新型コロナでパラダイムシフトとなるだろうか!?

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こんにちは 住職です。

今日は、今回のコロナウイルスによって、これまでの経済合理性を重視した日本の脆弱性について

私なりに綴ってみようと思います。

このブログでも数年前に何度か綴りましたが、現在の日本は経済合理性という価値観に偏重していると

思っています。経済合理性というのは、基本的には「投資して利益を生む!」という構造です。

投資<利益という構図。  反対に、投資>利益はダメです。

私なりに解釈すると、お金(利益)を生み出すことが重要視されてきた!ということ。利益を生み出す為に

は、より効率的であるべきだし、合理的であることが大切となります。

東京は日本の中心だから企業が集まるし、働く人も集まります。交通の便も良いです。

人が多く集まれば、効率的で合理的な商圏が出来上がります。なので飲食店や小売業も多く集まります。

当然活気があるので、全国から若者も集います。憧れの地ですね!

そうやって自然とできたのが、人口密集地東京。

敷地に対して人口が多すぎるので地価は上がるし、より多くの人が住めるように高層ビルが建てられまし

た。

東京に土地を有する人はビルを建て、テナント料や賃料をとります。

借りる側は毎月の固定費を払わないといけません。 

ちょっと前まで、持ち家か賃貸か、などと議論もありました。今の時代は賃貸こそ正解だ!などとも聞いた

ことがあります。

そんな経済合理性に偏重した社会に、新型コロナウイルスがやってきました。

どうやら、このウイルスは3密といわれる、密集・密接・密閉で人々に拡散していくらしいです。

皮肉なことですが、経済合理性を重視した都会は、このウイルスに対応できないことが明らかになってきま

した。都会では物理的に人々の距離が近く、生活空間も密接なのです。ウイルスが拡散する条件が整って

いるのです。

ウイルスを封じ込める為に、自宅で過ごすことが要請されていますが、そもそも人口密集地にある家は狭

く、自宅に居続けることを想定して作られていません。むしろ、外出することが基本で、寝に帰る空間とし

て作られている家が多くあります。その証拠に、マンションでは個別の庭なんてありません。

さらに、事務所や自宅が賃貸の場合、毎月の固定費がかかります。都会であれば金額も高額でしょう。

テナントや自宅を借りている人は、どんなことがあっても、毎月の固定費を払う為、利益を生み出し続けな

ければならない構造となっているのです。

だからこそ、ウイルスに感染する危険性を覚悟しながらも、働かないといけません。

しかし、そもそも需要がなければ利益も生み出せません。

つまり、ウイルス感染の危険の中、利益を求めて働くが、そこにニーズがなければ、利益はだせません。

利益がでなかれば、固定費が払えず追い出されてしまう可能性が高くなります。

この悪循環が、都会の飲食店や居酒屋経営者に今、襲い掛かっているのです。

どこを見ても、不安しかありません。経済合理性の価値観に染まり、ずっとこのまま続くと思っていたので

す。でも諸行無常。予期しない事態がやってきてしまいました。

今はウイルス拡散を防ぐことに注目が集まってますが、世界を見れば、世界中でウイルスとの闘いが行わ

れており、都会では大きな被害がでています。あちこちで都市封鎖が行われ、人々の活動が止まっています

。もし影響が長引けば、今後物流にも影響がでるでしょう。例えば、食料品などは懸念点です。

非常事態が長引けば、それだけ生産力が落ちます。そうなれば、これまで他国に輸出できていた分量の生産

ができなくなるので、輸出をストップしなくてはいけません。一国だけ非常事態であれば、他国から代替え

ができるでしょうが、世界同時多発的に非常事態となれば、他国からの代替えは無理です。

当然、自国の生産力で何とかしなければいけなくなります。しかし、日本の食料自給率は低いのです。

こんな時に、自宅に庭もなければ、家庭菜園もできません。

田舎は逆です。人がいないので土地があります。

基本的に持ち家ですが、地価が安いので家自体が広く作られてます。庭もあります。

自宅待機でも、さほど窮屈ではありません。ある程度の家庭菜園だったらできるでしょう。

経済合理性という観点から見れば、田舎は不利です。無駄が多いと思われてしまいます。

しかし、ウイルス対策という点では、都会は不利です。感染の条件が整っているからです。

新型コロナウイルスを、乗り越えられたとしても、新たなウイルスが出現することは確かです。

近年は10年毎に、サーズ、マーズ、新型インフルエンザ、新型コロナウイルスと出てきています。

今回の件で、世界中で人と物の移動が制限できない状況の現代では、パンデミックとなり易い構造で

あることを理解すべきでしょう。ウイルスによっては、感染したら最後!という種類のものだって

でてくる可能性もあります。

このようにウイルスに脆弱な社会であることを、世界中の人が経験している今となります。

今回のウイルスによって、これまでの経済合理性に偏重した社会のあり方から変化していくのか!?

