気を取り直して

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おはようございます。住職です。

昨日のブログ更新、出来ず仕舞いでした。今年に入って連日更新続けていたのに(涙)

昨日は朝から忙しなく、21時頃まで予定が続いてしまい、ブログ更新など頭にありませんでした。

21時頃にようやく全てが終わったので、疲れ果てて就寝してしまいました。

そして今、書斎で朝の日課であるブログ更新の時を迎え、昨日の更新を忘れていたことを確認したのです。

少し残念な気持ちになりましたが、まぁ仕方ないですね。気を取り直しました。

今日は昨日から一転。さほど忙しくありません。溜まった雑務を進める時間にしようと思っています。

この雑務は、私が非常勤で勤めている築地本願寺(教務所)のお仕事です。

今年に入って、オミクロン株の影響で築地への出勤は控え、在宅リモートなどで仕事を進めています。

私の場合、仕事内容からして、リモートでも大丈夫な案件が多いことが幸いしています。

例えば、会議でファシリテーターを務めたり、過去の会議議事録を確認し、これまでの経緯を纏めたり、

会議に参加(ファシリテーター以外で)したり、同部所の同僚とミーティングをしたり。

主に、これらの業務が多いのです。これらの仕事は、コロナ以降、リモートでもできるじゃん!と気づいた

業務推進方法でした。当然、社会的にリモートを許容しようとする雰囲気があってこそでしたが。

私の場合、リモートが許されることで、コロナ以前のように、築地本願寺まで通勤する時間や交通費が

圧倒的に節約されました。さらに、通勤がなくなったことで私の身体的疲労も軽減され、環境的には車の

運転が減ったので、CO2の排出量もかなり軽減されたような気がしています。

私にとっては、ある種とても良い方向だったと思っています。

比企エリア観光 歴史的背景

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おはようございます。住職です。

今、放映されている大河ドラマ「鎌倉殿の13人」。ここでは源頼朝の乳母である比企尼が取り上げられて

います。もちろん、比企能員も。

この比企一族の出身地こそが、西照寺がある地なのです。

因みに、鎌倉に行く前に比企尼が住んでいた場所こそが、西照寺から2キロほどのところです。

昔、西照寺があるこの地域は、力を持っていた豪族(比企一族)が住んでいました。

縄文土器が出土する地ですから、人類が昔から住んでいた場所であり、平安時代~鎌倉時代も有力豪族が

住んでいたわけですから、土地的に魅力ある場所なのでしょう。

因みに、東松山市と隣接する滑川町には「月輪」や「月の輪」という地名や駅もあります。

この名の由来は、平安末期から鎌倉時代に摂政・関白として活躍した九条兼実から来ています。

九条兼実は「月輪関白」や「月輪殿」とも呼ばれていたのです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E6%9D%A1%E5%85%BC%E5%AE%9F

