日本 近代化で手放したもの

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おはようございます。住職です。

「日本人が大事にしてきた特徴」・・・私が思うその一つは、武家社会の礎ともなっていたであろう、

「命がけの覚悟で生きる」という精神でしょう。換言すれば、諸行無常を味わう感性、文化。

あるいは、連帯性の中で培われてきた一体性。繋がり。以心伝心と言われるような、旧来日本人が有してい

た感覚。少し解りづらいことを言うならば、現代の私たちの普通の感覚である「私」と「あなた」という区

分けが、昔はそこまで無かったかもしれないのです。もっと、「私」と「あなた」が分離していなかった。

ここら辺の日本文化の特徴を手放す契機となったのが、私はおそらく明治期の近代化なのではないか?と今

は思っています。

きっと今の日本は、明治期の変革以後の感覚を踏襲しているのだろうと思うのです。その意味では、もはや

武家社会に根付いていた感性や文化とは疎遠になっている可能性が高い。

今、日本は経済でも技術でも、世界の潮流から取り残されていく方向に向っています。今後は人口も減って

いくし、国際的な影響力も立ち位置もドンドン弱体化していくことでしょう。

日本 近代化の背景②

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おはようございます。住職です。

鎖国を解いて、明治時代に入ると、当然ながら日本も近代化まっしぐら。明治になったら、日本は脱亜入欧

(アジアを脱して、欧州列強の仲間入り!との意味)とのスローガンを掲げて、それまでの社会制度などを

ドンドン改革していくこととなります。

恐らくですが、当時の明治維新を遂げた人々は、日本と欧米の技術力との違いに危機感を持っていたことで

しょう。いち早く近代化を遂げて、欧米の技術力に追いつかなければ、日本は乗っ取られる!と思ったかも

しれませんね。

このような状況ですから、きっと近代化も徐々に!というよりも、ドンドン!という感じだったのかと想像

します。

もはや、これまでのお米を中心とした武家社会の価値観など、一気に忘れさられ、新たな価値観を構築して

いかざるを得なかった時代だったのでしょう。

上記私の仮説がそれなりに当たっていたとして、一気に近代化しなければならなかった日本の状況は、仕方

がなかったのだと思われます。だって、ノロノロしていたら、欧米に日本を乗っ取られる!と危惧する気持

ちだってあったことでしょう。日本(自分達)を守ろうと近代化に必死だったはずですね。

ですから、明治期の大変革は、これまでの日本の良さを精査し、踏襲していこう!となどとの思いもなく、

なるがままに進んだのかもしれません。(もっとも、明治維新を遂げた人々は、それまでの武家社会を解体

したかったのかもしれませんが) その結果、日本人が大事にしてきた特徴が、おそらくこの頃に手放すこ

ととなったのではないだろうか?というのが私の感想です。

日本 近代化の背景①

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おはようございます。住職です。

数日前、公家社会と武家社会との違いを学んだことをブログで綴りました。

そこから派生して、明治期に起こったパラダイムシフトによって、お寺が失ってしまったものなどを

振り返ることができそうな気がしてきました。

ここに、私なりの明確な答えを出すことで、今後のお寺の役割が明確化していくと考えます。

そこで、数日間にわたって久々の連載をしようと思います。

この連載では、最終的に西照寺の今後の活動の方向性の理由が明示されることとなります。

数日間、お付き合いください。

