名著と出あう

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おはようございます。住職です。

今月は、私の時間が結構とれそうなので、読書を進めたいと思っています。

築地本願寺に出勤する日が何度かありますが、電車での通勤にするつもりなので、読書ができます。

名著と出会うと、大きな気づきにも繋がり、考え方などが深まります。

今回は、私の興味ある分野での名著と出会ったことで、改めて、私の考え方の広がり、あるいは深みがもた

らされているのです。心から「そうだったのか!」と納得できると興奮します。刺激的。

読書は基本的には嫌いなのですが、このような知的好奇心を刺激されると、熱くなってしまうし、興奮する

ので、このような部分はとても大事。私は熱っぽい性格なので、感情が高ぶってくるのです。

因みに今、私は個人的な仕事に取り掛かっているのですが、このような知的好奇心や考え方の深まりは、

そちらの方で活かすことができるのです。

読書をすることで、知的好奇心や自分の考え方の深まりがあれば、それはそれだけでも十分良いのです。

しかし、もしも得たものが何かに活かす事ができるのであれば、もっと良いと思ってしまうのです。

今回の私の読書は、奇遇にもそっちのようなので、かなり刺激的に受け止めています。

このような心境のど真ん中に居ながらも、やっぱり読書は嫌い。猛烈に楽しいんだけど、読むのって大変。

私は幼少期から読書をしてこなかったし、真剣に本を読むようになったのは、大学時代から。

さらに、本は専門書。それなので、本の流し読みができないのです。

一行一行ちゃんと理解して読み進めないと嫌なんです。読んだ気にならないのです。

だから疲れてしまう。今読んでいる本も、一行一行確認しながら、しっかり読んでいます。

内容が簡単な本であれば、それでも早くは読めるし、一日で読み進められる頁数も多くなりますが、

今読んでいる本は、専門書ではないけれど、知らない事が綴ってあるので、都度、ネットで意味を調べなが

ら納得しながら読み進めているのです。

例えばですが、「儒教」とでてくると、儒教って何だ?となってしまうのですね。

もちろん、お寺なので儒教については、知っていますが、詳しい内容までは知りません。

朱子学や陽明学の違いなども、あまり分かっていません。

こうなると、儒教って何だ?となってきて、一々それを調べないといけないのです。

こうなると大変。だいたいのところで調べも終えておきますが、時間がかかるし、読書が前にすすまない。

こんな状態になるので、一日で読み進められる頁数は、せいぜい50頁ほど。4~5時間ほどかかる。

今は学者的な生活をしていないので、適度に頭が疲れてしまうのです。

こんな読書をしているものですから、なかなか大変なのですね。

その代わり、一度熟読した本ですから、あの本に書いてあったな!と後からでも思い出すことができます。

これは熟読した甲斐がある部分。流し読みだと、たぶんそんな事も覚えていないでしょうから。

それにしても、人間って成長環境によって変わるものだとつくづく思います。

私は読書嫌いを公言していて、本など興味もなかったタイプでした。成人するまでそんな感じでした。

それが20代後半から今に至るまでに、専門書を含めてですが、私の書斎にはもはや1000冊ではきかない

んじゃないか?と思えるほどの本があります。もう残念ながら、本棚に収納しきれない状態。

私の書斎は、この建物の設計段階から、窓以外本棚にしてください!とお願いし、実現されているのです。

しかも、本を前後におけるように、棚の奥行を深くしてもらっているのです。

書斎ができてから、今に至るまで15年近く。とうとう埋まってしまうこととなりました。

今では、狭い棚の部分を写真にとるとこんな感じなのです。前中後と三列にしています。入らないから。

新学期に思う 形骸化したルール

投稿日: カテゴリー: 日記

こんにちは 住職です。

もう9月ですね。昨日から9月。私の誕生月でもあります。

学生時代は、学年が4月~3月までとなるので、9月はちょうど真ん中となります。

学生だった頃を思い出すと、今頃は夏休を終え学校が始まるのが、本当に嫌で嫌で。

私は勉強嫌いだったし、小中とも成績は学年最下位レベル。

そんな私には、休みこそ、自分が楽しめる時間でした。宿題も忘れ遊んでばかりいました。

そもそも学校が休みなのに、宿題がある!というのはオカシイ!と本気で思っていました。

