日記

一週間の始まりって?

おはようございます。住職です。

今朝も雨。日曜日なので、walkingをしなければいけない曜日。しかし、結構な雨。

これは無理です。諦めます。先週、walkingが3日しかできなかったので、今週から

適度に頑張りたいと思っていたのです。しかし、出だしから雨。

因みに、私の中での一週間のカウントは、日曜日からとなっています。

何故かといえば、西照寺の寺務所に吊ってあるカレンダーが日曜日から一週間が始まっているからです。

私の手帳は、月曜日から一週間が始まっています。一体どっちなのでしょう?

でも、TVの天気予報などでは、週末のお天気は・・・などと言われているから、きっと土日は週末という

ことなのでしょうね。となると、一般的には日曜日は週の最後という感覚なのかしら?

もしそうだとすれば、なぜ西照寺の寺務所にあるカレンダーは日曜日から一週間が始まっている体裁なのだ

ろう?

それとも、週末とは金曜日と土曜日の事を指しているのでしょうか?

ブログを綴りながら、ちょっと疑問がでてきてしまいました。

おそらく、今日のような一週間感覚で、休日があるという曜日感覚や時間感覚は、確かキリスト教の影響を

受けての形態だったように私の中では記憶しています。間違っているかもだけど。

確か、神が労働する人間に一週間の中で、一日は休日!というお休みを与えてくれたとか何とか、

そんな感じだったように、過去に学んだ記憶が、なんとなくあります。

それはかなり昔のことだったような記憶が。

ん? ブログを記載しながら、段々とそういえば思い出してきたようなことが。

確か、ピラミッドを作っている時に、一週間という時間感覚はあったような記憶があります。

何かの映画で観たような記憶が。。。

となると、ユダヤ教の時代には、すでに一週間という時間的な感覚はあったような気がしてきました。

しかし、労働させられ続け、労働者は大変な目にあって、確か、そこら辺でキリスト教が出てきて。

それで神が労働者?なのか、神を信仰する者に対して休日を与えるとか、そのような事が始まって

それが安息日に繋がっているとか何とか。そんな記憶が今ふと蘇ってきました。

私の非常に不確かな記憶ですが、そんな感じだったような気がします。

それが今でも基準となって用いられているような気がします。

なので、一週間とか休日とかの、今では当たり前すぎる、この感覚はキリスト教の影響があるはずです。

仏教の流れからの価値観ではないはずです。

というわけで、日曜日は週の最後なのか、週の始めなのか? という疑問に関しては、キリスト教に答えが

あるのかもしれません。後で調べてみようかな。