い話にまとめるのでもありません。

ただ、言葉になりにくいものを、急かさずに聞く。

親にも、子にも、無理をさせず、
話せる範囲で、少しだけ言葉にしてみる。

そうした場があることで、
家族の中では出てこなかった言葉が、
少しだけ出てくることがあるのではないかと思います。

西照寺が大切にしたい聞き方

西照寺が考えているのは、
人生を整理するための面談ではありません。

悩みを解決するための相談でもありません。
正しい答えを示すための場でもありません。
親子関係を変えようとするものでもありません。

大切にしたいのは、
話せることを、話せる範囲で、静かに聞くことです。

言いたくないことは、言わなくてよい。
思い出したくないことは、思い出さなくてよい。
言葉にならないことは、言葉にならないままでよい。

それでも、もし少しだけ話せることがあるなら、
その言葉を急かさずに聞く。

まとまっていなくてもよい。
立派な言葉でなくてもよい。
途中で止まってもよい。
沈黙があってもよい。

その人が、その時に話せた言葉を、
その人の言葉として受け止める。

西照寺が大切にしたいのは、そのような聞き方です。

まずは、問いを持つことから

「親に聞いておく10のこと」は、
親にすべてを答えてもらうためのものではありません。

まずは、子ども自身が、
何を聞いておきたかったのかに気づくためのものでもあります。

親の人生について。
親が大切にしてきたことについて。
家族の中で、言葉にならなかったことについて。
亡くなった後に、聞いておけばよかったと思うかもしれないことについて。

そうした問いを、いきなり親にぶつけるのではなく、
まずは自分の中に静かに持ってみる。

それだけでも、親との向き合い方が少し変わるかもしれません。

そして、もし家族だけでは聞きにくいと思うなら、
家族ではない誰かに、その思いを少し話してみることもできます。

「何を聞けばよいのか分からない」
「聞きたい気持ちはあるけれど、切り出せない」
「親にどう話せばよいのか分からない」
「自分自身の中でも、まだ整理できていない」

そのような段階でもよいのだと思います。

問いは、答えを急がせるものではありません。

問いは、すぐに結論を出すためのものでもありません。

問いを持つこと。
その問いを、無理なく扱うこと。
話せる時が来たら、少しだけ話してみること。

そこから始めてもよいのではないでしょうか。

西照寺では、少しずつ準備を進めています

西照寺では現在、「親に聞いておく10のこと」を作成しています。

これは、親が元気なうちに、
その人が大切にしてきたことに、少しだけ触れるための入口です。

同時に、家族だけでは言葉になりにくい思いを、
静かにお聞きする場についても、少しずつ考えています。

すぐに答えを出さなくてもよい。
うまく話せなくてもよい。
何を聞けばよいか分からない段階でもよい。

そのような思いを、まずは静かに置いてみる場所があってもよいのではないか。

西照寺では、そう考えています。

これからもホームページ・ブログ・noteを通じて、

「親に聞いておくこと」
「家族の中で言葉になりにくい思い」
「親子だからこそ聞けないこと」
「家族ではないからこそ話せること」
「静かに言葉を聞くこと」

について、少しずつ発信していきます。

「親に聞いておく10のこと」に関心のある方は、西照寺ホームページ内の「LINEで問い合わせ」より、友だち登録をしてお待ちください。

完成後、必要とされる方に無料でお届けできるよう準備を進めています。

https://saisyoji.jp/

埼玉県東松山市にある浄土真宗本願寺派の西照寺です。お墓参りや永代供養、樹木葬、相続、日々の仏事に関する小さなお悩みなど、いつでもお気軽にご相談ください。

  • 住所:埼玉県東松山市大谷250-4
  • お問い合わせ:0493-39-1445

西照寺note第5回を公開しました

投稿日: カテゴリー: SNS公開仏事・情報・更新情報・お知らせ西照寺の取り組み

家族ではないから、話せることがある|親に聞いておく10のこと

親子だからこそ、聞けないことがあります。

そして、親にも、子どもに言えないことがあります。

西照寺では現在、「親に聞いておく10のこと」を作成しています。

これは、親の人生をきれいにまとめるためのものではありません。
感動的な言葉を引き出すためのものでもありません。
家族の歴史を完成させるためのものでもありません。

親が生きているうちに、無理なく、押しつけず、その人が大切にしてきたことに少しだけ触れられる入口を作りたい。
そのような思いから、少しずつ形にしています。

家族だからこそ、言えないことがある

家族は、とても大切な関係です。

近くにいるからこそ、支え合えることがあります。
長く一緒に過ごしてきたからこそ、分かることがあります。
言葉にしなくても通じることもあります。

けれど、近い関係だからこそ、言いにくいこともあります。

心配をかけたくない。
重く受け止められたくない。
今さら言うのが照れくさい。
言った後に、関係が変わってしまう気がする。
子どもに背負わせたくない。
親に踏み込みすぎたくない。

