大晦日

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こんにちは 副住です。
いよいよ大晦日。
全くそんな気持ちになれませんが、でも明日は2015年。新しい年となります。
まだまだやらねばならないことが山積してますが、一度休んでおいて、浄苑のゴミ袋を変え、
新年に向け、幕張をしました。
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明日はいよいよお正月。
区切りをあえて意識し、気持ちを入れかえます。

ご門徒との別れ

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こんにちは 副住です。
今日は悲しい一日となりました。
大好きだったご門徒の一人がお浄土へ往かれました。
昨晩のことでした。11月の法話会にも足を運んでくれ、元気な姿を見せてくれていました。
12月に入り、急激に体調が悪化されたようです。
今日の朝、ご自宅まで臨終勤行を勤めにいき、ご遺体と対面、最後のお顔を拝顔してまいりました。
まるで寝ているようでした。
私の年齢になってくると、若い時分よりも異なった多くの年代の方と接するようになります。
より幅広い年代の方と接することで、愛着ある方との別れをいくつも経験するようになりました。
今回も寂しさと、もっと生きててほしかったという想いを痛感させられました。
人間としては別れてしまったので、そこの部分は寂しくて辛いですが、一方でお浄土に往かれ、仏様と成られたのですから
今後は仏様と人間という新しい関係を大切にしていきたく思います。

年末の体調管理

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こんにちは 副住です。
昨日から心を落ち着かせ、今日に至りました。
不思議なもので、年末の焦りがなくなって、今はとても落ち着いているというのか、年末の気がしなくなってしまいました。(笑)
さて、今日は午前中が雨だったので、助かりました。
予報では、雪かも知れないと聞いていたので、少し気にしていました。(ちょっとでも積もると大変)
積雪となった場合、私の車はスノータイヤではないので、身動きがとれなくなります。
しかも、西照寺の坂が凍ってしまうため、雪かきしないといけなくなります。(その時は、住職が喜びます。先日あれを買ったから)
そんな不安が、少しあったのですが、雨だったので、私は安心しました。
寒い一日ですが、風邪をひかないように、注意をしながら、過ごしたいと思います。
数年前ですが、2年連続でお正月に寝込んでいました。
インフルエンザと風邪だったと思いますが。
ここ昨年と今年は元気に過ごせそうです。
2年前は30日に外掃除をして、その夜から調子を崩したので、まだ油断はできませんが。。。