    ~  連載 ① ~

明治時代に入り、鎖国をしていた日本は海外との交流を持ち、近代化に向かうこととなります。

世界では18世紀の後半から産業革命が進んだことで、製鉄業が成長しました。製鉄業が成長すると同時に、

産業革命下で、石炭などを用いて、蒸気というエネルギーを人類は手に入れたのだそうです。

大きな動力を得たこと、そして製鉄技術の進歩によって、大型の船やら汽車などが開発されたのです。

人類はこれまで移動できなかった距離を、機械を使うことで移動ができるようになります。

特徴的なのは、蒸気船を用いて、海を越えて各大陸へ進出できるようになったことです。

人類が蒸気船を手に入れたことで、海を越えて、各大陸間を移動できるようになるような時代に突入したこ

とで、島国の日本にも海外から人がやってきました。江戸時代の幕末は、鎖国を解かざるを得ない状況に陥

りました。黒船来航は、当時の日本人にとってショックだったでしょうね。見たことない大きな船に、見た

ことない人種が乗っているのですからね。海外との技術レベルの違いに驚愕と驚異を感じたはずです。

武士文化

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おはようございます。住職です。

数日前の続きというか、武士社会が終わりを迎え、明治になって日本は近代化に向かいました。

当然、武士の時代が終わりを迎えることとなったので、廃刀となりました。

長らく武士の精神そのものであった日本刀。

日本刀は、数百年続いた日本の武士社会の象徴ですから、換言するなら、日本人の歴史そのものであった

可能性があるのです。つまり、日本刀が日本文化や日本人の精神に影響を与え続けていた時代が、武士社会

だったわけです。そのような角度から見ると、例え茶道。これも武士の精神と通じています。武士道には茶

道の精神性が重要だったわけです。また、昔は家社会です。武士は、家を代表するつもりで常に行動をして

いたわけでしょう。ですからきっと、武士の精神には、家の者を守る! あるいは、仕えてくれる皆を守る

!というような、いわゆる連帯性が強かったものと思われます。だからこそ、家を守る為、家の名誉を守る

為、切腹だってしなきゃならない時代だったと思われます。きっと、一族意識も強かったのでしょう。

もしかしたら、今よりもよっぽど我が身を省みる生活を遂げていた可能性があると、私は思います。

そのような意味で、今よりも精神的に強かった可能性があるのではないか!?と私は思っています。

武士はいつ朽ち果てるかわかりません。いつでも命がけ。そんな環境だったのではないか!?と

想像します。いつでも命がけ!の社会であれば、その社会で発展するのは、緊張感をもった文化。

一瞬の命の鼓動というか、そのような瞬間瞬間を感じる目線で、文化が華咲くのだろうと想像します。

代表的なものこそ、茶道や和歌、あるいは寺院の隆盛だったのだと思われます。

つまり、武士社会は、いつでも命がけを意識する必要があって、それが為に諸行無常を感じやすい

文化が隆盛したのだと思うのです。茶道の一服は一瞬の至福の時であり、その一瞬に全てが凝縮されて

いるかのような。それを茶道全体で、お茶碗や茶室、掛け軸などの備品を通じて、さらに一連の作法による

すべてのコーディネートによって、その一服が生まれる。これを楽しくのが、きっと茶道なのだと思ってま

す。私、茶道やったことないけど。 また、和歌は内容をみると、一瞬一瞬の変化や心持が表現されている

ことが多いと思います。しかも心持といっても、自分を通さないで、自分の心を表現しようとする。

全体の雰囲気というか情景に、自分の心をのっけて表現するのです。ここも日本文化の特質だと思います。

