今月の法話

投稿日: カテゴリー: 法話

おはようございます。 副住です。
今日は法話を載せようと思います。
“ゴミ箱”不要な物を入れる箱である。
京都の天龍寺に行った時、そこでは「護美箱」と記してあった。
“美を護る箱”と読むと分かり易い。
消費社会の日本では、当然の如くゴミは邪魔者として扱われる。
しかし、よくよく考えると、ゴミがあるから“汚れ”に気付き“汚れ”があるから反対の“美しさ”が分かるのである。
「美しさを護る箱」その陰にはゴミという“汚れ”が隠されてある。
本当の美しさがわかるのは、ゴミという陰にも視点が注がれた時であろう。
その時、ゴミはお陰様として頂けるのである。
ふと私達の生活を振り返ってみる時、“美しい”や“汚い”の区別を超えたお陰様の心が頂けているであろうか?
恥ずかしながら、自己中心の一方的見方しかできていないことに気が付くであろう。
まさに無明煩悩の我が身であることを傷むべきである。

新東松山斎場のご利用

投稿日: カテゴリー: 日記

おはようございます。 副住です。
本日は晴天に恵まれました。久々に暖かな日差しを体感しています。
日曜日だし、ご法事があるので、晴れていると気分的にも落ち着きますね。
さて、今月は新東松山斎場のご利用が多いです。
電話での空き状況のお問い合わせもあり、ネットでの予約システムがそろそろ必要となってきている予感。
人が亡くなることは悲しいことですが、使用したいとの声をきくと
場所的に必要とされていたのだろうと思います。
皆様に言っていただけるのは、使いやすいとのことです。
その声だけを聞くと、良かったと安堵するのですが、
欠点や改善点もあるはずです。
来月からは予約システムも稼働できるでしょうし、
アンケートもとっていこうかなと思います。

あてのない話

投稿日: 1件のコメントカテゴリー: 日記

こんにちは 副住です。
雨もあがり、週末からは晴れのようです。
月曜まで、少し気温があがらないようですが、暖かくなるのはもうすぐだとか。
日曜日、晴れるみたいですね。気温が上がってくれればいいですね。
さて、ご門徒がホームページの立ち上げを宣言されてから一ヶ月とのこと。
はやくアップしちゃってください。まずはブログからと申されております。
これにリンクを貼ったりできるのですかね?
さて、ご門徒に続いて私も宣言をしちゃいます。
副住。一般向けに本を書こうかと思い立ちました。
漠然と160頁くらいを考えたのですが、文字にして10万文字。
かなり大変だと思ってます。
もちろん、すぐには書けません。別にオファーがあったわけでもありません。
40過ぎくらいの完成を目指します。最悪自費出版になるかもしれません。
しかし、やらなきゃいけないので、今から準備します。
行動に移さねば、なかなかできないことだらけです。
いつまで生きられるかわからないので、急いでいます。
あと、一生勉強だと思います。(勉強といっても、心の勉強が大事だと思いますが)
もちろん息が詰まるので、遊びも大切です。
いろいろなことを一生懸命できることは嬉しいことです。
メリハリをつけながら、気負いしない程度を心がけ、日々の生活を続けていきます。

自分のすべきこと

投稿日: 1件のコメントカテゴリー: 日記

こんにちは 副住です。
本日はお彼岸の最終日。ですが、とても寒いです。
また冬に逆戻りですね。
先日からより勉強をしなくては、との想いにかられ、まずは業について
本を読んで調べてます。
先日のシンポより、宮崎さんに「生死の意味を明らかにすることこそ宗教者の役目である」
言われてしまいました。だいぶ心に響いたようで、私の役割がはっきりしたような気がしてます。
・・・すると、思い返すと実力が足りないことに気がつきました。
なので、より勉強というか、生死の意味を伝えられるように自分を深めることに重きをおきながら
残りの人生を歩めたらいいなと思って本を読んでいます。
少し、心に火がついたようです。
いつまでもつのかわかりませんが。
またご報告いたします。

お彼岸参り

投稿日: カテゴリー: イベント日記

皆様 こんにちわ 西照寺の住職です。
今日は暖かいとのことでしたが、曇っていたので然程暖かさを感じませんでした。
明日は雨で寒いようで、冬と春との季節の押し合いのような日々が続きます。
果たして桜はいつ咲いてくれるのでしょうか?
お彼岸も明日で終わりです。今年のお彼岸もお墓参りが多かったです。
ありがたいことです。

春の気配が弱いですね

投稿日: カテゴリー: 日記

こんにちは 副住です。
今一、春の気配が弱いこのごろですが、お彼岸のお中日も過ぎ
ホッとしているところです。
今日もお参りに来られる方が多く、ありがたいことです。
風が強いのが難点ですが、今から外作業をしにいこうかと迷っています。
因みに明日はブログでご法話を載せようと思います。
ブログの欄に法話欄があるらしく、そちらに載せることとします。
始めて欄に投稿する形となるので、上手くいくのかわかりませんが
とりあえずやってみます。
法話はすでに3回載せているような気がしますが。

お彼岸(ご先祖を偲んで)