小学生の頃は、特に高学年になると、本当にひどくて、夏休みが終わって学校で宿題提出を求められ

そこから宿題を始める!という始末。

もちろん、最初の授業で宿題提出なんてできません。やってないんだから。

最初の授業で、周りのみんなが宿題提出している姿を見て、ヤバイ!と思います。

そこから宿題に手を付け始めるのです。

しかも、夏休みには宿題が沢山でていて、それらが一気に提出を求められるわけなので、

当然、間に合うわけがないのです。

これは、言わなくてもいいやつですが、私は滅茶苦茶ですが、とりあえず書いて提出!という、

方法を行っていました。あの頃は、提出できればいいんだ!と、目的が宿題の提出自体にあったのです。

(全くの見当違いなので、良い子の皆は、絶対真似しないでください。後悔することとなるから)

そんな滅茶苦茶なタイプだったので、日本の環境は私には合いませんでした。

日本は、決まったルールに則って、誰も疑問を抱いてはいけないような雰囲気。宿題は、当然! 

夏休なのに、宿題があるっておかしくないですか?と言っても、誰も聞いてくれない。

宿題は当たり前! 夏休みって言うのに、算数・国語・理科・社会の課題は出される。

一体、何が休みなんだ!? 休みってなんだ? と思いますよね。

休みっていうのは、学校に行ってては出来ない事をやってみなさい!との事だろうと思ってました。

私はお寺に育ったので、お盆もあるし、家族旅行などはできなかったし、なかなか連れて行ってもらえない

環境でしたが、だからこそ、自分の好きなように遊び続けていました。特に自然の中で遊びました。

最高でした。

しかし、夏休みが終わり、学校が始まると一気に現実に引き戻されます。

その代表格が、宿題提出。宿題は、最初の授業で「先生、忘れました!」と言っても、次の授業までに

持って来なさい!と言われ続けるのです。逃げられない。提出しないと、提出するまで求められる。

私は日本の環境が窮屈でしょうがなかったのです。

それを自覚したのが、高校生の頃でした。カナダに1か月ほど、ホームステイをし、アメリカにも行きまし

た。驚きました。あの規格外の食事、自由な雰囲気。異なる民族同士が暮らす国。

素晴らしい!と感じました。英語ができなくても、身振り手振りで通じるところ。

お互い意見が異なって、それを言い合いながら、議論する文化。

私には、そっちが合っていたように思えたのです。

残念ながら、私はお寺を継ぐ!と決まったレールに乗せられていたので、外国に留学したい!などとは

思わなかったのですが、お寺を継ぐことが決まってなければ、外国に行ってみたかったかもしれません。

そんな私なのですが、最近は、日本の高度な文化にも理解が追い付き、なるほど日本には、そんな素晴らし

さがあったのか!と気付くこととなりました。

日本には、素晴らしい文化があるのです。ただし、残念ながら、今はそれが崩壊してきているし、

戦後のアメリカ化によって、ずいぶん良い部分が崩壊してきています。

なので、決まったルールが大事なんだ!との納得いく答えを誰も教えてくれないのです。

むしろ、これは以前から決まっている事なんだから、そうなんだ!で終わってしまう。

これはこういうものなんだ!で、過去を踏襲することが当然!とのスタンスなのです。

こうなると、何でそれが大事なの?と疑問を抱く人にとっては、大事な意味がわからないまま

納得できなくなります。私はそれなのです。

おそらく、その原因は、過去を踏襲することが当然!とのスタンスにたつ人が、何が大事なのか

わかっていないから。しかし、踏襲されてきたからには、大事な意味があったわけで、

そこが伝わってこなくなってしまった。なぜ伝わらなくなってしまったか?と言えば、

おそらく、環境や価値観がアメリカ化していく中で、伝統や相続というものが、軽視されてきて

しまったのだと思うのです。日本には、オリジナルの文化があって、その理解は、各家庭の中で

培われてきたっぽいのです。それが伝わらなくなって、形だけが残ってしまい、形骸化してしまった

ものが沢山あるのです。私は形骸化した部分に疑問をもってしまうタイプなので、その答えが

見つからないと、納得できなくなってしまう。

だからこそ、その答えを教えてくれる人を欲したいのですが、なかなかそのような人がいないのです。

学校の校則もその最たる例です。

例えば、昔は男子は丸坊主で、女子はおかっぱ。(私の時は、野球部は丸坊主!でした。)