寺院は仏教ですからね。諸行無常を説く場所ですから、そのような時代では象徴的な場所です。

このような文化が、日本では確認できます。しかし、いずれも武士社会が終焉を迎えたことで、一変する

ことになってしまいました。当然ですね。価値観が変化したのだから。

私達日本人は、この変化によって、本当に大事なものを失ってしまった可能性が高いです。

失ったというよりも、見ないようにしている可能性の方が大きい。

それをひしひしと感じるこの頃となってます。

明日は、何を見なくなってしまったのか、続きを・・・

今後のお寺

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おはようございます。住職です。

昨日は久しぶりに忙しく、時間に追われる一日となりました。

コロナ禍で、時間に追われる状況を感じる生活を過ごしていなかったので、

久々の感覚に、気持ちもシャキっとして、嬉しくもありましたが、本音は疲れました。

やっぱり、時間に追われる生活は嫌です。コロナ禍で仕事もリモートが基本となったことで

移動時間が不要となり、さまざまな部分で、私的にはメリットが大きい変化を迎えたと感じています。

もうコロナ以前に戻れません。

あとは、この環境でちゃんと生活していける環境を整えなければいけません。

社会のあり方がこれまでとは変わってきたわけですから、仕事や法務だって変化がでてきて当然です。

東京では、リモート化に伴う職場の縮小化が進んでますし、そうなるとオフィスのテナント料だって変わっ

てくるでしょう。飲食店も軒並み廃業しているとの事を聞きますし、東京は空きテナントが増えていると思

われます。そもそも総数が多いわけだから、あまり目立たないかもしれないけど、そこそこダメージあると

思われますね。さらに、政府は国民の生活を守る為、さまざまな給付金を支給くださっています。

お寺には給付金はないけど(-_-;) 当然ですね。お布施に課税されないのだから。

会社は給付金などのお金で、昨年度の倒産件数は前年度よりも減ってます。

おそらく、コロナが落ち着いて、給付金など政府の対策が終われば、一気に倒産件数が増え、

景気が悪くなりそうな気配も感じます。株価もバブルなどと言われて、乱高下しているみたいだし、

本格的に株価が下がれば、一気に悪循環が始まるでしょう。

そうなると、色々と苦労しそうです。

お寺は心を大切にする場所ではありますが、お金もなければ維持できません。

宗教だから!といって、電気代や水道代を安くしてもらえるわけではありません。

そう考えると、生活する為には、やはりお金も大事になってくるのです。

しかし、今後はお金で苦労する環境となってきそうです。

そう考えると、もちろん、お寺では心を大事にする取り組みを第一で、中心軸とする

ことは変わりませんが、維持していく!との観点からすれば、やはり経済のことも

考えていかなければなりません。今後は、本格的にそこが問われてくるわけです。

私もこれまで数年、考え方などの準備はしてきたつもりです。

その準備が、単なる無駄な勉強だったのか?あるいはちゃんと地に足つけたものだったのか、

そこが問われてくる段階に入ってきたのではないか?と思うこの頃です。


久々に忙しない一日に・・・

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おはようございます。住職です。

今日は、朝から夜まで予定が詰まっております。

久しぶりに、忙しい日。まるでコロナ前を思い出すような、分を気にするような一日。

コロナになって、そんな日は無くなった(移動時間がなくなったから)と思っていたのですが、

コロナ禍の中でも、分を気にしながら動かねばならない日もあるのですね。Σ(・□・;)