パラダイムシフトが起こっていくのか!?私は注視しています。

もう新型コロナウイルス前に戻ることはないと思います。パラダイムシフトをしていくのであれば、

きっと時間をかけながら少しづつだと思います。

今後、どのように生きていく事がベストなのだろうか!? それを模索するような動きが始まるかも

しれません。もし、そんな動きが始まるとすれば、東京一極集中が地方分散型にシフトする可能性が

高いと思います。ただし、そうなる為には、インターネットを利用した仕事のあり方が整備される必要が

でてきます。在宅で仕事ができ収入が得られる仕組みが整うことで、地方分散型が実現していくことは

あるでしょう。そこがどうなるのか!? とても気になりますね。

Zoom会議が増えてます。

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こんにちは 住職です。

今日はとても良い天気です。本当に天気だけみれば、素晴しい日なのに。。。

さて、今日から私は再度読書を復活させていきたいと思っています。

先週の終末に、自宅を囲う植木の刈り込みを2日間かけて行いました。

今年から、電気ノコギリを使用しました。これまで数年、手作業で行っていたのですが、

電ノコはとても楽。ドンドン刈り込みができていきます。ただし、電ノコは雑ですね。

ノコギリなので、鎌みたいな切れ味ではないので、小さく細い枝などは中々切れない。

切るというよりも、伐るような感じ。もう少し言えば、電ノコの勢いで吹き飛ばす!みたいな

感じになってます。だから雑。

電ノコは、ちょっと重いので、植木の上部を伐る時には持ち上げ続けないといけません。

それなので、筋肉痛が2~3日後にでてきました。今日は背中と肩と腕が、若干痛いです。

先週は、庭の清掃やキッチンの片づけなどを行い、身体を若干使いました。なので、ちょっぴり

お疲れです。それなので、頭を動かすことにしたのです。だから読書。

読書嫌いなんだけど、こんな時こそ、読書のチャンス。さらに、YOU TUBEで勉強もできればいいな!と

思っています。現代は本当に便利。意欲さえあれば、お金払わなくても沢山学ぶことができる。

さてさて、今週からZoom会議などが多く入ってきています。自宅にいる人が多くなってきて、皆やることが

ないのでしょうね(笑) Zoom会議がすぐに決まっていきます。 とっても良い傾向。

不安 怖い どうしたら 宗教者

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おはようございます。住職です。

これまで中々家族とゆっくり過ごせなかったので、今はとても穏やかに、ゆっくりと過ごせています。

もちろん、新型コロナは警戒してますよ。とても警戒して自分なりに考え、家族に呼びかけていますが、

だからといって、不安を感じたりはしていません。

自分なりに正しく警戒し、正しく怖れ、先のころはわからない!という楽観的な感じでいます。

ただし、先が見えないから、お金の心配とかはでてきますよね。

自営の経営者さんとかは、会社の維持とか社員の給与とか、かなり悩まれることでしょう。

でも、先が見えない状況で、考えすぎても答えなんかでません。刻々と状況は変化しています。

刻々と変化する状況にあわせて、最大限できることをやる! これだけです。

諸行無常なのですから、当然なんです。状況は変化する。それをただただ受け入れること。これが超大事。

もちろん、受け入れられないから困っているのですが。

要は、「なるようになる!」のです。これは命の問題も同じ。

私達は大事なものを失いたくないのです。例えば仕事とか、安定した生活とか、財産とか、家庭とか。

だから、先が見通せない状況でも、失わないように考えてしまうのです。先が見通せないので、より不安に

なっていきます。先が見通せないと、なぜか悪い方向に物事を考えてしまいがちですね。

そうなると、失う恐怖感で頭一杯になっちゃう。

その悪循環にハマってしまうと抜け出せなくなります。落ち着けなくなるし、冷静な判断ができなくなりま

す。そうなれば不思議なことに、さらに別の問題が起こってきたり、流れも悪くなるものです。

だから、落ち着いて。以下に、根本的なことを綴りますので落ち着いて読んでみてください。

先の事なんて誰もわからないんです。そんな事、考えるだけ無駄!