これって、何で? そこに明瞭な理由があればいいのですが、その理由が校則だからだ!と答えられると

理由が明瞭でなくなります。でも、こうやって答えてくる先生は、結構多い。

この原因は、校則ができた当時から時代が経つにつれて、先生が入れ替わり、校則を作った時の人達の想い

が相続されていかず、校則だけが残ってしまったわけです。理由なき校則は、もはや形骸化です。

校則は、時代と共に変化すべきものだし、しかし変えてはいけないものだってある。

そんな根幹部分こそが大事だと思うのに、そこが面倒なのか、先生は「校則に従え!」で終わになってしま

う。いや、先生に限らず、多くの人達も、同じように、ルールに従え!となりがちでしょう。

ルールに従うのはいいのです。ただし、そこに納得できる、あるいは理由あるルールとして説明ができるこ

とが大事だと思うのです。

最近になって、ルールには理由があって、そこに日本文化のオリジナルが詰まっている可能性がある!との

気づきもでてきたので、日本人は高度な文化を有していたんだな!と、昔の日本人に興味が深まるばかりで

す。9月と聞いて、新学期を思い出し、つらつらと綴ってしまいました。

運も実力のうち       岸田総理 大丈夫?

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おはようございます。住職です。

昨日は築地本願寺に出勤してきました。

高速代が高いので、電車で行ってきました。

7月に築地に出勤してから、コロナになったので、おそらく東京で感染したと思っているのですが、

それが嫌で、電車や東京に行くのを控えていたのですが、上職の人事異動もあり、行かざるを得ず、勇気を

だして行ってきました(笑)

