今年最後のブログ

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こんにちは 副住です。
大晦日。今年も今日で終わりです。
明日から2016年。
念願だった書斎の大掃除は、今年もできませんでした。
急な仕事が入ってしまい、余裕がなくなってしまったからです。
でも、大掃除とはいかないまでも、資料整理などは行ったので、部屋は普通にキレイになりました。
隅々の誇りや、きっちりした整理などができなかったけど、・・・いつかはやりたいと思ってます。
今日は、今から自分に休息を与えてあげようと思います。
今年も西照寺ブログをありがとうございました。
後半は時々更新が滞ったりしてしまい、このまま終わってしまうのか!?と自分でも
ちょっぴり思ったのですが、何とか持ち直しました。
来年も続くと思いますので、よろしくお願いいたします。
それでは、よいお年を

空回りしない為の方法

投稿日: コメントするカテゴリー: 日記

おはようございます。副住です。
いよいよ明日は大晦日です。
しかし、私の所感は年の瀬とは思えない。
いつもと変わらない日常だからです。
否、むしろ、休みを予定していたのに、休みでなくなったことで
気持ち的には普段と変わらなくなってしまいました。
思えば、昨年もお正月はありませんでした。
年末年始を仕事(宗派の仕事)に追われ、来年こそお正月を楽しもうと思いきや、
今年はJCやらお寺の仕事、宗派の仕事が立て込み、結局休めませんでした。
きっと、この苦労は、未来への投資なのだ!と理解することにしてます。
物事は理解の仕方(つまり受け止め方)で、だいぶ変わります。
まだ私は、肯定的に受け止められているだけ、気持ち的な余裕はありそうです。
でも、やっぱり「諸々の業務をしっかりとやらなければならない!」と強く思うから、心も疲弊してきました。
こんな時は、気を抜くことも大事です。
また、優先順位をつけ、大事なことを大事に。自分の限界を見極め、仕方がないものは仕方がない と割り切ることも大事です。
このような時、優先順位を間違えたり、全てをこなそうとすると、病気になったりします。
自分に言い聞かせてながら、ブログに綴っていますが、しっかりと本心から、上記のことを思えるようにすることが大事です。
頭でわかっていても、心でわかることって難しい時があるので、こういう時は、ゆっくり心を落ち着かせる環境をつくってあげるのです。
あぁ、本堂に行って、しばらく座ってみよう。

無休

投稿日: コメントするカテゴリー: 日記

こんにちは 副住です。
もう29日。残すところ僅かですね。
今日は書斎の大掃除をする予定なのです。
予定では30日と大晦日は、自分の時間に使おうと思っておりましたが、
やっぱり思い通りにはいかないものですね。
なぜか、今年は火葬場が大晦日まで使用できることとなったみたいで、
そんなわけで、例年は年末のご葬儀などは、火葬場の関係で勤まらなかったのですが
今年は勤まることとなりました。
そこで、私も予定を変更することに。
お坊さんって、なかなか自分の時間がとれないようにできているのですね。
しかし、私もそろそろ疲れてきてしまいました。
こんな生活を、もう7年くらい続けているので、息切れが始まりました。
でも来年一年はお寺以外にもJCもあるし、他にもご依頼されている仕事があるので、
あと一年は踏ん張りどころ。(長いな)
40歳になったら、もう他の業務から引き上げ、自分にお休みをあげたいと思います。
もう疲れてきている私、来年一年もつのかな!?

念仏じいちゃん 念仏者の生活

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こんにちは 副住です。
昨日は今年最後の日曜日。
2015年、西照寺における最後のご法事でした。
ご門徒Wさんのご法事だったのですが、W家のおじいちゃんが昨年末にご往生され、一周忌のご法事が昨日だったのです。
W家のおじいちゃんは、長崎県出身。
数十年前に東松山市に移住し、工場を建て自営業で続けてこられました。
お墓の一部を長崎のお寺から西照寺に移してきました。
このおじいちゃん、稀にみる念仏じいちゃん。
私が驚くほど。全国でもなかなか稀なじいちゃんだと思います。
私はこのじいちゃんに色々と教わりました。そういった意味で、お育ていただいたわけです。
このじいちゃんは毎朝、仏壇の前で夫婦で正信偈をお勤め(時に阿弥陀経なども)されるのです。
おばあちゃんが数年前にご往生されましたが、ご葬儀ではおじいちゃんが柩に寄りかかり「世話になった」と
涙ながらに話していました。
後で聞いたら、「ばあちゃんが毎朝お勤めに寄り添ってくれてなかったら、続けてこられませんでしたよ」と朝のお勤めを
第一に取り上げ、「世話になった」と言っていたのだそうです。これも驚きですね。
普通だったら、食事や身の世話という話が第一にでてきそうなものなのに、朝のお勤めが第一にでてくるのだから。
また、じいちゃんは普段から自然と「ナンマンダブツ、ナンマンダブツ」とお念仏が口をついてでてきました。
じいちゃんが幼い頃、長崎の村では、それはそれは念仏が繁盛していたのだそうです。
だから、じいちゃんの生活は念仏の生活でした。
人柄も、魅力あったのでしょう。家族親族からずいぶん親しまれ、尊敬されてもいました。
その後、残されたじいちゃんの子供である娘さん夫婦は、じいちゃんと同じ道を歩みたいということで、
毎朝正信偈をあげられてます。相続ですね。
毎朝じいちゃん夫婦のお勤めを聞いていたからでしょう、すぐにお勤めできるようになりました。
また、じいちゃんの最晩年に誕生した曾孫さんは、今では仏壇参りが趣味なのだそうで、おりんにチンチンやって
お参りしているのだそうです。まだ3歳くらいの子でした。
本当の念仏の生活とは、近くにいる人を巻き込み、憧れを抱かせ、そしてその方々の道しるべとなっていきます。
手本なのです。
念仏の生活は、人生に芯ができ、安心と余裕が生まれます。だからこそ、やさしさに繋がっていくのでしょう。
念仏に生きる者は、誠に人を思いやれる人生を歩むことができるのでしょう。
身近な家族親族が、その生き方に憧れ、そして尊敬しているのだから、それこそが証明です。
じいちゃん亡き後、別の親族の方が私に話してくれました。
「私もじいちゃんと同じように生きたいけど、なかなかできない。だからせめて死んだら同じお経で往きたい」と。
念仏の生き方は、なかなか大変な道でもあるのです。
毎日の歩みだからこそ、大変と映るのでしょうね。