投稿日: カテゴリー: 日記

皆様 こんにちわ 住職でございます。
本日はお彼岸のお中日。
晴天に恵まれ、たくさんのお参りをいただきました。
ありがたいことです。
さて、彼岸とは彼の岸(かのきし)と書きます。
私たちの生きる世界は此の岸(このきし)です。
つまり彼岸とは、亡くなられた方の往かれた世界。
浄土真宗で言えば、お浄土に想いをよせ、お参りする時なのでしょう。
昨日の副住のブログにあったように、死の意味づけをいただく日ということでしょう。
死の意味づけをすることで、生の意味づけが明らかとなる日でもあります。
お彼岸は年に2回あります。
そう考えるとお彼岸とは、生きていることの意味づけを確認させてくれる日ということでしょう。
ご先祖や亡き方が、私たち生きているものに与えてくれた機会を大切にいただきたく思います。
合掌

なぜ葬儀は必要か(葬儀の意味)

投稿日: 1件のコメントカテゴリー: 日記

こんにちは 副住です。
昨日はシンポジウムの日でした。築地本願寺のご本堂にて行いました。
私が司会をさせていただきました。400~500名の方がきてくださいました。
シンポジウムという性格上の問題もありましたが、
個人的には納得がいきませんでした。もっと上手く進行すべきでしたし
大切な部分をもっと言えるよう整えられたらと後悔があります。
さて、シンポジウムの要点を記載しようと思います。
講題は「なぜ葬儀は必要か」とのものでした。
一点目のポイントは、葬儀の前提となる人の死をどう捉えるかという問題です。
宮崎哲弥さんのご発言では、
「死というものを合理的に意味を明らかにすることは、現代の科学や知性をもってしても無理である。
もし、死に意味づけできるものがあるならば、それは宗教の力である」とのことでした。
死の意味づけがなぜ必要であるのかを問うならば、そこに生の意味づけが明らかとなるからであります。
例えば、食物を食べて、美味しいと思うには、まずいことを知らないと 本当に美味しいとわかることがありません。
それを生死にあてはめるならば、死という意味がわからなければ、生の意味もあやふやとなってしまうでしょう。
つまり、人は死の意味づけができる時、同時に生の意味が明らかとなり、そこに生き生きとした人生が展開してくるという側面があるのです。
現在の葬儀には、宗教者からの死の意味づけが欠落していってしまっている。そこに儀式の形骸化があり、悲劇があるのだとご指摘くださいました。
自分の宗教をもつことは、死の意味づけを与えられ、生の充実感を得るために大切なことであり、
そこが上手くできていないとすれば、日本の葬儀が意味をなさないとご指摘くださいました。
二点目のポイントです。葬儀の儀礼ということについてです。
釈さんにご発言いただきました。
葬儀の儀礼とは、ネアンデルタール人であった時から、人間の営みとして行われていたとのことです。
つまり、宗教よりも古くから 葬送儀礼は行われていたというのです。
その儀礼の役割とは、「人の死を受け入れていく為のもの」とのことでした。
儀礼を通して 故人の死を受け止めていける作用が、文化を問わず人間の営みとして行われてきたのです。
従って、「なぜ葬儀は必要か」との問いを持つこと自体が、人間のもつ営みから外れていく、不思議な問いであるとのことでした。
上記の二つのポイントが「宗教が果たす葬儀の意味」とまとめられましょう。
補足としてですが、葬儀の儀礼だけが、死を受け止めていくことにはならないとのことです。
仏教でいえば、以後の49日やご法事、月参り(故人の命日に毎月僧侶が自宅のお仏壇でお参りすること)などの
儀礼を通じて、徐々に死を受け止めていくことができるとのことです。また、そこに宗教者が関わることによって
死の意味づけに導き、生の意味を充実させる役割があるとのことです。
そのような意味では、普段から宗教者との関わりをもっていくことが、葬儀の意味を明確にすることとなるとのことでした。
最後に、信頼できる宗教者と出会うためにはどうしたらいいのか?とのご質問があがりました。
宮本さんの答えとして、お寺によっては開かれた活動をしているところもあります。
その場に参加することで、住職の性格や人柄を知ることができます。
そのような場に参加してみることも一つの方法だと思います。とのことでした。
また、お寺もより情報を発信し、皆さんに知ってもらえる努力をしないといけないとのことでした。
西照寺もまずは、ブログを主とし情報を発信していこうと思いました。

なぜ葬儀は必要か

投稿日: カテゴリー: 日記

こんにちは 副住です。
今日は築地本願寺にてシンポジウム。司会進行をします。
宮崎哲弥さん、釈徹宗さん、宮本義宣さん、佐伯美智子さんがパネリストです。
~なぜ葬儀は必要か~との題目にて議論をしていただきます。
曇りだから、出足が心配ですが、15時~17時半までおこないます。
頑張ってこようと思います。
それでは、行ってきます。

お彼岸入り

投稿日: カテゴリー: 日記

皆様 こんにちわ 住職です。
一昨日、副住から怒られました。しかし、法話会で話してたと聞いたので、書いてもいいのかと。
でもお尻の痛みもなくなったようですし、良かったですね。
ご門徒の方からも、メッセージが入っておりましたよ。
みなさん、ご心配をおかけしました。
しかし、コメントがたまに入ると嬉しいものですね。
見てくれているんだ!ということがわかります。
今日からお彼岸に入りました。
今日は雨なので、少し寒いですが、暑さ寒さも彼岸までといわれます。
そろそろ寒い日も終わるのでしょう。ホッとしますね。
B型インフルエンザが流行っているようです。
皆様お気をつけください。