コロナに何度も感染すると、死亡リスクが増えるとの報道もあったので、何度も感染したくないのです。

さて、そんな中、岸田総理大臣が記者会見されてましたね。

少しだけチラ見程度だったのですが、旧統一教会と自民党の今後の関係断絶。

安倍元総理の国葬について、原発について、などなど、記者さんの質問などもありました。

支持率が下がったから、記者会見せざるを得ない感じなのかもしれませんね。

何せ、旧統一教会との問題は、総理の動きが鈍かったし、問題は大きくなる一方だし、支持率に

直結したのだろうと、私は勝手に推測してます。

国葬は決めたのが超絶早かったけど、多くの国民が反対するという結果に。

聞く力!とか言ってたのに、国民の気持ちは聞けないようです。

総理がこのような感じなのですから、他人の気持ちを聞くというのは、相当大変なのだと思います。

思えば、他人の気持ちに寄り添うとか、心を察するなど、他人を慮ることはありますが、

それって、本当に難しい技術、あるいは難しい感性、だと思うのです。

現代の日本人が、ドンドン失ってきている能力じゃないかと思います。

昔(数代前の先祖の時)は、もしかしたら、きっと今よりはできていたんじゃないかと推測します。

私も、聞いたふりや、寄り添ったつもりにはなるんだけど。本当に聞けたのか?というと難しいですね。

そう考えると、堂々と聞く力がある!などと言わなかった方が良かったのかもしれませんね。

もちろん、ご自身の特徴を知ってもらう為のフレーズだったとは思いますが、立派な言葉だった

だけに、このように国民に寄り添えていないと思える行動があると、一気に支持率が下がって

しまいます。もちろん、岸田総理が、国民の気持ちに寄り添った実績をきちんと作っていたら

多少、国民の気持ちに寄り添えなかったことがあったとしても、一気に支持率が下がることは

ないのでしょうが、まだ何も実績つくってないのに、上記二つの問題を抱えてしまったわけですから

一気に信頼が下がってしまったのだと思います。

こうなってしまったら、難しいですね。

安倍元総理の国葬は、あれだけ早い決断をしたのです。勝手な私の推論ですが、はっきりしない岸田総理に

とっては、凄い!と思いました。

もしかしたら、その背景に岸田総理が「国民も賛同してくれるに違いない!」と思っていたとしたら、

これまた、今となっては賛同よりも反対する国民が多いようですから、残念ながら、岸田総理の先を読む力

だったり、直観力だったりは、あまりないのかもしれませんね。

トップに立つリーダーは、先がわからない場合でも、結果論として、好転した結果になる。いわゆる運がい

い力を持っているように思うのです。そんな特殊能力を持っているからリーダーなんだと思うのです。

そういった意味では、今の所、岸田総理は持ってないような予感もしてますね。

まだわからないけど。

私にも、そんな能力があったらいいんだけど。(笑)

人事異動

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おはようございます。住職です。

私は築地本願寺にある、教務所という部所で非常勤勤務しているのですが、人事異動に伴い、

上職が交代となりました。

しかも今回の人事は、これまで築地本願寺に関わっておられた上職の異動が多かった為、私もその

影響を受けることに。特に直属の上職の交代は、当然ながら、影響は大きいものです。

そこで、新たな上職の指示に従いながら、また、私の要望もお伝えしながら、私の任務を前進させたい

と思っているのです。その為には、まずは意思疎通をしっかり行わなければならないので、突然ですが、

これから築地本願寺に出勤し、ひとまずご挨拶とできれば、これまでの私の所感などをお伝えしたいと思い

ます。

いやいや、人事とはわからないものですね。比較的大きな組織だと、上職が交代することで、判断が異なっ

てくるケースがでてくるので、仕事も進め方も、都度変わってきます。

まぁ、組織ってそんなものなのでしょうけど。

筋トレ

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おはようございます。住職です。

今日は、先日綴った私の筋トレのその後について、勝手にご報告申し上げます。

数年前に購入した筋トレ器具。

折角購入したのに、自宅や書斎に置けない(床が傷つく恐れと、そもそも部屋が狭かったから)で、物置

に入れっぱなし状態になっていました。

ウォーキングを止めてしまい、筋トレを思いつき、ついに物置から取り出すことに。

人工芝を引いている場所があったので、屋外だけど、そこでいいじゃん‼ と思いつき、これでやることに

当初は、腹筋20回で、お腹が筋肉痛となってしまい、腕立て伏せも10回が限界。

その後、なるべく毎日やるようにしていて、腹筋は筋肉痛が治まってから不思議と30回でも余裕に。

今では、腹筋30回、背筋30回が普通です。やろうと思えば、腹筋50回はキツイけどいけます。

背筋は50回も普通にできるでしょう。

問題は、腕立て伏せです。今は20回が限界。

現時点の筋トレメニューは、腹筋背筋を30回。腕立て伏せを20回。一日一セットのみ。

無理なく続けられるようなメニューじゃないと、続かなくなるし、できれば毎日の方が良いし。

それで、自分なりに無理ない感じで、今は上記のメニューとなってます。

腹筋と背筋は、毎日全然できます。腕立て伏せが一番少ないのに、毎日20回がシンドイ。

なので、私は腕と胸筋が弱いのかもしれません。体重が重くなったということもあるでしょう。

なるべく身を引き締めたいと思います(笑)