きっと僧侶の私だから言えることかもしれないので、綴ってみます。

そもそも論です。私は仏教を学んで、生きる土台のようなものができました。

落ち着いて、考えてみてください。

人間いつか死ぬんです。私も死ぬ(嫌だけど)。今日死ぬかもしれないし、先はわかりません。

ただいつ死んでもいいように覚悟して生きることが大事。

死ぬってことは、生きている世界とのお別れです。そう考えると、生きている時に、いくら大事だ!大事

だ!失わないように!失わないように!と思ったものでも、いずれ私は死んじゃうんだから、すべて無駄。

すべて失うんです。失うことが最初から決まっているんだから、失わないように考えるのは可笑しな事。

大事なのは、失わないように考えるのではなく、いつ死んでもいいような人生を歩むこと。

お金(財産)は大事。安定した生活も大事。自宅も大事。でも、結局は失うもの。

だから、仮にそれらを失うかもしれない状況となっても、焦ることない。

最初から失うことは決まっているの。失わないように考えていることが間違いなのです。

人生なんて野垂れ死に。

お金(財産)を失って死ぬよりも、自宅を失って死ぬよりも、会社を失って死ぬよりも、

生まれてきて良かった!と、楽しかった!と思って死ぬことの方が、私には重要です。

お金(財産)や自宅、会社を失っても、全然終わりなんかじゃないですよ。

そんな物失ったって究極の問題じゃない。もちろん、あるに越したことはないだろうけど。

そもそも最初から一時的に保有しているだけなんです。諸行無常なんだって。

命の土台がしっかりと整っていれば、強風(今回のような社会的な影響)が吹いても揺らがないの。

人生の土台ができていれば、生き様は揺るがない。おそらく、ここが宗教者の最大の強み。

たぶん、本物の宗教者は揺るがない生き様がある。揺るがない生き様があるかどうかは、話していれば

わかります。ただし宗教者は皆が本物かと言われると、そうでもないと思えるので、確認は必要かも。

今後、命の問題(死が隣り合わせ)が、身近になった時、多くの人が今以上に不安になることでしょう。

当たり前だよね。これまで生きていることが当たり前の世界だったんだから。死ぬことなんて非日常。

でも、ステージが変わってきている可能性があります。日常の中に、死を感じるステージになるのかも。

世界を見ていても、感染者が何万人と亡くなっています。

もしかしたら、日本だってより深刻化すれば、医療崩壊などがおこれば、感染が死と直結するようなイメー

ジになるのかもしれません。外出することが、死の危険を感じる機会になるかもしれません。

そうなれば、社会不安は増大し、暴動が起こらないとも限らない。

その時の不安は、先が見えない恐れです。でも考え方によっては、見えている先はあります。

それは私は必ずいつか死ぬ!ということ。そこが見えてる(覚悟)だけで、不安は解消されると思います。

本物の宗教者は死の先の世界をもっている。死と向き合っている。

死と隣り合わせであることを、知っている。だから、今更不安にはなりづらいの。

それでも、人間だから感情に影響されることはあります。大勢の人が亡くなれば、気持ちも疲弊するでしょ

う。身近な人が亡くなれば、涙もでますし弱気になることはあります。でも根本の土台は揺るがない。

死と隣り合わせな状況になったとしたら、本物の宗教者の出番となるのだろうと思います。

価値観が変わる可能性

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こんにちは 住職です。

日に日に国内でも深刻化しているCOVID-19ですが、このウイルスに対して、私達の現代社会は

とても脆く、大きな影響を受けております。

これまで経済合理性を追求してきたように思われる現代社会は、今回のウイルスに全く対応できません。

経済合理性が求められてたこれまでは、より交通の便がよく、人が密集した便利な都会が好まれます。

経済合理性と都会は相性が良いのだと思います。コストパフォーマンスが高くなる可能性があるから。

これまでの日本の数十年は、まさに都会、特に東京こそ理想的環境だったのだと思います。