追い込み

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こんばんは 副住です。
昨日はブログを忘れてしまいました。
というのも、年末に大掃除を行いたいので、猛烈な追い込みで
雑務をこなしているのです。
やっぱり目が疲れるのでしょうかね。
昨日は、夜にフラフラになりながら、就寝しました。
でも、今日も頑張ったおかげで、雑務はほとんど終了。
残すは、浄土真宗本願寺派が決めている東京教区というエリアにあげる報告書。
A4で5枚程度、綴らねばなりません。
これが今後しいなくてはならない作業。
一日で終わりますが、明日と明後日で雑務をすべて終え、
29日に書斎の大掃除をしたいと思っています。
今年もあと少しだ。

今日の雑務

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おはようございます。副住です。
年末に近づくのですが、やることだらけ。
何とか、30日までには、諸々終え、自分の時間を持ちたいですが、
ちょっと難しいかな。
今日はJCの総務広報担当なので年賀状300通くらいを作成し、明日までに出せれば。
プリンターで印刷中、JCの1月総会の総会資料の作成。
その合間に、若干の部屋片付け。
そして、総合研究所の業務報告書を整えて、諸資料(30枚程度)をPDFで取り込んで
完成させ提出せねばなりません。
続けて、夜はJCアワーというケーブルTVの1月放映の撮影をしに出かけます。
(私は撮影する側で、カメラまわします)
それらを今日、終えねばなりません。
終えられないと、持ち越すんだよな。
こんな雑務ばっかり。
お寺の本務に本気でとりくみたいのですが、受けてしまった役割なので、やるしかない。
雑務への愚痴でした。

大掃除

投稿日: コメントするカテゴリー: 日記

こんにちは 副住です。
今日はJC会館の大掃除に行ってきました。
お寺でもご法事が勤まりましたが、住職に無理をいって、お願いしてしまいました。
しかし、自分の書斎の大掃除もできないのに、JC会館の大掃除をするって・・・
でも一生懸命掃除をしてきました。
不思議ですね。大掃除を終えてメンバーが発した一言は「気持ちがいいね」でした。
お寺では掃除をよくするので、「気持ちいい」という感覚は、私はわかりません。
むしろ、毎回よく汚れるな。と諸行無常を感じます。
だって、昨日掃き掃除しているのに、翌日はもう汚れているし。
掃除はお寺でも基本ですが、なぜ基本となるのかな?と考えてみると、
自分の体験を通してですが、毎日掃除をすることで、「移ろい」がみえてくるのです。
同じ状態なんて、ひと時もありません。
私は主に外の掃き掃除を通じて、「移ろい」を体感します。
キレイにした次の瞬間、落ち葉が落ちてきたり、風が吹いて、ゴミが散ったりするので、気が気ではなくなります。
最近では「なるがまま」に逆らわない気持ちが大事だと、そんな心を掃除から学びました。
いくらキレイな状態を保とうとおもっても、自然は私の思う通りになってくれないのです。
掃除は奥が深いのです。

師走

投稿日: コメントするカテゴリー: 日記

こんばんは 副住です。
昨日は休んでしまいました。
今日は朝からプリンターが故障してしまい、年賀状の用意もあったので、
急いでお店に買いにいきました。
その後、西照寺で先輩と会議を行い、続けてJCの会議。
バタバタと動いていたら、ブログもこんな時間に。
年末は本当にバタバタです。
明日は祭日なのでご法事が勤まりますが、朝からJC会館のお掃除です。
今日はちょっと、一日の報告となってしまいました。