お坊さんが行う「心の整え方①」 仏教やお寺を通じて 

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おはようございます。副住です。
今年も残すところ、あと3日となりました。
毎年この時期になると、何故か焦りませんか?
仕事・大掃除・年賀状・年越しや新年を迎える準備、などなど沢山ありますし、時間に追われます。
私の場合、仕事と大掃除がなかなか終わりません。 
仕事に関しては、年内に終えなければいけないというものでもないのですが、区切りとして終えたいという気持ちがでてきてしまいます。
もちろん、仕事量的に終わらないので諦めてはいるのでが、しかし気が急くのです。
このように気が急くのは、年末(あるいは新年)に特別な感情を持つから、そのようになってしまうのでしょう。
年末や新年という区切りを意識しすぎる結果、諸々に区切りをつけたくなっているのです。
ある意味、区切りというのは大事なことです。
しかし、意識しすぎると、これが重荷になったり、悩みの種やストレスの原因になったります。
現在の私であれば、「間に合わない(仕事や大掃除が終わらない)」ことが、ちょっとしたストレスになっています。
頭では理解しているのに、心では納得できていない。
だからこそ、仕事が終わらないことを頭では諦めているはずなのに、心が納得できなくて、気が急いているのです。
だからこそ、心を整えるのって、とっても大事。
ここで私の心の整え方の1つをお教えしましょう。
私は仏教を学んでいるので、教えの知識があります。
この知識を体感に移すことを実践します。
いわゆる、頭で理解できていることを、心に染み込ませるのです。
その為には、まず心と向き合える空間が必要となります。
私的に一番望ましいのは本堂。仏様の前ということです。(仏教の教えともマッチするから)
(私の場合、寺の息子なので、常時利用できます。もちろん、どなたでも自由に使っていいのです。でも誰も使わないから、私は利用してます)
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仏様の前で、一人座り落ち着ける空間をつくります。(私の場合、少し暗めの方が好みです)
座り方はどうでもいいです。あぐらでも正座でも体育座りでも自由。(私の場合)
心が落ち着く座り方がいいでしょう。
深く呼吸をして、心を落ち着けます。
落ち着いてきたら、目を閉じて自分(の心)と向き合います。
(例えば、今回の場合であれば、「気が急く」という心)
ここで、仏教の知識が役にたちます。
仏教の視点から、私の心に対談をもちかけるのです。
(仏教の視点)・・・「時間は川の流れのように、留まることがない。毎日が継続なのに、どうして年末年始を特別視してしまうのだろう?」
(私の心)・・・「なぜでしょう?世間の雰囲気に影響を受けてか、一年に一回という特別感からか、心がざわつきます」
(仏教の視点)・・・「毎日が特別だね。それをあなたは今実感している。素晴らしいことだね。」
(私の心)・・・「・・・・・」
対談終了。。。目をひらくと仏様がいてくださる。仏様に自分を認めてもらえた気がする。
そこから、目を開け閉めしながら瞬間瞬間の特別感を体感していく。意識する。我が身に擦り込んでいく。
気づきを落とし込んでいく作業をします。(この作業は結構重要で、いずれ同じような悩みを持ったとき、体(心)で思い出していくこととつながります)
(これまで上辺だけで気が急いていたことを実感します。この作業を通じ、もっと底辺からドッシリくるものを感じ、安心に包まれます)(ここまでくると、気持ちがドッシリします。世間の雰囲気とかにも振り回されづらくなる)
これで終了。
要は、自分の心を確認してあげる。
それを仏教で受け止めてもらうことが大切なのです。
もちろん、上記は一例です。
悩みに応じて、仏教の視点からの対談は変わります。
ですから、この記事は「心の整え方1」とでもしておきましょう。
最後に、本堂に行けないという人も多いでしょう。
その場合はお仏壇だったり、あるいはもっと気軽な場所で仏様とご一緒する空間をつくってもいいかもしれませんね。
私は本堂が使えなかったりする場合があるので、書斎に仏様にいてもらってます。
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因みに、お香を焚くことも、心に変化を生じさせる1つのアイテムだと思いますよ。

心身ともに・・・

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こんにちは 副住です。
今日は、朝から気分が沈んでしまう一日となってしまいました。
ここ2日ほど、遠方に外出する用事もなく、私の書斎で猛烈に溜まっている仕事をこなしております。
昨日も23時すぎまで書斎で仕事。そして今日も9時から現時点(15時半)まで、ほぼ休みなく続けているのですが、一向に先が見えません。
おそらく、今日のように毎日続けても、年内には終わらないでしょう。
きっと年末年始は書斎での仕事となるでしょう。
一応年末だし、今日と明日の法務が少ないので、住職に任せ時間をつくてもらいました。
それで、一気に仕事を進めているのですが、厳しい。そして、気分的にも下がっているので、尚厳しい。
もう目がシパシパしているので、今日のところは終えようかとも思うのですが、おそらく夜に再開することとなりそうな気がします。
今日は色々疲れたので、こんなブログとなってしまいました。

門松 

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こんにちは 副住です。
クリスマスを過ぎると、いよいよ年末だな と思わされます。
世間では、クリスマスに向けて雰囲気を整えていき、クリスマスが終わると、今度はお正月に向けた雰囲気を整えていきます。
2大イベントが続くので、師走は気持ちが賑やかとなるのでしょうね。
さて、今日は早速、ある会社(東松山市内 東平の製紙工場)の前を車で通過したところ、もう門松が置かれていました。
門松を見て、「おお!いよいよお正月だな」と思わされました。
近年、門松は見かけなくなりましたが、今年は株価があがったことも影響しているのでしょうか、比較的大きな門松が置かれていました。
そういえば、昔は車のナンバーの上あたりに、門松らしき貼っつけるものが流行していましたね。
近年はめっきり減って、見なくなりましたが。
あれも、何だかお正月の特別感を抱かせてくれるものでした。
景気が悪くなれば、わざわざあれを購入する必要もないのでしょうか、今ではなかなか見られません。
三が日の間、私は結構、あれを付けている車を探していたりしています。
希に見かけます。見かけたときは嬉しくなるのと同時に、あれを付けて恥ずかしくならないのかな!?と思ったりします。
今ではつけていることがとても目立つんだもん。(でも何故か嬉しくはなるのです)
皆さんは何か探したりしますか?

