日記

生きるということ

こんにちは 住職です。

昨日は暖かく、今日も同様です。ここまで来ると、もう寒いと感じる日はさほどないでしょう。

私は毎年、GW頃にはストーブもコタツも仕舞っていますが、今年はもう仕舞ってもよいのかも!と

思ってしまう程の暖かさです。寒いのが苦手な私としてはとても嬉しいです。

さて、ご門徒のHさん(嵐山にお住まいだった)がご往生され、明日がご葬儀となります。

法話会にもよく来てくださり、親鸞聖人の教えを喜ばれておられました。とても熱心なご門徒さんでした。

真面目だけどおちゃめな一面もあったHさん。大変お世話になりました。

近年のコロナ禍に入ってからは、お寺にお越しくださらなくなっていました。

人伝えに伺ったことが、倒れられた!との事でした。

連絡もとれなくなってしまい、きっとご入院されていたのだろうと推察していました。

残念ながら、先日お寺に訃報が届いてしまいました。

私の年齢になってくると、知っている方(ご門徒含め)が残念ながら次々と亡くなっていかれます。

寂しい限りです。特にお寺という環境に身を置いていれば、訃報を知ることが多いのです。

まだ50歳手前なのに、そんな事を体感する環境に身を置いています。

これが諸行無常の現実世界なのか。としみじみ思えてしまいます。

だからこそ、有限である自分の命を実感できます。本当にそう思えるので、出来る限りの事をやってみよ

う!とも思えます。

そう考えると、死を考える機会があればこそ、生を意識できるのかもしれませんね。

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