京都の大雪 それでもお参り

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こんにちは 副住です。
三ヶ日が終わりました。4日目になると、お正月気分から平常に戻りますね。
(もっとも、私は年末に親しいご門徒が往生され、元旦からお参りなどでお正月気分は吹っ飛んでいましたが・・・)
京都では、60年ぶりの大雪で22センチの積雪だったとか。
昨年2月に関東も60年ぶりの大雪だったので、同じようなことが京都でも起こったのです。
私は京都に10年住んでいたので、とても懐かしく思いました。
当時京都では、お寺のお手伝い(法事や月参りなどのお参りを忙しい住職に代わって行うのです)をさせていただいておりました。
スクーターでご門徒のご自宅までお参りに行ってたので、京都の地理には随分詳しかったです。
(不思議なことに、時間がたつと忘れるものです。今ではだいぶ分からなくなっています)
そんなこともあって、住職の忙しさは知っています。毎月2日のみ休み。あとは全てお参りなどフル稼働なのです。
ですが、60年ぶりの大雪と聞いたので、さすがにバイクも走れないだろうと思い、電話をしてみました。
結果、3日もお参りに行ってたそうです(笑) 凄いな住職!
さすがに、山側にあるご自宅は雪深くバイクでは無理だったようで、車で行ったのだそうです。
お寺の坊守様が電話で教えてくれました。
さすがプロ。拍手(笑)
そんな話を聞いて、刺激を受けました。
頑張ります。
さて、今日はご門徒のお通夜です。
毎月法話会が行われた別院で行います。
ご門徒にとって、思い出深い場所だったようです。
法友(ホウユウ・・・教えで繋がった仲間ということ)の皆と共に、正信念仏偈を読経しようと思います。

同期会 (笠原諭先生)

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こんにちは 副住です。
今日は、特別に私の個人的なことを綴ってみようと思います。
10年ほど前から、新年2日目に、東松山市立北中学校(私の母校)時代の同期会を行っています。昨日も行いました。
この会の由来は、今を遡ること15年ほど前のこと。
私の友人が、中学時代に特に仲がよかった友人に呼びかけ、年に数回集まっていたのです。
当時、私は京都に住んでいたので、実家に帰省した時や、時には友人が何人も京都まで遊びにきてくれ、集まっていました。
6年間ほど、メンバー10名程度で、年に2~3回くらい集まっていました。
その後、私が埼玉に戻ってきた頃から、友人は幹事が面倒になったようです。(仕事の関係とか色々とあったのでしょう)
そこで、私が幹事を引き受けることにしました。これが今から9年ほど前のことです。
以来、年間2回(お盆と正月2日)、集う機会をセッティングしてきました。
また、呼ぶメンバーも拡大しようと、色々と声がけをし、一時は30名くらいの会となったこともありました。
(昨日は少なかった。12名でした)
毎年、会の時期が近づいてくると、皆に連絡をし、会場を押さえてきた10年でした。
正直、お盆やお正月はお寺も忙しいので、年を重ねるごとに、そんな雑務が面倒になったりしていました。
でも、中学時代の同級生との付き合いは、損得勘定もなく、役職も関係ない。
素直なことを言い合える、素晴らしい仲間です。
セッティングすることは、面倒なのですが、誰かがやらないと、このような会はなくなってしまいます。
なくなるのは、寂しいので、続けていこうとも思います。
最後にですが、私と小中学校が同じで、仲が良かった友人と昨日は話をして勉強させてもらいました。
その友人を紹介したいと思います。医者になった友人。
笠原諭先生
精神医学(認知行動療法)と仏教について話をしました。
とても面白かったですよ。現代の医学は、仏教が言っていたことを証明という形で表してくれている。
両者が組むことで、より互いを輝かせることができるのではないかと思いました。
今後、どこかで協力してもらおうかと思ってます。
因みに、笠原先生は腰痛に関する先生でもあり、「たけしの家庭の医学」にも出たこともあります。
その世界では、有名になりつつありますね。
腰痛でお悩みの方、ご紹介いたしますよ。

今シーズンは諸々早くない?

