何もありません
皆様 こんにちは 住職です。
一昨日は雪、昨日は暖かな天気、今日は雨。忙しないお天気ですね。
私も忙しなくしたいのですが。
西照寺の周りの雪もすっかり溶けてくれました。
明日のご法事も心配ないですね。
今日は書くことがありません。
これで終わりにします。
皆様 こんにちは 住職です。
一昨日は雪、昨日は暖かな天気、今日は雨。忙しないお天気ですね。
私も忙しなくしたいのですが。
西照寺の周りの雪もすっかり溶けてくれました。
明日のご法事も心配ないですね。
今日は書くことがありません。
これで終わりにします。
皆様 こんにちわ 住職です。
先先日、私の予てよりの懸念事項であった問題が解決いたしました。
副住の記事にも書かれてありましたが、次期埼玉組を担う体制の中心が内定したのです。満場一致の内定となりました。喜ばしいかぎりです。
もう私などの老僧は後見人としての役目でしかないのです。
時代は変わります。今の激しい変化にお寺の世界も柔軟に対応していかねばならないことでしょう。
私も若かりし頃は、自分の感性で変化に対応してきたこともあったのです。
しかし歳を経れば、経験に裏付けされた感性は硬直化し、既に古い枠組みから抜けられないものとなっているものです。
もう時代の変化に応対できる先端ではない歳頃なのかもしれません。
だからこそ、下手な経験に頼らない若い世代の発想や、柔軟な感性が必要なのです。
そんな中に、暴走しないよう先人のアドバイスがあるのです。そのアドバイス的後見人に私の世代を使うのです。
次期埼玉組の中心は50才くらいであろうかと思います。(それでも、まあまあな歳なんだけど)
どうぞ埼玉組をよりよいものとしていっていただきたいと思います。
それと副住、これで本当に要職が回ってくるかもしれませんよ。頑張りなさい!(これは親御心です。父より)
こんにちは 副住です。
大雪です。大雪。
西照寺に大雪が降ると大変なのです。
実は西照寺境内までたどり着くには、長い坂を上ることとなっています。
坂は200メートルくらいあるのです。
実は坂の両脇には木々があって、冬の時期には日差しが当たりづらい所ができてしまいます。
雪が降ると、坂に雪が降り積もり、次第に凍る場合があるのです。
凍ったら大変、上れません。
また、雪が積もり易いのでスタッドレスを履いてないと
上れません。
どちらにしても、上りづらくなってしまいます。
今日はその不安な坂に雪が積もってしまいました。
明日、ご法事があるため、溶けるかどうか心配です。
午後から雨らしいし、明日は気温が高そうなので溶けて欲しいですけど。
さて、先ほど本堂から撮った画像です。

こんにちは 副住です。
嬉しいことに、ご門徒よりコメントが入っておりました。
祝200回と、それ以上に面白かったのは、
このご門徒、個人的なホームページを開設しようかと考えておられるようです。
このブログが刺激の一助となったのでしょうか(笑)
開設できるかできないかは不問として、知らない所で影響がでるとは面白いものです。
ありがとうございます。
さて、本日は大切な日。以前から綴っておりました次期埼玉組の組長(クミチョウではなくソチョウとよみます)
を内定する会議がある日のようです。
その長に住職の名前も上がっていた時があり、住職はそれを回避するため、様々な私案を巡らせておりました。
時には、息子の私を他の役職につかせ、自分は役回りを回避するようなシナリオまで作成していたようです。
発覚した時は、今まで以上に親子対立を激化させるものへと発展したものです。
しかし時は経ち、徐々に流れが変化してまいりました。
世代交代との声により、若手の就任を望む声が高まりました。若手といっても40~50代です。
その為、住職への注目はそれてきました。
そんなわけで住職は 早朝から張り切って会議に向かいました。
しかし・・・途中で車がパンクをしたようです。
あわてて 最寄りの駅までパンクしたままの車で向い、コインパーキングに駐車し
電車で会所に向かったようです。
先ほど、パンクした車を修理屋さんに運んでくれ!と指令がきました。
幸先が悪いなあと個人的に思っているところです。
さて、車を取りにいってこようと思います。
それでは。。
こんにちは 副住です。
7月に始めたブログも、本日で200回の更新となります。
記念ですね。ほぼ毎日、西照寺のメンバーにて更新を続けてきました。
最初は いつまで続くのか?と疑問をもっておりましたが、皆さまに支えられて
継続中であります。
いつまで続くか判りませんが、今まで通りに更新できたらと思っています。
さて、以下今月のご法話です。
以前、TVで「惰性的に生きている」と語る若者が増えたと報道されているのを目にしました。
生きる意味を見失ったり、向上心がなかったり、理由は様々なようです。
しかし根源的理由を探せば、人の「死」を見せなくなった日本の社会風土に原因があるのではなかろうかと思わされました。
