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仏教ってどんな教え

こんにちは 副住です。
実は以前から浦和カウンセリング研究所という機関で仏教の講義をさせてもらってます。
内容は①仏教について講義する。②内観について講義する。
が担当させてもらっている分野です。
これまで6年ほど続いているのですが、有難いことに皆さん楽しんで受講してくださいます。
仏教に関する関心も、非常に前向きなのです。
以前からこれほど魅力的な仏教が広まっていない現状に勿体無さを感じてました。
そこで、浦和での講義に用いている原稿に手を加えブログにアップしてみることにしました。
(文章だけでは伝わらない部分もあるので、不安な箇所もありますが(^_^;))
今までは面倒だったのでやってこなかったのですが、以前、本を書くとブログで公言したこともあるので、
少しづつ書いてみようかなと思い立ちました。連載です。
副住、行けるところまで取り敢えずいってみます!
【はじめに】
 現在日本のお寺は全国に7万程あると言われています。確かコンビニよりも多い数です。そう考えると、お寺ってコンビニよりも身近な存在なのですね。でも、悲しいことにコンビニほど便利な存在ではなさそうですが(つд⊂)
さて、お寺は皆同じ仏教という教えに基づいています。しかし同じ仏教であるにも関わらず、宗派というものに分かれています。例えば、浄土真宗であったり、真言宗だったり。日本には主だった宗派だけでも13の宗派があるのです。これほど分かれていると仏教に興味がでてきても、果たして「どのお寺にいけばいいの?」とか、あるいは「どの宗派がいいの?」と一歩が踏み出せない場合が多いのではないでしょうか。そんな皆さんの疑問を推測して 副住はこれから文章で伝える努力をしていこうと思いました。
簡単にそして身近に、できれば皆さんに読んでもらい易いような内容を綴っていきたいと思います。
《仏教ってどんな教え?》
【1-1 私(自分)とは】
 さてこれから、そもそも仏教とはどんな教えなの?という部分に視点をあてて綴ってみましょう。
唐突ですが、皆さんには好きな食物ってありますか?私が好きなものはウェハース、島らっきょう、パクチー、ネギとかです。因みに嫌いなものは餡子(坊さんが餡子を嫌いなのは致命的(つд⊂))、和菓子(こちらも致命的(つд⊂))、鮒寿司とかです。皆さんにも色々あると思いますが、私(副住)の好きなものが嫌いであったり、私(副住)の嫌いなものが好きであったりする方もあるでしょう。
でも、どうして人によって好みに違いができてしまうのでしょうか?・・・それは生まれ持って(親の遺伝子)の影響〈因〉、さらには、育っていく環境〈縁〉、これらを背景として、「私」の好みが決まってくるのでしょう。当然、人によって生まれ持つ影響〈因〉と育つ環境〈縁〉は異なるので、好みも色々と違うことになるのでしょう。だから「私」が美味しいと思えば好きな物になるし、不味いと思えば嫌いな物になるわけです。人によって「私」という基準が違うので、判断が分かれてしまう!だから人によって好みに違いが生まれてしまう!という論理ですね。
仏教では、この「私」ということに視点をあてていきます。
ではここで皆さんに質問です。皆さん、「私」とは何だと思いますか?あるいは、どんなものだと思いますか?・・・「私」とは「私のことを私だと思う心」のことです。仏教ではそれを「我」(ガ)と呼んだりします。(EX.面白いことがあります。例えば、皆さん、自分(私)を客観的にみてください! どうぞ、やってみてください。・・・自分(私)を客観的にみれました?どうですか?・・・自分(私)を客観的にみていた自分(私)がいませんでしたか?・・・このように私たちは、結局は自分(私)という心から抜け出せないのです。つまり自分(私)と思う心にとらわれてしまっています。仏教では、どんな人も根源的な共通点として「私」をもっているといわれます。当然のことですね)
この「私」が厄介なのです。私たちはこの「私」が大好きです。換言すると「私」に執着し〈とらわれ〉ています。「私」にとらわれているから、意識がある中では、常に「私」がおりますね。

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