その月輪殿(京都に住んでいた)が有していた荘園が滑川町にあり、そこから「月の輪」という地名が付け

られたそうです。

また、ときがわ町にある「慈光寺」は、とても歴史あるお寺で、当時は東の比叡山とも呼ばれるほど有力

寺院であったようです。比企一族の没落と共に、衰退の方向に動いてしまったようです。

私も観光に行きましたが、どことなく、当時の有力な風情は残っていました。

https://www.temple.or.jp/

慈光寺には、頼朝の必勝祈願みたいなお手紙も残っており、宝物館にありました。

さらに関連することを言えば、昔は紙は貴重なのです。

今みたいに大量生産できるような物ではありません。

お寺ではお経を書き写したり、紙が非常に大事になるのですが、その紙が貴重品であり、高価なもので中々

手に入らないのです。

そこで、昔の有力寺院(全国的な意味での相当の有力寺院)は、紙を入手する方法を持っていたはずなので

す。なぜなら、お経を書き写す為に紙が必要だからです。

そこで関連してくるのが、小川や東秩父村で伝統工芸として栄えてきた和紙なのだろうと思われます。

数年前ユネスコで世界遺産に指定されましたが、この和紙が作られていた土地が、慈光寺のある、ときがわ

町に隣接する小川町や東秩父村です。

https://www.town.ogawa.saitama.jp/0000000431.html

おそらく、鎌倉時代に超有力となった比企一族の隆盛と、慈光寺や和紙なども関係しているはずだと思いま

す。しかし、誠に残念ながら、比企一族が没落したと同時に、地域の力も一気に失われた感がありそうです

。ですから、西照寺のある近隣は、700年頃前から鎌倉時代まで、おそらく500年間ほどは、全国的に見て

も、結構栄えていた有力地域なのだと推測されるのです。

しかし、北条家によって比企一族は滅亡させられてしまい、以来、この土地も力を失ってしまいました。

ただ、今でも比企の名残りがありまして、例えば、西照寺のある東松山市を中心とする吉見町、川島町、

滑川町、嵐山町、小川町、鳩山町、ときがわ町などを比企郡と呼称しています。

確か、平治の乱で破れ、源頼朝は伊豆に流された時、頼朝の乳母であった比企尼が、この地から支援してい

たようです。それから、頼朝が鎌倉幕府を開くこととなり、乳母であり、支援してくれた比企尼を、当地か

ら鎌倉に呼び寄せたのです。だから、鎌倉には今でも比企郡にある地名が、色々と使われています。

観光には、ぜひそのような背景も感じて頂きたいと思います。

因みに、西照寺ではこれら上記の流れとは別に、先祖繋がりの貴重な文化財もあります。

文化財鑑賞会として毎年2回、一般公開しています。

5月のGWや11月3日(文化の日)に2日間づつ行っているのです。

ぜひ、こちらも観光を兼ねて足をお運びください。

最近、再開し始めました!

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こんばんは 住職です。

1月も大寒が過ぎ、真冬のターンを折り返した気がしています。

まだまだ寒い日が続きますが、気持ち的には折り返した気分です。

しかし、今年の冬は本当に寒いです。

11月頃までは、たいした寒さではないですね!などと言っていた気がしますが、

12月の後半以降、猛烈な寒さがやってきました。本当に寒い日々を過ごしています。

私は寒いのが苦手なので、どうにもなりません。

しかし、一週間ほど前から、この寒さの中、朝から運動を再開することにしました。

因みに、当ブログでは「運動」と綴っているのですが、とてもお世話になっている方から、

「あれは運動ではなく、ウォーキングだからね!」と、笑顔で突っ込まれることに。。。

私のブログを見てくださっていることに、驚きましたが、嬉しくもありました。

有難うございます。

ウォーキングなのですが、それだと年齢的(45歳)に考えても、もっと激しいのできるだろ!とか

言われそうだし、でも、激しい運動は継続しなさそうだし。。。でも、運動している!と言いたいし。。。

そこで、ブログではあえて「運動」と表現しているのです(笑) 見透かされました(恥)

この頃は、毎朝8時頃から9時頃まで、1時間かけて7キロほどを歩いています。

朝なので、とても寒く、温度は0℃から3度ほどとなってます。

そんな寒い中でも、マスクを着けているので、冷気を吸っても、気管支への刺激とならないのか、

持病の咳喘息の再発は免れています。

ウォーキングを再開して数日は、体調の様子見をしていましたが、大丈夫そうなので、ここ1週間ほどは

これまで通りのメニューをこなしています。

頻度は、1週間で5日前後行っています。

正直、続けることは嫌なのですが、身体は動かした方が本当に良いです。

調子も良いし、睡眠にも良い影響を与えてくれていると思います。

それにしても、現代は非常に便利で、私はウォ―キングしながら、iPhoneで以下の骨伝導イヤホンに

接続し、音楽やラジオを聴いているのです。

https://jp.shokz.com/

骨伝導イヤホンは、値段も高いのですが、骨伝導なので、イヤホンを耳につけても、耳がふさがらず、

車の音とかも聞こえるのです。イヤホンが耳を塞いでしまうと、外音も聞こえなくなってしまう為、

ウォーキング中だと危ないのですが、骨伝導は音が骨を伝わって聴けるようで、耳の穴は塞がらないのです

。毎日使うものだし、奮発して高価なイヤホンを買いましたが、非常に重宝しています。

マネジメント 管理職の悩み お坊さんはどう考える?