恩師からの謹呈本

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おはようございます。住職です。

私には、これまでの人生で特に影響を与えてくれた先生が4人います。つまり、恩師ですね。

一昨日の事ですが、私が大学生の時、私の人生に大きな影響を与えてくれた第一番目の恩師である、

武田先生から謹呈書として、先生のご著書が送られてきました。

武田先生は、私の大学時代の指導教授です。因みに、大学院(修士・博士)でも指導教授。

先生と出会ってなければ、私は浄土真宗の教学について、あまり勉強しなかったでしょうし、お寺を継ぐか

どうかも悩むことはなかったと思われます。

武田先生と出会うまでは、恩師と呼べるような、私の人生に深すぎる影響を与えてくださった方と出会わな

かったので、そういった意味で、武田先生が第一番目の恩師となるのです。

さて、一昨日、先生から謹呈書が届いたのがこちら。

箱をあけてみると。。。

当然ながら、専門書ですよ。 第一印象「先生、書かれたんだ。スゲー!!!」

その直後の第二印象「ちょっと分厚すぎでしょ。先生、これじゃ読めないかもよ(不安)」

その分厚さが気になって、計ってみました。

本で8センチって!!! しかも専門書。 さらに武田先生の文章は難しくて内部では有名。

知識の幅が広いし、国際的で英語はペラペラ。

キリスト教神学や西洋哲学、東洋哲学にも精通してるので、こっちの知識が全然追いつかないのですね。

因みに、科学も勉強しているし、当然ながら、基礎である専門の真宗の伝統宗学も抑えています。

なので、学生時代、時に何言ってるのかわからないのです。

「ホワイトヘッドが言っているだろう」「西田(幾多郎)が言ってますね。絶対矛盾の自己同一と」

など、浄土真宗の講義を聞いているのに、「それ、誰?」と思う人の名前や単語が連発。しかも

こっちが知っていて当然とのスタンスで講義をされるので、知識が乏しい私は追いつけないのですね。

学生時代の私はよく思ってました。「どうなってんだ、この先生。モンスターなんじゃ???」

そんな訳で、懐かしい回想でしたが、先生は大学を退官された後でも、こうやって執筆活動を続けられ

人生をかけて研究者としての姿勢を見せてくださいます。

そんな先生も齢80を超えられていて、私達に対する遺言みたいなものだから!と電話で言ってくださいまし

た。

先生の質の高さを知ると、改めて、自分の出来損ないぶりと、今の自分の姿勢さえ恥ずかしくなりますね。

世界の核のコンセンサスが・・・

投稿日: カテゴリー: 日記

おはようございます。住職です。

昨日、朝日新聞のネット記事でした。

記事のままですが、「核軍縮」「核不拡散」「原子力の平和利用」を三本柱とする「核不拡散条約」

(NPT)の会議が最終日を迎え、ロシアが同意をせず、否決されたと報じられました。

ロシアが、当会議の「最終文書」の採択で、どの箇所に同意をしなかったのかは不明ですが、基本的に

当会議の内容は、「核軍縮」「核不拡散」「原子力の平和利用」の三本柱からの逸脱はないでしょうから

ロシアの否決内容が不明ではあるものの、普通に考えれば、これまでの世界の核に対する常識が崩れてきて

いることを表しているのだろうと推察します。

つまり、ロシアがウクライナに侵攻する以前は、NPTの会議で世界的なコンセンサス(意見一致)がとれて