家族だから何でも話せる、というわけではありません。

むしろ、家族だからこそ言葉を選んでしまうことがあります。
家族だからこそ、黙ってしまうことがあります。

その沈黙の中に、大切な思いが残っていることがあります。

親子には、親子の役割がある

親子の関係には、それぞれの役割があります。

親は、親であろうとします。
子どもは、子どもであり続けます。

たとえ子どもが大人になっていても、親から見れば、いつまでも子どもです。
たとえ親が年を重ねていても、子どもから見れば、やはり親です。

この関係は、とても深いものです。

けれど、その深さゆえに、話しにくいことがあります。

親は、子どもに弱さを見せにくい。
子どもは、親の本音に踏み込みにくい。
お互いを思うからこそ、言葉を飲み込む。

そこには、冷たさがあるのではありません。

むしろ、相手を大切に思うからこそ、言えないことがあるのだと思います。

親が黙っていたのは、何もなかったからではないかもしれません。
子どもが聞けなかったのは、関心がなかったからではないかもしれません。

近すぎる関係には、近すぎるからこその難しさがあるのです。

家族ではない第三者だから、聞けることがある

家族ではない人に話すことで、少しだけ言葉になることがあります。

それは、家族よりも第三者の方が大切だという意味ではありません。

家族だからこそ担えることがあります。
家族だからこそ分かることがあります。
家族だからこそ、そばにいられることがあります。

けれど、家族ではないからこそ、聞けることもあります。

相手に心配をかけすぎない。
関係が近すぎない。
言った後の日常を気にしなくてよい。
評価される心配が少ない。
途中で黙っても、その沈黙を急かされない。

そうした距離があるからこそ、話せる言葉があります。

家族には言えないことでも、家族ではない誰かになら、少しだけ話せる。

それは、逃げではありません。
家族を避けているわけでもありません。

むしろ、言葉を壊さずに扱うために、少し距離が必要なことがあるのだと思います。

聞き出すのではなく、待つこと

ただし、第三者が聞くといっても、大切なのは「聞き出すこと」ではありません。

無理に深い話をさせることではありません。
人生を整理させることでもありません。
感動的な言葉を引き出すことでもありません。

大切なのは、話せる範囲で話してもらうことです。

言いたくないことは、言わなくていい。
思い出したくないことは、無理に思い出さなくていい。
言葉にならないことは、言葉にならないままでいい。

そのうえで、もし少しだけ話せることがあるなら、静かに聞く。

話の途中で沈黙があっても、急かさない。
まとまっていなくても、直さない。
意味づけしすぎない。
美しい話に仕立てない。

ただ、その人が話した言葉を、その人の言葉として受け止める。

西照寺が大切にしたいのは、そのような聞き方です。

一言でよいことがある

人が誰かに残したい言葉は、長い文章である必要はありません。

きれいにまとまった人生訓でなくてもいい。
立派な教訓でなくてもいい。
感動的な物語でなくてもいい。

ほんの一言でよいことがあります。

「ありがとう」
「無理しないで」
「あの時は嬉しかった」
「心配していた」
「大事にしてきたことがある」
「手を合わせることを忘れないで」

その一言が、後になって、遺された人の中で響くことがあります。

生きている時には、何気ない言葉に聞こえるかもしれません。

けれど、亡くなった後に、その言葉が何度も思い出されることがあります。

大切なのは、言葉の長さではありません。
きれいに整っているかどうかでもありません。

本人が、自分の言葉として話したこと。
本人が、残してもよいと思ったこと。
その人の口から出た言葉であること。

そのことに意味があるのだと思います。

西照寺が考えていること

家族の中だけで、すべてを聞くことはできません。

親子だからこそ聞けないことがあり、
親にも子どもに言えないことがあります。

だからこそ、家族の外に、静かに言葉を扱う場があることには意味があるのではないかと思います。

それは、家族の代わりになる場ではありません。
家族関係を変えるための場でもありません。
悩みを解決する場でもありません。
人生を評価する場でもありません。

ただ、言葉を急かさずに聞く場。
話せる範囲で話せる場。
言葉にならないものを、無理に言葉にしなくてもよい場。

そのような場があることで、はじめて話せることがあるのではないでしょうか。

西照寺では、家族には言いにくい思いを、静かにお聞きする場も必要ではないかと考えています。

答えを出すためではありません。
何かを決めるためでもありません。
無理に気持ちを整理するためでもありません。

ただ、誰にも言えずにいた思いを、少しだけ言葉にしてみる。

そのお手伝いを、西照寺ができればと考えています。

そして、その中で、もし「残しておきたい一言」が生まれることがあれば、
その言葉を、本人の言葉として、静かに預かることもできるのではないか。

今は、そのような取り組みも少しずつ考えています。

もちろん、無理に話していただく必要はありません。

言葉にならないものを、無理に言葉にする必要もありません。
言いたくないことは、言わなくてよい。
残したくないことは、残さなくてよい。

それでも、もし残しておきたい一言があるなら。

その言葉を、本人の言葉として、静かに預かる。

西照寺では、これからもホームページ・ブログ・noteを通じて、

「親に聞いておくこと」
「家族の中で言葉になりにくい思い」
「亡くなった後に残る後悔」
「家族ではないからこそ、話せること」
「本人が残した言葉を静かに預かること」

