日記

平常運転

おはようございます。住職です。

ようやくの月曜日。今週からは、ようやく平常運転のスケジュールとなります。

3月上旬のインフルエンザ感染もあって、3月は非常にスケジュールが詰まっていたので、

平常運転のスケジュールは、2月以来となります。

因みに、私の平常運転のスケジュールというのは、時間に追われることがありません。

次々と予定に追われて、時間を気にして動く!というパターンから解放された状態。

さらに言えば、もちろん予定はありますし、時間も決まっている(会議など)業務ですが、

次々と詰まっている状態ではありません。そして、比較的自由が利くスケジュールです。

例えば、午前中に会議があって、午後からはフリー(自由に仕事ができる)。そして夕刻に

打ち合わせ。みたいな感じです。フリーの時間では、もちろん遊んだっていいし、休憩しても

よいのです。でも、私はこのような生活が基本となっている為、休むことはあまりしなくなりました。

学生生活が長かったこともあって、特に大学院(博士課程)などに行くと、一週間で講義は1コマ。

ゼミだけとなるのです。そうなると、ほぼ一週間は休みみたいなものなのです。

そんな生活が博士課程は3年間続くのです。

こんな生活だと、自分で自分を正していかないと、いくらでも怠けられます。

しかし、博士課程に進学するような人間は、研究の為に進学しているわけですから、自由な時間があっても

さほど遊びません。むしろ、研究に時間を費やすわけです。だからこその自由が与えられているわけです。

だからこそ、博士課程まで進学している人は、労働市場では使い物にならないのですね。

だって、自由な生活(自分でやりたいようにやる)を過ごしてきたので、決められたスケジュールで動く

事が苦手になってしまうのです。

例えば、出勤退勤時間は兎も角としても、仕事内容も自分が納得できない事は、あまり興味が湧かないし、

おそらく、興味が湧かない仕事に対して、疑問をもってしまうタイプが多いと思うのです。

しかも、仮に博士課程を終えてから新入社員になったとしても、他の新卒と比べて年齢もかなり上。

つまり、新卒(大学)入社4年目の社員さんよりも、年齢は上になってしまうのです。

さらに、性格もこだわりが強いわけで、面倒なのですね。だから、博士課程まで進学している人は、労働市

場では使い物にならないと判断されやすいのです。専門職であれば別ですが。

私もそのパターンなのです。西照寺という、戻れるお寺があったから、現状そうなっているのですが、

だからこそ、私の今の生活パターンがあるのです。

つまり、自由な時間が多いのが平常スケジュールなのです。でも、自由な時間が多いからといっても、サボ

っているわけではありません。自由に自分のやりたいように調べものや考え事、さらには自分で自分の仕事

を作って進めているわけなのです。

そんな生活を20代後半から続けてきているので、むしろ休み方がわからなくなってしまったのです。

休みだとしても、何かをやろうとしてしまうのです。なので、インフルエンザみたいな病気にでもならない

と、ジッとしていられないし、旅行にでも出かけないと、書斎に入って仕事をしてしまうのですね。

だから逆に休めないんです。自由な事をやっていていいな!と思われるかもしれませんが、確かにその一面

はあるとは思いますが、自分で責任を取らねばなりません(怠けたら淘汰される)から、いつも危機感と

隣り合わせなので、休めない!というプレッシャーの中にいるので、全然楽だとは思えません。

さて、今週はようやく自分の仕事が少し進められます。

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