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おはようございます。住職です。

私もお坊さんですが、人間ですので、生きていて苦しいことは多々あります。

どうしようもなく、苦しいです。

お坊さんだからといって、苦しみを乗り越えているなど、ありません。

お坊さんは覚りに近いはずだから、苦しみも少ないはず!というのは、全くの誤解だと

思われます。

浄土真宗的に言えば、覚りに近いどころか、ますます遠い自分に気づくのです。

私も学生時代の宗教経験がありますが、その時に痛感したことは、どうにもならない「我」の認識でした。

覚りは「我」が滅した境地でしょうが、とてもとても。私的に言えば、生きている以上、どうにも「我」は

滅しきれません。

この「我」こそが大問題で、私達の無意識の奥底にある「自分」という勘違いの捉われで、唯識という仏教

の学派では、末那識(西洋哲学では、第七識)と言われています。

ですから、意識よりも潜在的なポディションにあると言われているから、無意識のレベルと言いました。

私達は無意識下で、「我」に捉われていて、この捉われが、色々なややこしい苦しみを生み出してきます。

全く困ったものなのです。(因みに、喜びもこいつがもたらします。)

例えば、管理職、いわゆるマネジメントの分野では、人を管理する分野なので、そりゃ大変です。

私の思い通りに部下が仕事ができていない。どうやって、それを管理し、仕事をさせられるのか?

これができなくて悩まれているホワイトカラーが多いと聞きます。

そりゃ大変です。

大前提として、マネジメントできる!と考える会社の常識こそが、間違っているのですが、しかし現実問題

としては、むしろ、間違っていようが、それが大事になってしまっているのです。

だから、悩む。

そもそも自分さえ、思い通りにならないのに、他人を想い通りしようなどとおこがましいですね。

だからこそ、私は自分の宗教経験を頼って、この問題にアプローチしてみたいと思います。

私の経験は、縁起(仏様)の中に、縁起に埋没しきれない「我」がいたのです。

本当の状態(真実)は、縁起そのもの。しかし、縁起に埋没していない「我」がありました。

それでも、私の「我」に対し、縁起は何も言いません。否定も肯定もしないわけです。

そのまま「我」を包み込んでくれているイメージです。つまり、縁起の中に「我」がいる状態。

私から言えば、縁起(真実)の中に、偽物の「我」があるのに、真実は、偽物を否定しないで

そのまま受け止めてくれている。許してくれている。そんな感覚を抱きました。

この時、私はものすごく申し訳なく感じたのです。と同時に、私の存在は常に仏様に受け入れられている

という、常に一緒感を抱きました。以後、どんな時でも孤立していないと思えるようになりました。

だからこそ、仏様を信頼できるようになると同時に、仏様を裏切るような生き方はしたくなくなりました。

上記は、宗教の話しなので、会社の論理とは違います。

この経験を参考に、実社会に置き換えてみたいと思います。

部下を動かす為には、おそらく上司が信頼されればいいはずなのです。どうすれば、信頼してくれるのか?

と言えば、上記の構造が参考になるのでは?と思うのです。

仏様と同じことをするのは不可能ですが、まずは部下をそのまま受け止めてあげる。存在自体を。

それを部下が受け取れるならば、部下は上司を悲しませたくないから、放っておいても、できることはやる

はずだと思うのです。甘いかな!?

それを仕事がどうしてできてないんだ!などと否定をしたり、判断をしたりしてしまうものです。

そうなれば、部下は上司と対立構造となってしまい、怒られれば怯えるし、パニックになります。

何とか仕事をさせようと、残業させたり、電話をしたり、パワハラなども起きてしまいます。

根源的な部分が間違っているからではないのかな?と、宗教経験をした私からすれば、思う節もあるのです

。上司が部下をそのまま認め、上司が部下から尊敬される人間となっているかどうかがポイントかもしれま

せん。自分が凄いと認める人から、自分が受け止められたら、嬉しいはずだと私は思います。

自分が認める人が、自分を信じてくれて、そのまま責任まで共有してくれると本気で思ったら、部下は

しっかり仕事をするように思うのです。

それができないで、自分が部下から認められる人間であるかを問わないで、部下に仕事だけさせようとすれ

ば、それは上手くいかないのかもしれませんね。部下も、上司を認めていないのですから。

私が甘いのかな!? どうでしょう??? 