いたわけで、そこには、核に対する上記三本柱の内容が重んじられていたのだと思います。

それほど、核は人類にとっても世界にとっても、大変な脅威であるわけで、特に核を保有する国々のコンセ

ンサスがなければ、安心できない世界となってしまうわけです。

これまでは、コンセンサスがとれていたわけで、だからこそ、それが当たり前の姿でした。

だからこそ、今後の世界では核は使われないし、戦争も起きないよ!と言われていたのです。

それがロシアがウクライナ侵攻を始めた今年の2月以降、核の使用さえも仄めかしたプーチンの発言以降、

当たり前のコンセンサスさえ、合意できない状態に。

大変な世界になってしまいました。

今後の世界では、核戦争もあり得る!という考えも現実味を帯びます。

もちろん、そんな事考えたくもないし、あり得ない!と思いたいです。

しかし、もう現時点で、それはあり得るのだと思います。

人類は愚かです。

もはやここまでくると、NPTだろうが、国連だろうが、常任理事国だったロシアがこうなってしまった以

上、以前のように纏まることは難しいでしょう。特に、短期においては。

だからと言って、気持ち的にはロシアを常任理事国から外し、制裁を!と思いたいけど、それをやると

ロシアは中国と組んで、新しい自分達中心の秩序を構築しようとするでしょう。

世界は、これまでの旧来型の世界秩序と、新しい世界秩序の真っ二つとなってしまうでしょう。

それをさせない為には、ロシアを取り込みながら、弱体化させていくしかないのだと思います。

あるいは、中国を取り込み、ロシアと新しい秩序をつくらないように、繋ぎ留めておく必要がありそうです

中国的には、ロシアと新しい世界秩序を構築する動きをしだしてもおかしくなさそうです。

もし、そっちに舵を切るならば、台湾侵攻が始まるでしょう。

しかし、現時点では、そこまでいっていない。

アメリカは中国が台湾に侵攻しないように、目を光らせている。

これらの動きを見ていると、未だ中国は現状の秩序に留まっている方が、新しい秩序を構築するよりも

都合が良いと判断しているのでしょう。

新しい秩序構築に向けて、台湾を侵攻すれば、もしかしたらアメリカと戦争となるかもしれないし、

犠牲が大きいと判断しているのかもしれません。

いずれにしろ、今はまだ様子見なのか、損得勘定で、現状維持の方が傷は浅いとの判断なのでしょう。

しかし、状況が変わってくれば(例えば、アメリカの弱体化や他国への無関心姿勢など)、もしかしたら

中国は動くかもしれませんね。その時、我が国、日本はどうなってしまうのでしょう?

状況によって、右往左往するような慌てふためく日本となるのでしょうね。

今のうちから、覚悟を決めておくなり、方針くらいは決めておいて欲しいものですね。

それが政治家だと思います。状況状況によって、政治は変わるとは思うけど、独立国としてのアイデンティ

ティーくらいは持っておかないと、示しておかないと、相手国からバカにされてしまいます。

知っている人が次々亡くなる

投稿日: カテゴリー: 日記

おはようございます。住職です。

今朝も、西照寺のご門徒さんの訃報が届きました。

私の実感なのですが、特に今年に入ってから、お世話になった恩師や良く知る方が立て続けに

お亡くなりになるので、本当にいつ死ぬのかなどわからないな。今、できる事をしておかなければ!