しかし、今回のウイルスによって、その脆さが露呈しつつあります。

何より、長期間の自粛で考えさせられることは、都会の飲食業界の方々の苦しみの声。

凡そのお店が、営業しないとテナント料を払えないと言うのです。

確かに、自粛していては収入が入りませんし、固定費は毎月でる一方です。

そう考えると、賃貸マンションなども同様ですね。毎月の家賃がかかります。

東京だと間取りも狭いでしょうし、家賃は高い。自粛と言われても、狭い自宅に長時間も居られません。

今、ウイルスによって従来の価値観が通じなくなっているのではないか!?と私は思っています。

ウイルスは命の問題に直結します。危険なウイルスの場合、パンデミックとなれば感染しないよう自分が

最大限警戒し生活していく必要がでてきます。その時大事になるのは、他人と距離をとること。

こうなると、人口密集地である都会は危険です。東京は日本一の危険地帯です。現に、今回も東京都が一番

感染者数が多いのです。世界をみても、イタリアのロンバルディア州、アメリカのニューヨーク州など

東京と同じくらいの人口1000万人前後の都市で、感染状況が深刻となってます。

これまでの価値観では、このような都市での生活は、ある種のステイタスだったと思います。

それが今回のウイルスによって、私は一変していきそうな入口にいるのではないかと感じ始めました。

都会の暮らしは、他人との距離が近く、広い土地が所有しづらい為、自宅待機には向かない環境です。

外出する環境として住宅も整えられています。マンションだと庭もありません。

賃貸物件であれば、家賃が払えなければ、出ていかなければなりません。

それに対して田舎は、広い敷地に個別の自宅。人口が少ないので、他人と十分な距離を保てます。

自宅での自粛であっても、庭が広ければ、運動もできるし、やれることも多いのです。

つまり、都会よりも田舎の方が感染リスクは低減されるし、収入が少なくなっても、自宅を追い出される

心配はないし、何とか暮らしていけるのです。

さらには、今回はウイルスとの闘いが長期間になりそうなことから、仕事の環境もネットを利用した

仕事となっていく環境が整えられるはずです。例えば、会議もネットが当たり前!営業だって、ネットで

行う時代になるかもしれません。5GやIoTなど社会的インフラが進めば、仕事であっても場所を問わない

働き方が整うかもしれません。

サーズやマーズ、さらには今回のCOVID-19も、10年に一度くらいの頻度で新しいウイルスがでていきてい

ます。今後は、より短期間に新たなウイルスがでてくる可能性が高いと言われています。

こうなってくると、今、これまでの価値観が変わる岐路にあるのかもしれません。

そんなことを感じるこの頃です。

西照寺 無料運行バスを一時停止致します。

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おはようございます。住職です。

お知らせです。

西照寺では、毎月第一日曜日と第三日曜日に送迎バスを出しております。

森林公園南口から西照寺までのバスです。

今月より、無料運行バスをしばらく停止させていただくことと致します。

理由は、以下の通りです。

今般、新型コロナウイルス感染者が東京都で増え続けていることより、全国的に

東京都への移動自粛、並びに、不要不急の外出自粛要請がなされております。

西照寺においても、ウイルス拡散防止の為、様々な対策を考えている段階です。

不特定多数の方と接触する可能性のある公共交通機関でのご移動は、もしそこでウイルス感染した場合、

他の方々を追跡できなくなる可能性が高いのではないかと考えました。

西照寺が無料運行バスを出し続けることは、それを黙認、あるいは推奨する形となると考えました。

そこで西照寺としては、今月からしばらく、公共交通機関以外の移動手段でお参りに来ていただきたく、

運行バスを停止させていただく運びとなりました。ご不便をお掛け致しますが、ウイルス拡散防止の為、

ご理解賜りたく存じます。ウイルスが落ち着きましたら、再度バスを運行いたしますので、改めて