お釈迦様は悟りの境地より、生きることは苦であると明かされました。
それは私達の世界が「四苦(生・老・病・死)」という苦しみを常に伴っているからだと説明されます。
つまり生まれた事が原因で、「老・病・死」の苦を成立させるのであるから、「生」も又苦であると言われるのです。
この様に「生」とは、常に「死」に向かって進み、常に「死」と隣り合わせなのです。
それはコインが表裏一体であるのと同様に、私達の生き方も「生死」がセットで考えられて初めて成立するのです。
「死」を考えなくなった日本で、本当の「生」を送れるはずがないと、仏教の教えをききながら頷かされました。
皆さま こんにちわ 住職です。
先日、ホームページを作成していただいているポケットキャッチさんに
永代墓(他宗でいう永代供養墓)のページを作っていただきました。
副住が浄土真宗の方に限らず、一般にも開放してたいと言うので任せてみました。
とりあえず宣伝の為、ホームページを作成したというわけです。
実は以前から西照寺の永代墓をご見学される方や、お電話にてお問い合わせいただく方がおられます。
ただ、決まりとして浄土真宗の方。もしくは法名をつけられた方など、限定がございましたので、
事情を判っていただける方にのみ、ご利用いただいていたのです。
副住の考えでは、厳しい限定を見直し、よりよいものを発信していこうとの想いのようです。
そこで、始めにホームページを作ってみたようです。
そこから西照寺ブログにも入れるようです。
より多くの方に 西照寺を知ってもらえたら嬉しいですね。
http://ohtani-joen.com/kuyou/
皆さま こんにちわ 西照寺の住職です。
朝から副住に最近私のブログが滞っている旨、指摘されてしまいました。
今日は書くつもりでおりました。そんな矢先に指摘されると気持ちも重くなります。
今日書こうと思っていたものは、朝のテレビでやっていたことです。
今年は梅が咲くのが遅く、サクラと同時期に咲いている状況になりそうだとのことでした。
珍しいこともありますね。毎年 梅が咲き 散った後にサクラが咲く。
そんな状況があたりまえであったのに、今年は両方咲いている。あたりまえではない状況になりそうです。
あたりまえでない状況と知ると、何故か注目してしまいますね。見方を変えれば、賑やかで楽しみです。
朝から自分の人間味を感じてしまいました。
こんばんは 副住です。
3日連続ですね。
先ほど帰宅し、チェックしてみたら住職も更新していないようですし・・・
本日は、浦和駅西口歩いて3分の所にあります、ご門徒が運営するカウンセリング養成研究所に行ってまいりました。
その名も浦和カウンセリング研究所。
私はそちらで、講座を持たせていただいているのです。もうお世話になって4年くらいになるのでしょうか。
研究所ではカウンセラーを養成するための講座も開催されております。
私の講座では、仏教の教えと内観ということについてお伝えしております。
カウンセラーとは、昔お寺でされていたような、悩んでいる方のお話を伺う職業です。
手法に大きな違いがみられますが。
ただ、困っている方の悩みを伺うという立場に、仏教の理念が組み入れられればと思い、
講座を担当させていただいているわけです。
ご門徒であり、研究所の所長である大関さんは とても優れたカウンセラー。
評判が評判をよび、今では一日中クライエントさんからの予約で一杯。
お会いしても3分くらいしか話すことができない状況なのです。
(もちろん講座を担当する時は、カウンセリングを受け付けませんが)
お勧めのカウンセラーです。
建物の写真を浦和駅から歩く最中、撮ってみました。

一番上の階(7階)のワンフロアー全てがそうなのです。
なかなか洒落てますね。
こんにちは 副住です。
連日の投稿となります。
本日は宣伝をさせていただきます。
実は来月の18日に本願寺築地別院にてシンポジウムを行います。
数ヶ月前より私も携わらせていただき、準備を進めてきました。
もう発表されているので、ここでも宣伝させていただきます。
公開講座(シンポジウム)の題目は
「現代における宗教の役割ーなぜ葬儀は必要かー」
とのものです。
私は当日、司会を担当させていただく予定です。
時間は15時~17時45分です。
ご参加は自由です。〈無料〉。
ご来場が多い場合は、入場に制限が入るかもしれません。
少ないと寂しいですが。
シンポジウムの内容は、当日パネラーの皆さまがどのようなご発言をされるかに
より変わってきてしまう側面もありますが、予想だけ綴ります。
「人の死ということに対し私たちは、どのようにとらえていくべきなのか。
そこに宗教が関わる意味とは。また葬儀の意義がどのようなところに見出されるのか」
そのような点に注視しながら議論ができたらと考えております。
![]()