もっとも、今日は例外だとは思います。会議が3つに、ご法務、さらには来客と。時間通りに動かねば

ならないのです。移動は、昼間と夕刻だけですが、すべて車です。

という訳で、今日は忙しいので一昨日から続いていた長文ブログはやめておきます。

農業社会から工業社会へ

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こんにちは 住職です。

今日は私の個人的なお仕事を進めようと思っていたのですが、連日の疲れもあり、

休むこととしました。何も予定が無かった日であり、今日を迎えても何もないからです。

頭のリフレッシュが一番の目的です。

さてそんな中、昨日の続きを考えて見たいと思います。

明治時代に迎えた近代化。それまで長く続いてきたお米中心の価値観が、揺らいできます。

江戸時代は鎖国で海外との接点がほぼ無かった日本は、明治時代に入って、海外との関係性を持つことで

近代化していきます。いわゆる工業化です。

ここで価値観が大転換していくのですね。

これまで長らく続いてきたお米中心の価値観、いわゆる農業を主体とする社会と、そこで培われてきた

日本文化が崩壊していくのです。その代表例として、武家社会・武家文化が終わります。

武家はそもそも、昨日のブログ?で綴ったように、公家が地元で支配していた農地を代理管理する役目

(地頭)だったわけです。公家の農地のお米を盗賊から守る為に、じょじょに武装化していきました。

その果てに、武力を持つこととなります。地頭が武力をもって、さらに地元を放っておく公家を裏切る形で

公家の農地を実効支配して、そこで取れるお米を実効支配するのです。公家は自分の部下に裏切られ、弱体

化していきます。そこで公家社会は崩壊し、武家社会が誕生します。鎌倉以降がそうなります。

武家は武力をもっているのが特徴なはずです。おそらく、この頃から日本刀が大きな意味をもってきます。

それは武家の象徴だからでしょう。日本刀は、特に鎌倉時代から一層の特徴というか、進化を遂げています

。簡単に言えば、鎌倉以前、刀はまっすぐとした形の直刀でした。鎌倉以降に、直刀は曲がっていきます。

理由は、直刀は他人を刺す武器でしたが、鎌倉以降の曲がっていく日本刀は斬りつける武器となるのです。

武家社会では武力が象徴となりますから、この頃から日本文化の中でも、戦闘文化が表出されてくるのだと

思われます。その代表例が日本刀でした。ですから、鎌倉以後、特に日本刀は武家の宝みたいな扱いを受け

ているはずです。武家の命、武家の誇りでもあったはずです。鎌倉時代から江戸時代まで、武家と日本刀

の歴史が、そこにあったのです。それらの価値観こそ、農業社会が土台となって成立していた日本文化だっ

たのでしょう。

それが、鎖国を解いて、海外との交流が始まって、さらに世界は近代化していく中で、日本の価値観も揺ら

いできます。工業化の進展です。徐々に、農業社会から工業社会への転換が進展するのです。

こうなると、これまで社会の中心に位置付けられていた「お米」が、これまで通りの価値には感じられず、

人々の関心は、機械によって物を産み出す方向へとうつっていくのでしょう。

つまり、機械の工場を支配する資本家が影響力を強めることとなっていくのです。

これまの農業社会であれば、農地を支配する者が、影響力を強めていましたが、近代化が、その常識を覆し

たわけです。もはや、お米に興味はなし! かのような感覚でしょうか。

工業こそが新時代! 工場を持って沢山労働者を働かせ、物を創り出すのです。

工業化の初期はエネルギーを産み出すことが中心のようですね。動力などを産み出すことで、多くの人を移

動させたり、大きな動力を得て、物を動かしたり・・・機械で動力を得ることに成功した人々は、その動力

を有効活用し、様々な物を生産するようになっていくのです。当然、お米だってこれまで以上に生産性が

高まります。こうなると、もはやお米よりも欲しい!物がでてくるのです。

だからこそ、工業社会で影響力を強めた人こそ、工場を持っている資本家だったりしたのでしょう。

農地を支配していれば、影響力を確保できる時代が終わったのです。つまり武家社会が終わりを迎えたと

いうことでしょう。武家社会は換言すれば武力社会でもあったので、その象徴である日本刀文化も

この時に終わることとなりました。(ここで言う意味は、一般的な意味で広く影響力をもっていた時代

の終わりという意味です。日本刀文化は今でも残っていますが、当時よりも脆弱になってしまった訳です)

お勉強

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おはようございます。住職です。

昨日のブログで綴ったように、他宗のお坊さんと行う勉強会に誘われました。

人数は少数で、全部で4~5人です。

勉強会は、共通した本を輪読しながら議論を行うような感じだと思われます。

先日、教えてもらった本を購入して、久しぶりに仏教関係の本を手に取りました。

因みに、その本は『南無阿弥陀仏と南無妙法蓮華経』という本です。

簡単に言えば、法然さまの説かれた「南無阿弥陀仏」と日蓮さまの説かれた「南無妙法蓮華経」について

のようです。ですから、専門の教義としては、浄土宗と日蓮宗です。そこに浄土真宗の私がお邪魔する!と

いう形態なのです。ですから、私はどちらかと言えば専門外。ですが、楽しそうですね。

特に日蓮さまの教えなどは、全然知らないので、ここで勉強させていただきたく思っています。

という事で、アマゾンで購入した本を昨日、ちょっと開いてみました。

読み易い本なので、30頁ほど読んでみたのですが、そこに書かれてあったのは、

法然さまがご在世だった当時の平安後期から、日蓮さまのご在世当時の鎌倉時代は、政治分野でも激変の時

代だったとの事でした。(因みに、法然さまがお亡くなりになった後に、日蓮さまはお生まれです。ですか

ら法然さまは日蓮さまを知りません。親鸞さまは、法然さまのお弟子さまですから、当然法然さまと会った

ことあります。親鸞さまは日蓮さまとご在世時は重なっている年数があります。親鸞さまが50歳ほど年上

です。ただし、ご在世当時、親鸞さまは日蓮さまのことは知らなかったでしょう、そのような相関図です)