御連絡致します。

こんなウイルス乗り越えられるから

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こんにちは 住職です。

昨日まで、ここ2~3日は寒かったですね。また、今日は風が強すぎます。

春の天気は気まぐれ。花冷えはあるし、強風はあるし。これで桜は散ってしまうかな。

今年は気持ち的に、桜をゆっくりと楽む感じがありませんでした。時間は沢山あったのに。

連日事態が深刻化していく中で、希望がもてる対策も発表されず、このままより深刻な事態になって

いくことを、座して待つだけしか術がないような気がしてます。事態が好転することは難しいでしょうね。

それが皆さん、薄々理解できているから、ストレスが蓄積されてきてますね。色々な部分で感じます。

余裕がなくなると、どうしても人にぶつかってしまったり、気持ちが殺伐としてしまうのでしょう。

これは仕方がないこと。「わかっちゃいるけど、やめられない」んです。

これが「環境」ということです。仏教は「環境」についても、とても大事に考えています。

ここで言う「環境」とは、常識的に言われているような地球環境みたいなものも入るし、もっと広く、

例えば、今日のようなウイルスによってもたらされた不安な世の中という面も「環境」に含みます。

私達人間は「環境」に影響を受ける存在であると仏教では考えています。つまり、人と環境は別物ではない

!切り離せない!のです。環境が人間の心身を作っていく!と考えるのですから、環境も自分の一部!?

環境の一部が自分!?みたいな。ちょっと表現が難しいですが、環境も自分も切り離せない!ということで

す。それを証明しているのが、現在の状況だとも思えます。

外出自粛や生活不安など、社会不安が高まれば、人間のメンタルに影響を及ぼします。それらがストレスと

なって、病気が表在する人もでてくるでしょうし、ストレスを発散したい為に、攻撃的になる人もでてくる

でしょう。今は顔を突き合わせず、言葉だけで知らない人とやりとりできる、SNSというコミュニケーショ

ンツールもあります。言葉だけだからこそ、面と向かってないからこそ、普通なら言わないような乱暴な

表現が、普通にできてしまうし、思ったことを言葉に出しやすい環境が整っています。

ストレス溜まる状況に、この環境が悪く作用すると、大変な方向に転びます。

悪い環境ができてしまうと、さらに人間のメンタルは影響を受けて、人間自体が悪くなる。

予期せぬウイルスによって、色々な事柄が変革しつつあります。もう元通りには戻らない。

だからこそ、少しでも悪い環境を作らない工夫は必要だと思います。

人間、孤独だと不安は高まる一方です。こんな時だからこそ、繋がりが大事。

直接会うことができなくても、電話やネットツールを用いてコミュニケーションをとりましょう。

お互い様。支え合い。こんな時だから、先人の遺してくれた価値観が役にたつのかもしれません。

これまでは、家族や地域コミュニティーを煩わしいなど考えていましたが、むしろ今、そんな部分が助けに

なったりするのかも。このウイルスで、これまでの我々の価値観を若干変えてみて対応することが

結構重要だったりするのかもしれません。

大丈夫ですよ! こんなウイルス乗り越えられるから。 

ダラダラと・・・

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こんにちは 住職です。

ついに、今日から新年度ですね。学校も新学期。それぞれ一年の始まりです。

新生活の幕開けではあるので、希望とドキドキ感を抱ける時期です。

残念ながら、今年はコロナの影響で、不安感が高まっている状況なだけに、例年とは

違う雰囲気となってしまっていますね。

私は一昨日と昨日と築地に行ってきましたが、人が少ない所は少ないけど、いる場所には普通にいますね。

自粛といっても、皆さんの事情がそれぞれ違うし、これが現状の環境なのですから、仕方ないですね。

コロナ感染も拡がるでしょう。私も諦めました(ウイルスが収まっていくことを)。

自粛自粛といっても、出る人は出る!

