おはようございます。住職です。
昨日は西照寺でのご法事を勤めた後、久喜市にある西願寺さまに行ってきました。
ご法話の依頼を賜っていたからです。ご法話は1時間。
私個人の見解ですが、1時間は今の時代で言えば、ちょっと長いような気もします。
私の感覚だと、だいたい関東では40分程度が皆さんのご様子を見ていて適当なのかな?と
思ってみたり。もっとも個人的見解です。
これは、普段から、そのお寺様がどの程度の時間をご法話にかけているのか?という事にも
よりますね。お参りの皆様が、そのお寺様でのご法話時間に慣れていれば、1時間は普通になります。
ただ、あまりご法話を聞くことに慣れていない方の場合、1時間は長いと感じられるかもしれません。
もちろん、話の内容も大きく関係することでしょう。
因みに私はこれまでの人生の中で、一番長い時間ご法話時間は、合計ですが7時間です。4日間で。
これは山口県の周南市にあるご寺院に、ご縁があって呼ばれて訪ねた事があるのです。
山口県は熱心な浄土真宗のご門徒が多い地域です。浄土真宗では報恩講という大事な法要があるのですが、
山口のお寺様では4日連続して法要が勤られていたのです。毎年の事です。昔からの慣例でもあるのです。
私が訪ねた際は、初日は夜の法要(ご法話が1時間) 2日目は昼の法要(ご法話が40分×2)と夜の法要
(ご法話が1時間) 3日目も昼の法要(ご法話が40分×2)と夜の法要(ご法話が1時間) 4日目が
昼の法要(40分×2)で終わり。というものです。
それぞれの法要では、ご門徒様がお寺に集って住職と共に読経を勤め、その後にご法話が始まります。
初日から4日目まで毎法要来られるご門徒もおられれば、都合に合わせて来られる方もおられます。
ですから、同じ内容のご法話はできません。すべて違う内容。
初日から最終日までのご法話時間は、合計で7時間でした。
これが私が一番長くご法話させていただいた時の経験です。30代前半の頃でした。
ですから、1時間のご法話といっても、話題などにはさほど問題ないのですが、お話する場合に、
私が悪いのかもしれませんが、どうしても、聞いておられる皆様方の反応を見ながら話しを進めて
しまうのです。
昨日は、20人~30人のお参りがあって、読経の後にご法話です。
当然、中には話の途中に眠ってしまわれる方もおられます。昨日は約1名、そんな方がおられました。
全然問題はありません。そもそもご法話は、仏法の話ですから、面白くする必要はありません。
しかも、お彼岸で昨日は暖かい日となり、本堂の中も、ストーブが付いており、適温。寝るにはちょうど良
い感じなのです。そんな条件が整っていながらも、1人しか寝ていなかったのだから、逆に驚きです。
仏法の話というのは、そもそもが退屈なので、眠たくなるのです。興奮するような話ではないのだから。
ですから、話し手としても、眠ってしまう人が居られても特に気にする必要はないのです。本来は。
だけども、人間ですからね。なるべくわかりやすく、なるべく退屈させないで、などとどうでも良い部分に
気を遣ってしまうのですね。私の場合。ここが難しいところです。
ですから、聞いておられる皆様の反応を見ながら話を進めていくのです。
因みに、西照寺では彼岸会の法要の後のお話は15分から20分程度にしているのです。意図的にです。
ご法話を聞きなれていない皆様が多い為、もうちょっと聞いても良い!と思ってもらえるであろう時間で
終わらせています。
西照寺での場合、読経が終わってご法話に移る前に、もしご予定がある方は、どうぞ抜けてくださって大丈
夫です。と言っています。
強制的に残らなければいけないような雰囲気を減らしたいからです。
数年続けていますが、15分から20分程度の話がパターン化してくると、皆さま聞いてくださいます。
残ってくださるのです。ですから、仏教の話は面白くはないのだけど、皆さま関心を示してくださっている
と思います。笑えるような話はありませんが、仏教の話は通じるのだろうと思うのです。
20分程度の時間であれば、現代の人も聞いていられることは、私の経験から確かだとも思うのです。
しかし、これが1時間に延ばしてしまうと、ちょっと難しいような気もします。
適度な時間はどの程度なのか?
今の私は20分前後程度が、丁度良いのかも!?と思っているのです。
もちろん、当然話の内容にも多分に影響されると思いますが、今の私の場合は20分前後が良いのかもしれ
ないと勝手に思っているのです。