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こんにちは 副住です。
謹賀新年 2日目です。
元日の夕刻より、とっても冷え込んでいます。
少し体調もよくありません。
どうやら、風邪のひきはじめのようです。
咳が出始めました。
背中から肩にかけて、凝っているような痛みが出てるし、体力がなくなると、発熱するんじゃないかと不安です。
心身ともに、ちょっと疲れたのでしょう。
年末、年始は風邪に気をつけていたのですが、上手く調整ができなかったようです。
年末のご門徒役員のご往生で、ガックリきました。
冬は寒いし乾燥するのでインフルエンザや風邪が蔓延するし、本当に嫌な季節です。
今シーズンの冬は、暖冬とか言われていたのに、実際は 例年よりも寒いのだとか。
期待させないでよ!と思っているこの頃です。
さて、山口県では、鳥インフルエンザが出ていましたね。心配です。
妻の故郷の近くなのです。しかも妻は子供と帰省中。
今年は一人寂しく、年末年始を過ごしましたが、一人で入れた分、仕事に没頭できました。
(それでも、まだ半分近くしか終わってないのですが・・・)
宮崎県でも2例目が確認されたようです。
今シーズンはインフルエンザも流行が早かったし、鳥インフルの確認も例年よりも早いそうですし、
寒くなったのも早かったし、雪も早かった。
暖かくなるのも早ければいいのにな。

新年 今年の抱負 今後のお寺 お寺に期待されること

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新年、明けましておめでとうございます。
2015年を迎え、気持ちが引き締まりました。
今年の元日は、西照寺では風が強く、特に西日本は大荒れの天気となっているようです。
天気はいいのですが、風が強いので、お参りに来られる方も例年よりは少ない出だしです。
何よりも、寒く感じられます。
例年、3ガ日は住職を含め、寺にいることが多いのですが、今年は慌ただしくなりました。
ご法事は西照寺で明日から連日勤まりますし、その他、お参りで外出もせねばなりません。
元日から、お参りで外出することは、これまであまりなかったように思うのですが・・・いや、待てよ。昨年の元日も同じようなこと書いていた記憶がありそうな、なさそうな・・・
過去の元日ブログを見れば実際がわかりますね。(あとで確認してみようと思ってます)
さて、今年は西照寺の方向性が具体的に明らかとなりそうな気がしてます。
ここ数年、同じようなことを年末や年始のブログに書いるような気がしますが、ようやく一つの道が見えてきたように思います。
これまで、模索をし続けながらも、具体的なことが見えてこないままでした。
(もしかしたら、過去のブログには、具体的に見えてきた!などと書いてあるかもしれませんね(笑)
そうだったら、今はそれよりも具体的に見えてきたという意味です。)
しかし、この流れが変わってきました。
色々と考えながら、そして周りや時代をみながら、また余計なものを削ぎ落としながら。
西照寺として打ち出していきたいビジョンがでてきたのです。(かなり具体的に)
ただし、皆さんに打ち出せる言葉としては整っていません。これから言葉を整えていく作業が残っているのです。
言葉は大切ですから、このビジョン(想い)を可能な限り言葉に詰め込みたいのです。その為には、想いを極限まで純化させる必要があること。
余計な想いを挟み込まない。余計なものは削ぎ落としていく。
その境地に、皆さんに分かりやすいような、可能な限り完結でシンプルな言葉が見つかるのだろうと予想しています。
そこに至るまでには、もう少し時間がかかるかな。
ただし、想いは具体的ですので、今後は純化させる段階に入っているのだろうと個人的に思っています。
さまざまな活動を通じることで、ようやくここまで至ることができたように考えています。
おそらく活動をしてこなければ、こんな風に思わなかったでしょう。
頭だけで考えて、動いてこなければ、想いを抱くことができなかったかもしれません。
ここ数年、自分で動くことを通じて(苦手だった)、頭で考えていたことと、現場の体感とが結びついてきたのだろうと思ってます。
最後に、私が言うビジョンとは、大袈裟なことではありません。
むしろ、言われれば当然のこと。という程度のものです。(なんだ、そんなことか!と言われるようなもの)
しかし、これからは各お寺で、このような「当たり前のこと」の具体化と、それに伴う活動が必須になるのだろうと予想してます。
当たり前のことだけど、大切なものだ!と世間に主張できない。見せられない。(何でだろう?・・・それはたぶん、足元をしっかりと見れてこなかったからだと思うのです)
どうやらここら辺が、今後、お寺の必要性が問われるポイントになってくる側面なのだろうと思っています。
変化を求める時代です。だからこそ、お寺も変化をしなくてはいけないと思ったこともあります。
これはある意味では当然なのですが、最近は、「お寺の内実は決して変えてはいけない」もの。むしろ、「しっかりと護っていくべき」と思うようにもなってきました。
世間の求めが「変化」にあったとしても、「変化させてはいけない部分がある」ことを、むしろしっかりとお寺が教えていかなけらばならない。
必ずしも、世間の要求に合わせなければならないとは思わない。その時代の選択が、必ずしも正しいとは限らないのです。お寺はそれが主張できる唯一の場。
お寺には、一時代だけではない、多くの時代を紡いできた伝統があるのです。これこそお寺の最大の強みであろうと私は思います。
では時代の変化に合わせなくてもいいのか? 違います。変化には合わせる必要があります。要は「何を変化させるのか?」ということです。
私は「発信の仕方」なのかなと思っています。あるいは、お寺の「見せ方の方法」。
色々なことを学ばせていただきながら、現在は上記のようなことを考えています。
あとは、西照寺に上記をどのように当てはめていくのか これが私が今年、注力すべき最も大きな仕事となります。
「飛躍」「飛躍」とここ数年に書いていましたが、今年の西照寺は「飛躍」をしません(笑)
まだ「飛躍」なんてとんでもない。何もできていない。
ただし、ここ数年で それ以前よりも「発信力」はあがったかもしれません。
だって、少なくともブログを見てくださる方々に発信できているんだから。
但し、発信の仕方はもっと改良しなくてはならないのでしょう。
今年も西照寺ブログを続けていこうと思います。ご縁があったら、よろしくお願いします。