と強く思うようになっています。

私は45歳なのですが、この年齢になると、私が知っている(TVで見たことある)芸能人の訃報に接したり

実際に知っている方の訃報に接することが多くなります。これは自分の年齢と比例して、多くなっていきま

す。私は僧侶ですから、立場上、普通の人よりも訃報に接する機会は多いと思います。

そんな私でも、最近特に、縁が深かった方の訃報に度々接すると、あるいは私の現在の心境とも関係がある

のかもしれませんが、命の儚さを感じ入り、自分もいつ死ぬのかわからないな。と思うようになってくるの

です。不思議と。

折角、この世界に生れることができて、今、有難いことに、元気に生活ができている。

だからこそ、今のうちに、やれることはやっておかないと!と思うのです。

後悔先にたたず。

自分の死が迫り、身体が思うように動かせなくなってから、やり残した事に気づいても遅い。

だからこそ今、自分がこの世界で何を果たすべきなのか?を大事に、取り組まねばならないと思わされま

す。数日前に使命について綴りましたが、私の現在の心境も影響しているのだとは思いますが、

訃報に接することで、命の儚さを感じます。

偉そうなことを言いながらも、日々やらなければならない事に集中できるかと言えば、そんな事もなく

相変わらず、サボりたいし、楽したいし、遊びたいし、自由にしたいとの思いはいつでも出てきます。

そこと上手に付き合いながらも、やらなければならない事も進めて行かねばなりません。

40歳越えて 筋トレを無理なく始めてみる。

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おはようございます。住職です。

私がコロナに感染した7月16日(朝から高熱で、クリニック検査で即、陽性判明)以降、毎朝続けていた

ウォーキングを止めることとなりました。

隔離解除後も咳喘息が悪化してしまい、お盆前までコロナの影響に苦しんでいたので、歩けなかったし、

その後も、後遺症問題を調べたら、感染2ヶ月くらいまで注意した方が良い!との情報がありました。

今のところ後遺症はなさそうに感じているので、再開して後遺症が出てきたら嫌だと思い、今も止めている

のです。

しかし、運動を止めてしまうことで、どうしても体調も芳しくないのですね。

特に、最近は睡眠障害に陥っています。ちゃんと眠れたと思える翌日は、全然眠れなくなるのです。

全然スッキリ眠れなかった!と感じる一日を終え、翌日は、寝れる。そんな睡眠の良し悪しを交互に繰り返

す状態。たぶん、疲れていないのかな。と思ったり。さらに、運動を止めれば、どうしても太ってきそうだ

し。そこで、軽めに運動!と考え、筋トレをはじめてみることにしました。久しぶりの筋トレです。

いざ、やってみて驚きました。腹筋を20回やっただけなのに、筋肉痛が。軽めの筋肉痛だけど。

一番驚いたのは、腕立て伏せ。全然できないの。20回やるので大変。

学生時代(大学)なんて、体重も軽かったからか、60回70回くらいはできていたと思います。

もちろん、一時的にやる!という感じですが。

それが今や20回やるのが大変。因みに、背筋は全然余裕。

一番大変なのは、腕立て伏せ。これが1回やるのに限界が、20回ほど。

腹筋も同程度で、1回につき、せいぜい30回位。背筋は全然いける。

そんな感じになっているのです。筋肉がないんだ!と思うのと同時に、学生時代よりも太ったからか?とも

思えています。因みに、学生時代は53キロ程度。そして今は65キロ程度。この15年で12キロ位太ったことに

なります。痩せないと。。。

今後は、ウォーキングをしばらく止め、筋トレを続けていこうと思ってます。

でも、過剰な筋トレは嫌なので、少しづつやっていこうと思ってます。

今は、一日一セット、腕立て・腹筋・背筋をそれぞれ20回やる!から始めてみます。 

首都高 料金高すぎだよ。

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こんにちは 住職です。

昨日は、久しぶりに築地本願寺に出勤してきました。車で。

ETCカードを忘れて、関越から、外環、さらに首都高を通るルート。

関越自動車道の東松山インターから乗って、首都高の銀座インターで降りるのです。

久しぶりに、車で行ったことと、ETCカードを忘れてしまった為に、現金払いとなったことで

驚かされることに。

まず始めの関越自動車道は、東松山インターから練馬インターまでで1440円。

これは問題ないというか、そんなものだろう!と思い、特に気にも留めませんでした。

因みに、距離的に言えば、40キロくらいか!?

そして、練馬JCTから、外環自動車道に入ります。ここで新たに料金が発生。

1040円だったかな!? お、結構高いな!と思いました。

外環自動車道を通る理由は、首都高速に乗る為なのです。

関越自動車道と首都高は繋がっておらず、外環を経由しないといけないのです。

だから、外環を走る距離は、おそらく7キロ程度なのかな。10キロ弱くらいと思います。そこで1040円。

そこまでは、まだ良かったのですが、今度は外環から首都高に入ると、首都高の料金が。

それが1950円。思わず、「高いよ!」と口ずさんでしまいました。さらに、なんでこんなに高いんだ!!!

と不満が。近年はETCカードで、いくら払っていたのか、わからなくなりましたが、確か首都高は銀座まで

昔は850円程度だったような気がしていたのです。

あまりの認識の違いがあって、ネットで調べたら、2022年の4月から首都高の料金が改定されたらしいです

さらに、ずいぶん値上がったらしく、悲鳴が綴られていました。

ちょっと前は、首都高は走った距離分で値段が決まっていたのに、この改定は、すべて統一金額のようです

外環も首都高も、走った距離の料金ではなく、すべて統一料金となったみたいです。

なので、短い距離しか高速使わない人は、かなり損するような感覚になりました。

昨日は、私の家から築地本願寺まで片道の高速代だけで4430円。

往復だと8860円もかかってしまうことを知り、驚いてしまったわけです。

もう首都高使えないな。車で行くなら、練馬から一般道だな!と思った次第です。