ここで私が勉強になったことは、本来の目的である教えの内容ではないのです。

政治分野の激変という部分。本では、公家政治から武家政治に変革した時代だった!というような事が書か

れてあったのです。

そういえば・・・私が高校卒業まで、全然勉強してこなかったので、日本史を良く知らないのです。

大学院時代から勉強したので、そこから少し日本史も関係するから、教科書を読んだりしましたが、公家と

武家の違いについては、実はよく知らないのです。

そこで疑問に思って、ネット検索。

素晴らしくわかりやすいページを見つけ、すぐに読んでしまいました。

大変興味深いご指摘のHPで、そうだったんだ!と、これまでもこの違いについて、何となく調べたことが

あったのですが、どうしても、よくわからない部分があって、そこを解消してくれる説明HPだったのです。

一応ご紹介させていただましょう。

https://rinto.life/112640公家社会と武家社会の違いって何?わかりやすく解説! – Rinto

です。

要は、当時の社会の中心が何で、そして、それを誰が支配していたか!?が説明されていたのです。

これを知って、なるほど!と全ての違いが納得できてしまったのです。当時は、当然お米が中心。

このお米の支配構造による影響力こそが、政治への影響力とイコールであったことがわかりました。

現代はお米が中心の社会構造ではないですね。むしろ、お米ではなくお金だと思います。

当時は、お米を作る畑を持っていることが、大きな影響力を持つことになる訳です。

お米を作らせて、つくったお米を支配するわけです。

そんなお米中心の文化と政治支配構造が、日本では長らく続いてきたのです。

奈良時代くらいから?か、最初は地方の有力豪族が、お米を支配できる制度が整ったことで、有力化し

朝廷と関係を持って、影響力を強めたものが公家とのことです。

公家は、政治に中心地(京都や奈良)に集まって、自分の畑がある出身地の支配を、地元の有力者に任せ

(地頭)、お米がとれたら、自分がいる都まで送らせていたようです。

しかし、地元の畑には、お米を奪いにくる盗賊などがいたため、地頭は武力化して盗賊を追っ払う努力を

していたそうです。また、地元でお米を作る農家さんとも接点が強い地頭は、きっと農民の苦労を知ったり

、あるいは都でぬくぬくと生活して、地元に帰ってこない畑の主に対して、面白く思わないこともあった

ようです。そこで、本来は採れたお米を全て都の主に送らねばならないのに、取れ高が少なかった!などと

報告し、地頭がだんだんと横領して自分達の為に使っていたようですね。

さらに、地頭は農民と手を組んでか、公家が所有している畑を、実効支配してしまった結果、公家にお米が

入らない様になっていきました。地頭がお米を支配してしまったわけです。

すると、今度は各地の地頭が有力化して、武家が誕生した!ということのようです。

もともと、盗賊に対抗する為に武力化していた武家ですから、戦闘力をもっており、これが幕府となって

政治と関係することとなったようです。鎌倉時代は、武家の時代ですね。

このことを知って、私は衝撃を受けました。なるほど!と。

さらに、お米中心の価値観は、江戸時代まで続き、その後近代化した明治から、時代は工業化に向かいまし

た。工業化の時代に入ったことで、これまで長らくお米が価値をもっていた時代が終わりを迎え、新たに

お金が中心の支配構造ができあがってきたわけです。

昔はお米を支配するものが影響力をもっていましたが、今はお金を支配するものが、影響力をもっているの

です。今も昔も同じなのですね! 昔はお米を作る畑を支配していたものが、権力者。

今ではお金を生み出す会社などを支配しているものが、権力者。構造は一緒だったわけです。

ただし、昔はお米を支配する為には、畑でないとダメだったわけです。

しかし、今はお金を支配する為のツールは会社でなくても、何でもいいのですね。

例えば、個人のyou tuberでも、お金を生み出せるようです。

お米を産み出す畑は土地ですから、物ですね。だから限界があります。