大晦日

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こんにちは 副住です。
いよいよ大晦日。
全くそんな気持ちになれませんが、でも明日は2015年。新しい年となります。
まだまだやらねばならないことが山積してますが、一度休んでおいて、浄苑のゴミ袋を変え、
新年に向け、幕張をしました。
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明日はいよいよお正月。
区切りをあえて意識し、気持ちを入れかえます。

ご門徒との別れ

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こんにちは 副住です。
今日は悲しい一日となりました。
大好きだったご門徒の一人がお浄土へ往かれました。
昨晩のことでした。11月の法話会にも足を運んでくれ、元気な姿を見せてくれていました。
12月に入り、急激に体調が悪化されたようです。
今日の朝、ご自宅まで臨終勤行を勤めにいき、ご遺体と対面、最後のお顔を拝顔してまいりました。
まるで寝ているようでした。
私の年齢になってくると、若い時分よりも異なった多くの年代の方と接するようになります。
より幅広い年代の方と接することで、愛着ある方との別れをいくつも経験するようになりました。
今回も寂しさと、もっと生きててほしかったという想いを痛感させられました。
人間としては別れてしまったので、そこの部分は寂しくて辛いですが、一方でお浄土に往かれ、仏様と成られたのですから
今後は仏様と人間という新しい関係を大切にしていきたく思います。

年末の体調管理

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こんにちは 副住です。
昨日から心を落ち着かせ、今日に至りました。
不思議なもので、年末の焦りがなくなって、今はとても落ち着いているというのか、年末の気がしなくなってしまいました。(笑)
さて、今日は午前中が雨だったので、助かりました。
予報では、雪かも知れないと聞いていたので、少し気にしていました。(ちょっとでも積もると大変)
積雪となった場合、私の車はスノータイヤではないので、身動きがとれなくなります。
しかも、西照寺の坂が凍ってしまうため、雪かきしないといけなくなります。(その時は、住職が喜びます。先日あれを買ったから)
そんな不安が、少しあったのですが、雨だったので、私は安心しました。
寒い一日ですが、風邪をひかないように、注意をしながら、過ごしたいと思います。
数年前ですが、2年連続でお正月に寝込んでいました。
インフルエンザと風邪だったと思いますが。
ここ昨年と今年は元気に過ごせそうです。
2年前は30日に外掃除をして、その夜から調子を崩したので、まだ油断はできませんが。。。