結婚観 

投稿日: コメントするカテゴリー: 日記

こんにちは 副住です。
昨日の結婚の話に続いて。
(コメントをいただきました。ありがとうございます)
親鸞聖人の結婚には、法然聖人の勧めがあったことは事実です。
当時の常識を無視して、僧侶が結婚したのです。
そこには大きな決断があったに違いありません。
そこに私は、法然聖人からの勧め
「結婚することで、念仏が繁盛するのであれば、結婚すればいいでしょう」的な
勧めがあったと捉えたいのです。
ここに、浄土真宗の僧侶が結婚していく理由をみたいのです。
結婚するのに、親鸞聖人と同じような大きな悩みを経て、結婚しただろうか?
そんなところって、大事なことだと思います。
それを私に当てはめてみて、この10年はどうだっただろうか?
結婚する時は、それほど悩んでいないです。
では10年での生活はどうか。
独身時代のような自分勝手なリズムで生活できませんし、思うようになりませんね。
念仏は間違いなく繁盛してます。
親鸞聖人のように、奥様を菩薩の化身と理解できているでしょうか?
残念ながら、そこまでに至っておりません。
まだまだいただきが足りないようです。
さてさて、今日はご門徒Sさんのご法事が勤まります。
あれから1年が経過するのです。早いな。

親鸞聖人の結婚 玉日姫

投稿日: 1件のコメントカテゴリー: 日記

こんにちは 副住です。
うぉ!一昨日が結婚記念日でした。
覚えていたのですが、ブログで綴ることは忘れていました。
結婚して10年になりました。
親鸞聖人は、僧侶として結婚された最初の方だったと思います。
師の法然聖人からの勧めによって、結婚されたと伝えられています。
法然聖人からの勧めは、間違いなさそうですが、そこに2説があります。
1つ目の説は、親鸞聖人が、師の法然聖人に、自分の悩み(女性を想う気持ち)を告げたそうです。
すると、法然聖人は「結婚することで念仏が繁盛(すすむということ)するなら、結婚したらよい。
結婚することが、念仏の邪魔になるようであるのなら、結婚すべきではない」(要約)と告げられ
親鸞聖人は結婚に踏み切ったとの説です。(こちらが有力)
2つ目は、法然聖人を尊敬されていた、当時の摂政であった九条兼実(当時の誇称は月輪殿)が
「煩悩を持ったままでも、浄土に往けるとの教えは誠か?」と法然聖人に聞いたそうです。
法然聖人は、「本当です」と答えられました。
そこで、九条兼実は「そうであるならば、証明してほしい。あなたの大事なお弟子と私の娘を結婚させてみてくれ」
と言われたそうです。(当時は僧侶が結婚することなんてありえません。戒律があったし、常識的にあり得なかったのです)
(でも、結婚してなくても、夜に僧侶が女性のところに趣いていたという説もあります)
そこで、法然聖人は親鸞聖人を呼び出し、九条兼実の娘である玉日姫と結婚させることとなった。という説です。
こちらの説は、少数派。
因みに、西照寺の近くにある「つきのわ」という駅は、九条兼実の誇称、月輪殿が地名になったので、
そこからつきのわ駅と命名したらしいです。
(ここには、九条兼実の荘園があったのだそうです)
さらに、「つきのわ」がある滑川町の福正寺さんというお寺さんは、玉日姫が生まれた場所と伝えられています。
今度、調査に行ってみようと思いますが。
ただし、玉日姫は九条兼実の子供ではない という説があるのです。
九条兼実は『玉葉』という日記を書いており、そこに、玉日姫の記録がないのです。
また、当時の九条兼実の血脈系譜の記録に、玉日姫の存在が書かれていない。
そこで、玉日姫が九条兼実のこどもではない という説が強くなり、2の説が少数派となっているのです。
でも、火のないところに煙はたたない。 「つきのわ」という地名と、玉日姫の生誕場所と言われる
お寺がある以上、なにかしらの理由があるのだと思います。もはや想像の域。
これは私の勝手な推測ですが、九条兼実が「つきのわ」という所に来て(自分の荘園を見に来たとか)、
ちょっと悪戯してしまった結果、玉日姫が生まれたのではないか?という西照寺副住説。新説。
そもそも、京都にいる摂政(内閣総理大臣みたいな国を代表する権力者)の九条兼実が、埼玉に来るはずがないでしょう。
なぜ埼玉のこの地に、荘園があるのでしょう? きっとそこには比企一族と関係があるのではないかと想像します。
比企一族が土地を寄進したとか。有力な一族からの寄進となれば、九条兼実も断れない。
そこで、一度、仕方なく現地を見にいって、そこで歓迎されてもてなされた。
結果、玉日姫が誕生する。
しかし、記録にとどめるわけにもいかず・・・ってな感じです。
そう考えると、2の説もまんざら否定しきれない。
想像を豊かにして、綴ってみました。
私の結婚の話から、だいぶ脱線してしまいました。