について、少しずつ発信していきます。

「親に聞いておく10のこと」に関心のある方は、西照寺ホームページ内の「LINEで問い合わせ」より、友だち登録をしてお待ちください。

完成後、必要とされる方に無料でお届けできるよう準備を進めています。

https://note.com/saisyouji/n/ne1f277449407

埼玉県東松山市にある浄土真宗本願寺派の西照寺です。お墓参りや永代供養、樹木葬、相続、日々の仏事に関する小さなお悩みなど、いつでもお気軽にご相談ください。

  • 住所:埼玉県東松山市大谷250-4
  • お問い合わせ:0493-39-1445

西照寺note 第4回を公開しました

投稿日: カテゴリー: SNS公開仏事・情報・更新情報・お知らせ西照寺の取り組み西照寺情報

「親にも、子どもに言えないことがある」

西照寺noteの第4回記事として、
「親にも、子どもに言えないことがある」
を公開しました。

西照寺では現在、法事や納骨の場でのご遺族の声をもとに、
「親に聞いておく10のこと」
という取り組みを少しずつ形にしようとしています。

第1回の記事では、
「親が亡くなった後、本当に聞いておけばよかったと思うこと」
について書きました。

親が生きている間は、聞けることの大切さに気づきにくい。
けれど、亡くなった後になって、単なる情報ではなく、
「その人が何を大事にして生きていたのか」を知りたくなることがあります。

第2回の記事では、
「なぜ、親に聞いておきたいことは言葉になりにくいのか」
について書きました。

聞いておきたいことが何もないのではなく、
深い問いほど、すぐには言葉になりにくい。
そのような視点から、親に聞くことの難しさを考えました。

第3回の記事では、
「親子だからこそ、聞けないことがある」
について書きました。

親子は近い関係です。
だからこそ、何でも聞けるように思われるかもしれません。
しかし実際には、近い関係だからこそ聞けないことがあります。

そして今回の第4回では、視点を少し変えて、
親の側にも、子どもに言えないことがある
ということについて書いています。

親は、子どもの前では「親」であろうとします。

心配をかけたくない。
迷惑をかけたくない。
昔の苦労を、今さら子どもに背負わせたくない。
親として、弱さを見せたくない。

そのような思いから、本当は何か残っている言葉があっても、
子どもには言えないことがあります。

何も話さないからといって、何もないとは限りません。

言葉にしなかったことの中に、
その人が大切にしてきたものがある場合があります。

「本当は、あの時ありがたかった」
「うまく言えなかったけれど、心配していた」
「あの頃は、少し寂しかった」
「自分なりに、大事にしてきたことがある」

そうした一言は、日常の会話の中ではなかなか出てきません。

でも、その小さな言葉こそ、
後になって遺された人を支えることがあります。

今回の記事では、
親子だから言えること、
親子だからこそ言えないこと、
そして、家族の中だけでは言葉になりにくい思いについて考えています。

西照寺が考えている「親に聞いておく10のこと」は、
親の人生をきれいにまとめるためのものではありません。

感動的な言葉を引き出すためでもありません。
家族の歴史を完成させるためでもありません。
親や子どもに、何かを無理に背負わせるためでもありません。

聞けるうちに、少しだけ聞いておく。
残せるうちに、少しだけ言葉を預かっておく。

そのための小さな入口を、必要な方に届けたいと考えています。

西照寺では、ホームページ・ブログ・noteを通じて、
「親に聞いておくこと」
「家族の中で言葉になりにくい思い」
「亡くなった後に残る後悔」
「本人が残した言葉を静かに預かること」
について、少しずつ発信しています。

「親に聞いておく10のこと」に関心のある方は、
西照寺ホームページのメニューバーにある
「LINEで問い合わせ」より、公式LINEにご登録ください。

完成後、無料で配布する予定です。

詳しくは、下記のnote記事をご覧ください。

https://note.com/saisyouji/n/nbb1411196d18

埼玉県東松山市にある浄土真宗本願寺派の西照寺です。お墓参りや永代供養、樹木葬、相続、日々の仏事に関する小さなお悩みなど、いつでもお気軽にご相談ください。

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