お坊さんが行う「心の整え方①」 仏教やお寺を通じて 

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おはようございます。副住です。
今年も残すところ、あと3日となりました。
毎年この時期になると、何故か焦りませんか?
仕事・大掃除・年賀状・年越しや新年を迎える準備、などなど沢山ありますし、時間に追われます。
私の場合、仕事と大掃除がなかなか終わりません。 
仕事に関しては、年内に終えなければいけないというものでもないのですが、区切りとして終えたいという気持ちがでてきてしまいます。
もちろん、仕事量的に終わらないので諦めてはいるのでが、しかし気が急くのです。
このように気が急くのは、年末(あるいは新年)に特別な感情を持つから、そのようになってしまうのでしょう。
年末や新年という区切りを意識しすぎる結果、諸々に区切りをつけたくなっているのです。
ある意味、区切りというのは大事なことです。
しかし、意識しすぎると、これが重荷になったり、悩みの種やストレスの原因になったります。
現在の私であれば、「間に合わない(仕事や大掃除が終わらない)」ことが、ちょっとしたストレスになっています。
頭では理解しているのに、心では納得できていない。
だからこそ、仕事が終わらないことを頭では諦めているはずなのに、心が納得できなくて、気が急いているのです。
だからこそ、心を整えるのって、とっても大事。
ここで私の心の整え方の1つをお教えしましょう。
私は仏教を学んでいるので、教えの知識があります。
この知識を体感に移すことを実践します。
いわゆる、頭で理解できていることを、心に染み込ませるのです。
その為には、まず心と向き合える空間が必要となります。
私的に一番望ましいのは本堂。仏様の前ということです。(仏教の教えともマッチするから)
(私の場合、寺の息子なので、常時利用できます。もちろん、どなたでも自由に使っていいのです。でも誰も使わないから、私は利用してます)
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仏様の前で、一人座り落ち着ける空間をつくります。(私の場合、少し暗めの方が好みです)
座り方はどうでもいいです。あぐらでも正座でも体育座りでも自由。(私の場合)
心が落ち着く座り方がいいでしょう。
深く呼吸をして、心を落ち着けます。
落ち着いてきたら、目を閉じて自分(の心)と向き合います。
(例えば、今回の場合であれば、「気が急く」という心)
ここで、仏教の知識が役にたちます。
仏教の視点から、私の心に対談をもちかけるのです。
(仏教の視点)・・・「時間は川の流れのように、留まることがない。毎日が継続なのに、どうして年末年始を特別視してしまうのだろう?」
(私の心)・・・「なぜでしょう?世間の雰囲気に影響を受けてか、一年に一回という特別感からか、心がざわつきます」
(仏教の視点)・・・「毎日が特別だね。それをあなたは今実感している。素晴らしいことだね。」
(私の心)・・・「・・・・・」
対談終了。。。目をひらくと仏様がいてくださる。仏様に自分を認めてもらえた気がする。
そこから、目を開け閉めしながら瞬間瞬間の特別感を体感していく。意識する。我が身に擦り込んでいく。
気づきを落とし込んでいく作業をします。(この作業は結構重要で、いずれ同じような悩みを持ったとき、体(心)で思い出していくこととつながります)
(これまで上辺だけで気が急いていたことを実感します。この作業を通じ、もっと底辺からドッシリくるものを感じ、安心に包まれます)(ここまでくると、気持ちがドッシリします。世間の雰囲気とかにも振り回されづらくなる)
これで終了。
要は、自分の心を確認してあげる。
それを仏教で受け止めてもらうことが大切なのです。
もちろん、上記は一例です。
悩みに応じて、仏教の視点からの対談は変わります。
ですから、この記事は「心の整え方1」とでもしておきましょう。
最後に、本堂に行けないという人も多いでしょう。
その場合はお仏壇だったり、あるいはもっと気軽な場所で仏様とご一緒する空間をつくってもいいかもしれませんね。
私は本堂が使えなかったりする場合があるので、書斎に仏様にいてもらってます。
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因みに、お香を焚くことも、心に変化を生じさせる1つのアイテムだと思いますよ。

心身ともに・・・

投稿日: カテゴリー: 日記

こんにちは 副住です。
今日は、朝から気分が沈んでしまう一日となってしまいました。
ここ2日ほど、遠方に外出する用事もなく、私の書斎で猛烈に溜まっている仕事をこなしております。
昨日も23時すぎまで書斎で仕事。そして今日も9時から現時点(15時半)まで、ほぼ休みなく続けているのですが、一向に先が見えません。
おそらく、今日のように毎日続けても、年内には終わらないでしょう。
きっと年末年始は書斎での仕事となるでしょう。
一応年末だし、今日と明日の法務が少ないので、住職に任せ時間をつくてもらいました。
それで、一気に仕事を進めているのですが、厳しい。そして、気分的にも下がっているので、尚厳しい。
もう目がシパシパしているので、今日のところは終えようかとも思うのですが、おそらく夜に再開することとなりそうな気がします。
今日は色々疲れたので、こんなブログとなってしまいました。

門松 

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こんにちは 副住です。
クリスマスを過ぎると、いよいよ年末だな と思わされます。
世間では、クリスマスに向けて雰囲気を整えていき、クリスマスが終わると、今度はお正月に向けた雰囲気を整えていきます。
2大イベントが続くので、師走は気持ちが賑やかとなるのでしょうね。
さて、今日は早速、ある会社(東松山市内 東平の製紙工場)の前を車で通過したところ、もう門松が置かれていました。
門松を見て、「おお!いよいよお正月だな」と思わされました。
近年、門松は見かけなくなりましたが、今年は株価があがったことも影響しているのでしょうか、比較的大きな門松が置かれていました。
そういえば、昔は車のナンバーの上あたりに、門松らしき貼っつけるものが流行していましたね。
近年はめっきり減って、見なくなりましたが。
あれも、何だかお正月の特別感を抱かせてくれるものでした。
景気が悪くなれば、わざわざあれを購入する必要もないのでしょうか、今ではなかなか見られません。
三が日の間、私は結構、あれを付けている車を探していたりしています。
希に見かけます。見かけたときは嬉しくなるのと同時に、あれを付けて恥ずかしくならないのかな!?と思ったりします。
今ではつけていることがとても目立つんだもん。(でも何故か嬉しくはなるのです)
皆さんは何か探したりしますか?