人生の落とし穴

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こんにちは 住職です。

私は45歳になるのですが、そんな年齢で人生を語れるほど、達観しているわけではありませんが、

45年を生きてきた中で、思うこともあります。

それは、人生、思ってもいない事が起こる!という事です。全然想像もしない出来事に遭遇します。

それは、良い意味でも、悪い意味でもです。(ここでの良い悪いは、私にとって都合の良い悪いの意味)

悪い意味で言えば、全然想定してもいないし、自分で求めてもないのに、向こうから突然苦労がやってくる

イメージです。その苦労も、ちょっとしたものであれば、受け入れられますし、乗り越えることもできます

。でも、乗り越えられるのかどうかもわからない、むしろ、乗り越えられなさそう!と思ってしまう程の

出来事が来るときもあるのです。

問題を解決しようと数か月も努力した結果、さらに悪い事態に発展してしまう!という経験もあります。

解決する為には、間違いないことを伝えようとするのですが、そもそも考えてみれば、私という人間は間違

いだらけなのに、普通の生活をしている時は、そんな当たり前の事さえ忘れてしまい、自分は間違いない!

と思ってしまうのですね。

例えばですが、スーパーで普通に買い物をします。レジでお金を払ってお店をでます。

すると、「万引きしませんでしたか?」とGメン(スーパーの万引き警戒人)に呼び止められたとします。

私はそもそも万引きしようなどと思ってもいないし、普通に買い物をしてレジでお金を払っているわけです

から、万引きしていないは事実なのです。間違いない。

だから「やってませんし、何言ってるんですか? レシートありますよ!」と間違いないことだけを自信

満々に主張するのです。間違っているのはそっちでしょ!とやってしまう。私は悪くありませんよ!となる

のです。当然と言えば当然ですね。しかし、この「当然」という部分に落とし穴があるわけです。

そもそもGメンに呼び止められるということは、疑わしいと思われてしまう行動をとっていたのかもしれま

せん。しかし、そんな事を振り返ろうともしないで、自分の正当性ばかりを主張するわけです。

このような姿が傲慢なのです。少しでも自分に誤りがなかったのか?などと自分を疑うことをしない。

自分を疑うことを忘れた態度です。

Gメンに呼び止められたら、私の何が疑わしかったのでしょうか?と逆に自分の欠点を教えてもらう

姿勢こそが大事でしょう。教えてもらって、自分の悪い(疑わしい)部分に気づけ、より成長ができるので

す。傲慢な態度は、自分が成長する機会を最初から放棄してしまうのです。傲慢は人生の落とし穴です。

上記は例え話です。私にそのような疑われた事実はありません。

しかし、別の出来事で、私は自分の傲慢さを痛感させられることがありました。

その事を自身で納得した時に、私は膝から崩れ落ちました。傲慢な自分を知ったのです。

私の人生の中でも自分の傲慢さに気づけたことは衝撃的すぎました。

しかも、これは自分で気づきたくて気づくことが出来たものではないのです。望んでないし。

問題がこじれにこじれて、その追い込まれた果てに、やってきたことなのです。

そういう意味では、人生、こちらが望んでないのに、大きな試練は、向こう側からやってくる場合もあって

思ってもいない事って起こるんだな!と、まさに不思議を感じ入るのです。

中動態

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おはようございます。住職です。

このブログで以前フロイトの宗教批判について綴ったことがあるので、そちらをリンクしてみます。

https://saisyoji.jp/2020/01/18/%E6%AD%BB%E3%82%93%E3%81%A0%E3%82%89%E3%81%A9%E3%81%86%E3%81%AA%E3%82%8B%EF%BC%9F%E3%80%80%E3%83%95%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%88%E3%81%AE%E5%AE%97%E6%95%99%E6%89%B9%E5%88%A4/

私の解釈が間違っている可能性もありますが、間違っていたならば、教えてください。

現代の私達は、科学を信頼していますし、それが故に、何でも頭で理解しよう、納得しようとします。

非科学的なものは、怪しいと考え、なかなか信頼することができません。

つまり、科学的な知見こそが信頼できるかどうかの線引きとなっているような気さえします。

こう考えると、現代の私達は、少し慢心になっている気がします。つまり、私達にとって間違いないのか?