しかし、お金を産み出すものは、色々あります。考え方次第といったところか。

そう考えれば、発想次第でチャンスは誰にでもある時代!ということもできます。

昔は、発想だけでは畑を持つことが難しかったでしょうし、そういう意味では、今の方が

誰にでもチャンスがあるような環境なのかもしれません。

本来の勉強よりも、違う部分で勉強になった今回の読書でした。

ZOOM勉強会

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おはようございます。住職です。

コロナ禍になって以降、ZOOM会議などが主流となったことで、新たな価値観が芽生えました。

それは、居場所を問わないで、意見交換や会議が可能になったこと。

これまでは、何だかんだ言っても、やっぱり現場に集まって!が基本でした。

実は私はZOOMを初めて利用したのが、コロナが始まる1年ほど前でした。

ですから、2018年の年末か2019年の始めか、だったと思います。

初めて使った時は、知人からZOOMを用いて行う研修会に誘われたことがきっかけでした。

その時初めてZOOMを知りました。因みに、その時の登壇者が私でした。

私は自宅から、他の参加者は全国各地(事務局の人は福岡県からでした)からでした。

現場で行う研修会とは当然違いますが、それでも全国の皆さんと気軽に集まれるZOOMの便利さに

驚かされました。しかし、その時の常識は会議や研修会は現場主義!だったのです。

それが、新型コロナウイルス感染拡大防止の流れとなり、集まることが難しくなってしまいました。

会議や研修会などは、現場主義から一転。リモート主義のような流れが出来上がりました。

ZOOMを利用する人が多くなったことで、一般的となりました。

そんな流れも手伝って、先日私は他宗のお坊さん仲間から、定期的な勉強会へのお誘いを頂きました。

おもしろいですね。メンバーは日蓮宗・浄土宗・臨済宗・そして浄土真宗。

それぞれのお寺の場所は、埼玉・山梨・広島・東京・千葉です。

共通点は仏教ですが、それぞれ違う宗派です。当然教えも違います。

でも、お坊さん仲間ということで、皆さん人柄を知ってますので、建設的な議論の場となるでしょう。

私も浄土真宗の教えに関しては学んでいますが、他宗の教義まで深く学ぶことはありませんでした。

そういった意味では、とても興味深い勉強会だなぁと思っています。

何よりも、場所を問わないから移動がない。自分の書斎でできるから、すぐに資料を確認できる。

勉強会だけに時間を費やせる。無駄がない。私にとってはメリットだらけのように思います。

花粉症

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こんばんは 住職です。

今日は更新を忘れておりました。たまたま今思い出したので、更新してます。

本来、この時間だと思い出すことの方が珍しいのですが、潜在意識の中にあるのでしょうね。

さて、一昨日から暖かくて、私はとても嬉しいです。過ごし易い。こんな陽気ならストーブ要らない。

しかし、花粉だけが気になります。私は花粉による鼻水、目のかゆみ、くしゃみなどはありません。

ですから、これまで花粉の季節は然程気に留めませんでしたが、どうも花粉による喘息アレルギーの疑いも

若干あるようです。まだ疑いなので、検査しないとわからないのですが。

しかし、昨日の日曜日、お寺でご法事が勤まったのですが、読経の際急に咳き込みそうになってしまい、

あれ?と。たぶん気管支炎による急な咳き込みみたいな感じでした。

もちろん、頑張って堪えましたし、咳込みは最低限で留めました。とても苦しかったけど。

咳き込みことを堪えながら声をだすと、笑っているかのように、吐き出す息の強弱がでてしまい、これだけ

はどうにもなりません。頑張って、むせない様に意識するのですが、生理現象のような咳き込みは留められ

ないのです。これは、とても嫌でした。今後、こんな状態が続くのは不安です。

花粉の飛散が始まったようですから、今後、注視して自分の体調に気を留めようと思います。

咳き込むようなら、今度は検査です。