強制力がある法律もないようですし、このまま事態は深刻化していくのでしょうか。

私は可能な限りの自粛をしますが、周りの環境がこれだと、もう止められないと思います。

どの道、近隣でも感染者が確認され、ついには自粛していても、感染する!のかもしれません。

ただ、自分も含め、重症化して大切な人を亡くしてしまう!という方向にいってほしくないのです。

でも、周りがこの状況だと、個人的希望で終わることとなるかもしれません。

私達家族だって、自粛はしますが、感染しないわけでもないでしょう。

このような感染症が流行する時の社会って難しいですね。人権や主権があるし、それを公的強制力で

押さえつけるのは問題という意味もわかります。間違った力が働く場合があれば、当然警戒しますね。

ただ、今日のような感染症を拡げないよう注視する時、強制力ないと、収拾がつかない。

そんな現況を今、痛感させられてます。きっと、年齢問わず致死率が高い感染症であれば、

皆、命の危険を感じるので、警戒心が強くなるのでしょうが、今回のウイルスは、8割ほどの

人が軽症状といわれるので、警戒感が薄くなるのでしょう。

結果として甘くみるので、逆に条件が整ってしまうと致死率が高くなる可能性がありますね。

経済も悪くなるし、何だか今の状況って、ダラダラな感じで締まりがなく、私的には好きではない状況です

。短期間で通常に戻すつもりで、やるならやる! これが私の理想でした。もし上手くできれば、傷は浅く

済んだでしょう。やるのであれば、1月末にはやっていなければいけませんでした。今更遅いです。

長期間、続くんだろうなぁ。それで経済もかなり疲弊し、元通りには戻らない。

この危機をどのように乗り越え、先に待っている難局をしのいでいけるか。ここが大変重要です。

変革の時かもしれません。

感染症で亡くなると・・・

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こんにちは 住職です。

昨日は築地本願寺に会議の為、出勤してきました。

また、私の所属する部所は、東京教区にある寺院を包括する事務局となるので、今後の対応など

部所内で話し合い、情報共有をしてきました。すると、かなり多くの仕事がでてきました。

そのような背景もあって、今日も朝から築地に出勤。もちろん車でです。

同職と情報共有を行い、仮に首都封鎖された場合など、情報共有や各寺院への情報伝達の仕方などに

ついても話し合ってきました。出来ることは限られてますが、非常時の想定をしておくことは有意義です。

さて、志村けんさんの訃報を知り、昨日から気分が暗くなってしまいました。

私は幼少期、ドリフターズを見て楽しみました。カトちゃんケンちゃんご機嫌テレビも観ていました。

その頃まで、志村けんさんによって笑わせてもらい、育ったようなものです。

ですから、私の中では「志村けん」は、何か存在を超越したキャラクターみたいな感じなんです。

それが、今回のコロナで・・・さすがに、信じられないような、変な喪失感があります。

また、感染症と診断されて亡くなると、今の日本では直接火葬となる場合がほとんどらしいです。

葬儀社さんから聞いた話しですが、日本では、亡くなると医師から死亡診断書が出されます。

死亡診断書が出されないと、火葬はできません。死亡診断書の中には、感染症かそうでないか、を

記載する項目があるのだそうです。感染症を拡げない為です。

もし感染症で亡くなると、ご遺体からウイルス感染が拡がる可能性もあり、家族であっても面会はできませ

ん。感染防止の為です。ご遺体はウイルスを拡散しないよう、袋(カバー)に入れられるそうです。

ETなどの映画に出てくる光景だと思われます。また、法律で亡くなって1日間は火葬ができないのです。

感染症で亡くなった方は、死亡時から丸1日を経て、直接火葬されることとなります。

感染症で亡くなった場合は、おおよそ、それに対応できる専門の葬儀社さんが火葬・収骨まで行い、

親族にご遺骨が引き渡されるようです。一般の葬儀社さんが施行されることは、ほぼないそうです。

今回の志村さんの件で、その事が報道されていますが、以前からそうなのです。

ですから感染症で亡くなる方は、入院しても面会できないし、亡くなった後も、遺族は面会出来ません。

感染症の恐ろしい部分です。ご遺族の辛さといったら、察するに余りあります。

私達が、ご葬儀は大切だ!という理由は、儀式を通じて、故人とお別れをしていくことと、故人が仏様と

なられたことを共有する場であるからです。ケジメとも言えるかもしれません。

この頃は、葬儀が簡略化していると言われますが、簡略化していても、上記の意味は薄れません。

しかし、その場が許されないとなると、遺族側は心の整理がつけられません。

葬儀を行えば、必ず整理ができるという訳ではありませんが、しっかりとその場が確保されることで、

私達は亡き方と心の整理をしていく過程が経られるのです。

宗教者がその場に携わる意味は、故人が次の世界に往かれたということを、ご遺族に導く為でもあります。

お別れだけではありません。浄土真宗では言いませんが、メディアでは、天国で安らかに・・・などと言わ

れますね。亡くなって終わりではない。死んだら終わりではないのです。亡くなって、次の世界に往った!