を科学で判断したがる姿勢に疑問を持たないことです。

この考え方は、中動態という動態が薄まってしまった・・・みたいな今朝の話しと通じてくるような気が

します。

今は、能動態(主体的に行う動態)と受動態(客体によって、~されるという動態)の二種類は、現代でも

通じます。しかし、中動態という動態は、私も始めてききました。

しかし、すぐにわかりました。おそらく、「あるがまま」という、主体や客体を取り払った動態でしょう。

そこには、非科学的なものでも、あるがまま受け止める姿勢がみてとれます。

しかし、現代は「あるがまま」では駄目で、白黒つけたくなってしまっていそうな気もします。

できれば、これからの日本人の価値観に私は中動態の価値観を再構築する活動なども、西照寺での活動

として考えてみたくなりました。

私の宗教体験と、ジル・ボルト・テイラー博士の言う共通点

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こんにちは 住職です。

このブログでも以前綴ったように、私は大学院の修士課程の1年生の頃、ある宗教経験をしたことが

人生の拠り所となって、今もお坊さんをしている根本土台となっているのです。

そこで、どんな宗教経験あるいは、宗教的体験であったのか?と気になる方もおられると思うのです。

これは、言葉化することが非常に難しいのです。理由は私が頭が悪いからです(笑)

そこで、ありきたりな言葉で、縁起の世界を心で体感したような体験!(縁起そのものにはなれない我が

あったことを体感しているので、悟りの境地には至っていない)などと専門用語を使って話しています。

より、具体的に言えば、肉眼で見えている世界は、普段と変わらないのですが、心で感じる感じ方が

通常とは全く異なるのです。つまり、私の心以外のすべてが繋がっていて、それぞれの区別が成立しなくな

る世界。そこには、私の肉体さえ埋没していきます。しかし、私の心にある「我」だけが、繋がりの中に

埋没しきれないで、孤立するかのような感覚。だからこそ、真実の中に埋没できない「自我」に対して、

猛烈な愚かさを感じる事となります。と同時に、そんな「自我」をも、そのまま包み込んでくれている現況

の繋がりもあって、その事を感じ入ると、猛烈な有難い気持ちで満たされるのです。

自我としては孤立していますが、そんな孤立した自我をもいつも包み込んでくれている仏様がいてくれる!