お寺のクリスマス あるある話

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こんにちは 副住です。
今日はクリスマス。しかし、お寺ではクリスマスはありません。
花祭りです。(お釈迦様の誕生を祝う会。4月8日です)
クリスマスにおされて花祭りが注目されない現状をなげきます。
確かに、イベントとしてクリスマスよりも圧倒的に弱い。
日本の多くの方は、クリスマスがイベント化しているので、
キリストの誕生を祝うという宗教的意味よりも、ある種のお祭り的な感じで受け止められているのだろうと思います。
子供達には1年に1回サンタクロースが望みのプレゼントを持ってきてくれるという、一大イベントでもあります。
お寺に生まれた子供達にはサンタクロースは来ません。残念。
お寺で生まれた子供達が一番残念なのが、周りにはサンタが来るのに、家には来ないという、とてつもない絶望です。
ただ、
1、クリスマスのかわりに、花祭りに仏様からプレゼントをもらえたりする。
2、クリスマスにサンタではなく、阿弥陀如来様がお参りをするお寺の子供にプレゼントを持ってきてくれる。
3、お寺には煙突がないから、サンタが入れないんだ!と子供に説明し、プレゼントはもらえない。
などなど、お寺によって違いがあるそうです。
因みに、西照寺では2番でありました。
1番の場合は、年に1度のプレゼントはもらえますが、周りの友達と喜びの時差ができます。
3番の場合は、悲劇的です。年に一度のプレゼントがありません。
どこから来るのかわからないプレゼント。いい子にしていたら届けられるプレゼント。
子供には魅力であり、かつ学ぶ機会かもしれません。
私の場合は、お参りを毎日していたから、それをみていた仏様がプレゼントを持ってきてくれたんだな!と言われたとき、
誰もみてなくても、みられているんだな! 誰もみてないからといって、悪いことできないな!と学びました。
どこから来るのかわからないプレゼントには、上記のような宗教的情緒が育まれる意味もあるのではないかな!?と思うと、
私はやはりサンタや阿弥陀如来からのプレゼントは必要な気がしてます。
もちろん、お参りを欠かさずしている子に来るのだよ!ということを教えねばなりませんが。
さて、私が京都の龍谷大学に行って知ったことは、全国のお寺の子供達の幼少期の「あるある話」
あるある話の筆頭は「クリスマスにサンタは来ない!」でした。
幼少期にサンタが来なかったお寺の子供たちは、クリスマスに負けない強い心を持っています。
クリスマスが何だ! 
お寺は、花祭りじゃ!!!
と、クリスマスに対抗意識を持っている人が多かったです。
でも、対抗してもイベント的な盛り上がりでは、負けちゃうんだけどね(笑)
私はクリスマスをイベント的な意味(1年に1度、盛り上がりたい!という意味)でお寺で利用すればいいのではないのかな?と思います。
因みに、キリストが生まれたことを祝うのであれば、祝ってあげてもいいのに!と思う心もあります。
これは信仰とは別の話。キリストも素晴らしい方ではありませんか。仏教徒もそれをお祝いし、花祭りもキリスト教徒からお祝いされる。
そんなお互いを認め合いながら、歩んでいってはいけませんかね?

2月の法話会 2/14 西照寺別院

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2月の法話会ですが、14日に西照寺別院(新東松山斎場)で開催されます。
法話会は毎月(8月は除く)第二土曜日の
13時半~勤行 14時~ 法話
となっております。お時間の許す方は法話の後、お茶会をしています。
どなたでもご参加いただけます。どうぞお気軽に仏教の話を聞いてください。

昭和モダン 築地本願寺講師控え室

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おはようございます。副住です。
今日は築地本願寺の一室をご紹介いたします。
雰囲気があって、私も好きな一室だからご紹介を致します。
築地本願寺内の2F講堂裏にあります、講師控え室です。(先日行った研修会の際、講師を引受けたことによって、通されました)
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昭和モダンの雰囲気とでもいうのでしょうか?
この雰囲気は私が好きな雰囲気なのです。
置いてある家具なども素敵ですね。
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椅子など見てください。
この椅子、どこかの喫茶店でも見たことがあります。
アンティークのお店でも発見したことがあります。4脚セットで数万円していました。(買えませんでしたが)
このような雰囲気(調度品を含め)を残す部屋は、築地本願寺内においては、もう一箇所あります。
その部屋も私は好きな部屋です。
実はこのような雰囲気が落ち着くこともあって、私の勉強部屋は、ちょっとだけその雰囲気を参考にしています。
近々、部屋を大掃除する予定ですので、改めてご紹介をさせていただこうと思います。