のです。だからこそ、「天国で・・・」と言う人もいれば、「ご冥福(冥界での福があるように)をお祈り

します」などと言われるのです。

さて、この感染症の怖さは、志村さんのように亡くなった後も、ご遺族の心の整理の機会まで奪うことにも

あります。遺骨で引き渡されても、慣れ親しんだ姿はそこにはありません。お別れするのは、慣れ親しんだ

姿をみて、触れて、話しかけて、涙をながして・・・それでやっと受け止めていけるのかもしれません。

死を受け入れ、お別れを行えることで、やっと次の世界に送り出せる。

新型コロナウイルスは、今の所、致死率は高くないですが、それでも人によっては重症化し、短期化間で

亡くなってしまいます。甘く見ないことです。感染しないに越したことはありません。

後悔先にたたず。何かあってからでは遅いのです。気を付けるに越したことはないと思います。

気を付けても感染してしまえば、仕方なかった!と納得できるでしょう。

でも、甘く見てて感染し、失うものがあれば、一生後悔し続けることにも繋がります。

ぜひ、賢明な行動をしていきましょう。

外出するな!って天気が言ってる

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おはようございます。住職です。

今朝、7時過ぎくらいから、雨が雪に変わりました。確かに大雪となりそうな程降ってます。

さすがに寒いので、まだ仕舞っていなかったジャンパーを着て、灯油が余っているストーブを

ガンガンたいています。(良かった、ストーブ仕舞わなくて。そして灯油を補充していて)

現在9時前なのですが、土の上にはうっすらと積もってます。このままの勢いで降り続いたら

路面にも積もるのは時間の問題だと思われます。本当に、最近の天気予報って当たるんですね。

昨日は食料品の買い出しに外出しましたが、それ以外は自宅待機。

今日は、お参りに外出するのと、別院の管理に外出します(スタッドレスを履いている家族の車を借りま

す)。それ以外は自宅待機。

明日は、築地本願寺で会議があるので外出予定なのですが、雪の為、微妙に心配しています。

私はこの時期なので、東京への移動は、電車を考えておりません。築地に行くにしても、車onlyです。

スタッドレスを履いていない私の車に、雪は致命的。

これって、会議やめておけ!という自然の流れなんじゃないのかな!?と都合の良いように解釈しつつあり

ます(笑)

そう考えると、この時期に大雪!?と異常に感じますが、これって、コロナだから外出はやめなさい!

という!何かしらの仕業だったりして!などと考えてみるのも良いかもしれませんね。

外出するな!ということなんですよ(笑)

西照寺別院 新東松山斎場  新型コロナウイルス対策へのご協力をお願い致します。

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西照寺別院 新東松山斎場ご利用の皆様へ

この度、新型コロナウイルス感染拡大防止に備え、皆様のご協力をお願いしたく存じます。

3密をつくらない。

① 多数の方が密集する状況(密集場所)

② 近距離での会話や発声(密接場面)

③ 換気の悪い空間(密閉空間)

これらを心掛け、葬儀社様主導の下、ご利用にご協力ください。

尚、当院では上記3密をつくらないよう、葬儀社様へご配慮をお願いすると共に、感染防止を助長する助

為の、以下の備品を備え対応しております。

入口に、エタノール消毒液(ただし、限りがある為、無くなり次第、終了)

各備品をふき取る、アルコール除菌液と雑巾(こちらは補充品あり)

加湿器。アメリカの研究所で、温度と湿度が高いと、ウイルスの活動が鈍るとの情報があった為、一応

備えました。(信憑性を確認しているわけではありません)

また、式場利用前後には十分な換気に努めております。

上記、これら備品を備え、葬儀社様のご協力のもと、対策を進めております。

ただし、残念ながらマスクのご用意はありません。当院ご利用の際は、葬儀社様主導のもと、皆様のマスク

着用を要請致しております。

新型コロナウイルスの蔓延が懸念されている時期ですので、閉館もあり得ますが、しかしご葬儀という最後

のお別れの場は、掛け替えのない機会です。

是非とも葬儀社様を含め、皆様のご協力の下、クラスター感染を出さないよう努めて参りたいと考えており

ます。どうか、ご理解ご協力の程、宜しくお願い申し上げます。

                                    宗教法人 西照寺