という体験をしたので、そこが土台となって、私の人生の根ができたのです。

 以前は、こんな話をしてもわかってもらえないだろうから!と、ほぼ誰にも詳細を話したことはありませ

んでした。しかし、数年前から、話すことをし始めたのです。その理由は別の機会があれば、そこで綴ろう

と思いますが、ここでは、上記の私の経験を別の角度で、脳科学の観点から語っている学者さんの動画を

教えてもらったので、リンクしてみます。

ジル・ボルト・テイラーさん 脳科学者でありながら、自身が脳卒中を起こした方です。

https://www.youtube.com/watch?v=UyyjU8fzEYU

私の経験とは違いますが、本質的には同じようなことを語っています。興味深いのは、脳科学の観点から

自身の経験をもとに、説明されている点です。博士は、脳卒中で左脳に血があふれだしてしまい、ある

体験をしています。

私がここで言いたいのは、動画の8分14秒で博士が「自分の体の境界がわからなくなっている」という体

験。博士の言う意味は、目で見て境界がわからなくなったのか、そこまでは確認できなかったのですが、

少なからず、私は心でその経験を受け止めることとなりました。もし、博士が目で見て境界がわからなくな

ったというのであれば、私の体験とは違います。

また注目したいのは、博士は脳科学者として、脳の仕組みを説明しています。

動画の3分50秒あたりから、右脳の役割について語っています。

そして、4分40秒ほどで、「右脳を通してみた私達という存在は、一つの家族として互いにつながってい

るエネルギー的存在」と言っています。これを私は心で体験しました。

さらに、動画の5分目あたりから、左脳の役割についても言及しています。

6分5秒あたりからが非常に重要で、左脳には「私」を認識する能力があることを語っているのです。

特に6分20秒くらいからは超重要です。

これらの博士の話しは、現代の科学の知見に基づきながらの説明であり、実際博士は病気となって、左脳に

問題を起こした実体験として語られています。

しかし、私の体験は、本質は同じですが、私は脳に問題を起こしたわけでもなく、普通の状態で、心で体感

をしていることなのです。しかも、博士の説明では、右脳のはたらき境地の中に、左脳の「我」が持続して

いる状態でした。目覚めた直後だったので、もしかしたら、脳の体験なのかもしれないとも言えなくもあり

ませんが、博士の言う、右脳の世界に寄って行くことで、私達は平和を実現していくことができるのだと

私も自身の体験から思うのです。もちろん、左脳もあるので、自我の問題や個別化の問題もでてきます。

現代は、あまりに左脳側の世界に皆が価値観を置きすぎてしまっているように感じます。

それを右脳側の世界に動かす生き方論や価値観を展開していきたいと、私は考えているのです。

今後、そのような私の想いなども、ブログで綴れればと思っています。

最後に、私が以前、自分の宗教経験を、以前TVの「ぶっちゃけ寺」で有名になった井上広法さんに話した

ことがあるのです。広法さんとは、彼が有名になる前から、未来の住職塾で同級生だったのです。

彼にこの話をした時に、博士の動画を教えてくれたのです。

博士の動画を見て、非常に驚きました。そう、似ている!と思ったからです。

今まで、なかなか話さなかったことですが、話したら、新しい情報を教えてくださる方もでてくるのです。

それは良かったな!と思う点です。皆様も、何かご存じでしたら、ぜひ教えてください。

テンプルモーニングラジオ

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こんにちは 住職です。

今朝、テンプルモーニングラジオというポッドキャストに出させていただきました。

松本紹圭さんが、パーソナリティーをしているラジオです。

https://open.spotify.com/show/5T7rPmFxWOp5QimkNUg0x4

親鸞聖人の御正忌報恩講(浄土真宗の宗祖、親鸞聖人が亡くなった日)を終えた翌日から!というのも、

私にとっては、ある意味感慨深い日となりました。

これから一週間、このラジオに出演し、20分ほど松本さんとおしゃべりをしていきます。

因みに、ラジオでの紹介は、西照寺副住職です。ブログでは、西照寺住職と言ってます。

正式には、父親が住職なのですが、いつ交代してもいい感じなのです。私が副住職で!と言っているだけで

お寺での役割は、もう住職だ!と父親が言うので、仕方なくブログでは住職と言ってます。

このブログでは、私の私生活や考え方などを綴っています。

今後は、もう少し踏み込んで、私がどんな事をしていきたいのか!なども発信していく予定でいます。

ラジオからブログに来てくださる方も、もしかしたらおられるかもしれませんので、簡単なご紹介です。

因みに、このブログではコメントを受けつけています。

何かあったら、ぜひコメントいただければと思います。

津波注意報で思い出す

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おはようございます。住職です。

トンガの海底噴火があったようで、それに関連したのか、津波警報や注意報が発令されています。

朝から大きなニュースですね。気象庁も、気圧の変化による海面上昇による可能性を指摘しており、

非常に珍しい事態のようです。

津波と言えば、私達東日本大震災を経験している者にとっては、一生忘れられない衝撃的な光景を目にして

いることもあって、私は、なぜか当時を思い出してしまうのです。

私は地震があった当時も埼玉県に居ていたので、実際に津波は経験していません。

しかし、大きな地震であった為、その直後からTVを見ていました。

TVにおいて、津波をリアルタイムで見ていたのです。ヘリコプターから撮影されていた映像だったので、

上空から広い範囲を見渡すことができました。すると、津波がドンドン陸地を遡上する映像をみて、画面に

写り込んでいる地上にいる人達が、猛烈な規模の津波が迫っている事態に気づけず、様子見している光景が

映っていたので、「何やってんだ、はやく逃げて!!!」と、咄嗟に心と声の両方から叫びました。

でも、どうにもならない。聞こえるはずもない。

やがて、映像は切り替わって、その方々がどうなったのか、TVでは映されませんでした。

おそらく、察してください!との事なのだろうと、今でも無力感と言葉にできないショックを抱えたままで

す。

TVで上空から見ていた光景は、現地の人たちの目線とは違って当然です。だからこそ、現場の人達は、実際

に自分の目で見える範囲の状況からしか事態がのみ込めません。

そういう意味で、様子見していたのでしょう。

あの時、私はメディアの凄さと同時に、大きな矛盾も感じてしまったのです。

メディアは平時では、非常に優秀な情報媒体です。

しかし、緊急事態が起こった場合、非常に無意味な存在と化してしまいました。

津波が襲ってきた当地においては、実際にその場に居る人の方が、津波の事態がわかっていない。

むしろ、現地に居ない私たちの方が、現場の状況を早く知ることが出来たのです。

つまり、今その情報が届かなきゃいけない人に届かなくて、今知る必要性が薄い人に、情報がリア

ルに届いてしまう!という矛盾です。

これってどうにかならないかな!?と思っていたら、最近はAIとかが叫ばれ始めました。

きっと、AIを使えば、災害などの時、本当に今必要な人に、必要な情報がリアルタイムで届けられる世界が

できてくるんじゃないだろうか!と思っています。

もっとも、情報を受け取る端末問題もあるし、大地震などの場合、情報経由施設が倒壊すれば、不通になっ

てしまう問題もあるから、違った意味の問題がでてくるのでしょうが、AIは希望が持てますね。

今朝のトンガの海底噴火と津波警報を知って、そんな事を思わされました。

それにしても、東日本大震災から10年以上にもなるけれど、私の中ではあの衝撃と心の傷は全然薄れませ

ん。

修学旅行

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こんにちは 住職です。

今日も寒いですね。土曜日なのですが、珍しく西照寺でのご法事がありません。

ですので、子どもの学校の保護者の集まりに、珍しく出席してきました。午前中のみです。

修学旅行について、学校も大変です。本来は、11月に予定されていたのですが、8~9月にデルタ株が

蔓延したため、9月に早々と諦め、11月に予定されていた修学旅行を2月に延期したのです。

そしたら、9月末から急激に感染が縮小した結果、11月12月はむしろ修学旅行に行けた日々となってし

まいました。結果論ですが。

さらに年末年始にかけて、人と移動とオミクロンが重なり、現在は感染拡大の状況です。

今の状況だと、2月の修学旅行は微妙な気配ですね。学校の判断次第となります。

いまから学校の説明会があるようです。

さて、オミクロン株は重症化しなさそうですし、デルタ株が蔓延した時に感じていた危機感は、私は薄まっ

てしまっています。ただし、医療崩壊は避けねばなりません。

必要な人に医療が回らない状況こそ、私は避けるべきだと思うからです。

正直、オミクロンの症状を聞くと、大丈夫そう!と思っていますが、感染爆発することで医療関係者が

行動を制限されてくると、例えば、コロナ以外の病気でいち早く手術したい!と願う人に、医療が対応で

きなくなって、手術が延期されてしまう!など、そんな状況を発生させてはいけないな!と思うのです。

もし、そんな状況になれば、当事者や親族は、悔しくてしょうがないと思います。私がもし当事者だった

ら!と想像するだけで、とても嫌な気持ちになるのです。

だからこそ、やはりオミクロン株に感染しないにこしたことはない!とは思います。

なるべく感染しないように気を付けて、社会を回していく必要があります。

危機感が薄まった今こそ、不要不急の用事は避けるべきですね。

私にとっては、気軽に外食することや、夜の懇親会などは、今は不要不急の部類に入ります。

それらは、もう少し我慢できると思うので、我慢しようと思います。

でも、学校の修学旅行は、なるべく気をつけて、行かせてあげられないのかな!?と思う気持も

正直あります。ここら辺は人によって考え方も異なるので、非常に難しいところだとは思います。

せめて、3月に延期して、感染状況の推移をみるなど、可能性を探って欲しいと思う部分も正直ありますね

。もちろん、学校も検討済みかもしれませんし、急な対応ができない部分もあるでしょう。

なにせ、全国の学校が同じように考えているでしょうから。ホテルなどの都合もあるでしょうし、予約状況

にもよるでしょう。なかなか難しい状況ですが、どうなるのでしょうね。

兎に角、私はオミクロンが落ち着けば、新型コロナウイルスも、そろそろ出口になるのだろう!と淡い期待

を持っているのです。感染症は、3年で落ち着いてくると聞いているし、実際に弱毒化していそうなオミク

ロンの状況をみると、そんな風に思えるようになってきました。