ノーベル賞 梶田教授 出身地 東松山市

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おはようございます。副住です。
東京大学の梶田隆章教授がノーベル賞を受賞されるとのことです。
その梶田教授の出身地が、西照寺と同じ市 東松山市というのですから、凄い。
東松山市立南中学校ご卒業だそうです。因みに西照寺副住職の私は東松山市立北中学校卒業です。
高校は、県立の川越高校。(もちろん、東松山市から通える学区エリアの中では県立の最高レベルの高校)
(男性アナウンサーの辛抱さんも、この高校だそうです) 賢い!
しかし、この地からノーベル賞受賞者がでるなんて・・・Σ(゚д゚lll)
驚きと共に、喜びもこみ上げてきましたね。
不思議ですね。お会いしたこともないのに、出身地が同じだけで、なんだか誇らしくなるし、嬉しくもなる。
ただ、ご自宅が富山県とあったので、東大なんだし東松山の方が近いんだから、東松山市に住んでいてよ!と短絡的に思ってしまいました。
研究の問題など諸事情があるのでしょうね。
ノーベル賞受賞者を排出するなんて、東松山市の教育システムをもう一度見つめ直し、さらなる教育システムの構築を願いたいものですね。
世界で活躍できる人材を育成する地となってほしいものです。
そうすれば、地域活性化に大きくつながります。

西照寺副住職の今日の活動

投稿日: カテゴリー: 日記

こんばんは 副住です。
今日は朝から未来の住職塾の講座を受けに、東京港区の光明寺さままで行ってきました。
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講座は10時半から始まり、18時までみっちり行われます。
もちろんお昼休憩は1時間あります。
ときどき10分ほど休憩時間がありますが、ほぼぶっ通しで講座が行われます。
私は未来の住職塾の東京クラスの第1期生。
もう3年ほど前に卒業しましたが、今でも興味がある内容の講座があれば、受講していたりします。
色々と勉強になり、お寺の活動の幅を拡げる為の視野を身に付けることができるようになったと思います。
私はこの塾にとても刺激を受けましたし、大きな学びを得た気がします。
(もっとも、成果は今のところ小さなものですが。。。でも確実に一歩は踏み出せていると思います)
しかし、今日は疲れました。
もう年だな。頭の回転が鈍いや。

東松山市 比企郡 地域を盛り上げる為に

投稿日: カテゴリー: 日記

おはようございます。副住です。
最近、気候の変化からなのか、体調が優れませんね。
私は足がとてもダルくて、特にフクラハギと膝裏に疲労がたまっていそうな感覚です。
昨日は寒気にも似た感覚があったのですが、今日を迎えてみると、特に風邪をひいているわけでもなく・・・
疲れと気候の変化による体調不良なんだろうな と考えてます。
体調不良といっても、元気なんですよ。
元気だけど、どこか優れないのです。
さて、私はもっと自分の時間をつくりたく思い、以前から予定を入れないように、依頼ごともお断りしてきました。
ようやく今週から、それらが実を結ぶはずだったのですが・・・
比企青年会議所(JC)の総務(役職)を受けることとなってしまい、今、まさにそちらの仕事で時間を使う羽目に・・・
人生思う通りにいきません。むしろ、思った通りにいくことなんてほとんどない。
自分の時間が欲しいと思って、スケジュール調整かけてきたにも関わらず、
そんな時に限って、引き受けざるを得ない依頼事がくるのです。
(JCは地域の団体なので、地域に根ざすお寺としては、大事にしないといけません)
そんなこともあって、今月はJCに時間を費やすことに。
私はJCの卒業まで1年なので、1年間頑張ればいいのです。
自分の時間は1年間待ってみようと思います。
しかし、1年は長いな。
これまで自分の時間が欲しいと思いながら数年も我慢してきたので、そこからの1年は長いよ。

祖父の法事

投稿日: カテゴリー: 日記

おはようございます。副住です。
今日は私の祖父のご法事が勤まります。
祖父といっても、母方の祖父。
私は小さい頃より一緒に生活をしてきました。住職が母の両親を引き取ったからです。
私は祖父っ子だったので、亡くなった時は辛かったですね。
もう17回忌。
お浄土から私を心配していることでしょう。

爆弾低気圧

投稿日: カテゴリー: 日記

こんにちは 副住です。
昨夜の爆弾低気圧、西照寺ではさほど影響がありませんでした。
明け方3時頃、雨風が強かったのですが、大した影響もなく朝を迎えました。
TVを見ていると、海に近い場所は風も強く、関東地方でも被害がありましたね。
比企エリアは、地盤もしっかりしているようで、大した災害はこれまでありません。
(もちろん、今後はわかりませんが)
そういう面ではとても住みやすい場所ですね。

東京仏教学院

投稿日: カテゴリー: 日記

おはようございます。副住です。
今日から10月、衣替えですね。
早いもので、今年も残すところあと3ヶ月。
来月になれば、いよいよ年末気分になりますね。
さて、今夜は築地本願寺内にある東京仏教学院で講義があります。
(東京仏教学院は浄土真宗本願寺派の僧侶養成専門学校みたいなところ)
(近年は、一般の方で浄土真宗の教えを学びたいという方が増えてきてますが)
東京仏教学院
最近、漫画で「月をさすゆび」がでてますが、あの舞台が東京仏教学院です。(漫画では関東仏教学院となってますが)
確か作者の方が生徒さんだったはずです。
月をさすゆび
私は東京仏教学院で講師を務めさせていただき、早9年になります。
後期の『和讃要説』という科目を担当させていただいているのです。
今日は第2回目(全9回)ということで、予習をしています。
今夜は天気が荒れそうというので、ちょっと帰りが不安ですね。

10月の法話会 10/10 西照寺別院

投稿日: カテゴリー: 仏事・情報・更新日記

10月の法話会ですが、10日に西照寺別院(新東松山斎場)で開催されます。
法話会は毎月(8月は除く)第二土曜日の
13時半~勤行 14時~ 法話
となっております。お時間の許す方は法話の後、お茶会をしています。
どなたでもご参加いただけます。どうぞお気軽に仏教の話を聞いてください。
来月11月はお休みとなります。

親鸞聖人と玉日姫 吉光女 比企一族

投稿日: カテゴリー: 日記

こんにちは 副住です。
昨夜は、比企青年会議所メンバーの一人Kさんからのお誘いで
比企について知る勉強会に参加してきました。
東松山市は昔、比企という地名であり、地域の歴史を知るには比企を知ることが大事となるのです。
比企という地名の由来は、比企一族にあるのです。
比企一族が住んでいた場所が、比企というエリアなのです。
(元来の比企エリアは東松山市と滑川町だそうです)
比企一族で名を残すのが比企尼(ひきのあま)という方です。
この方、源頼朝の乳母であり、頼朝がまだ力を持つ以前に色々な支援をしていたそうです。
源頼朝が幕府をひらき将軍になったことで、これまで世話になった比企尼を始め、比企一族は特別待遇を受けることに。
比企一族は鎌倉時代に力を強めた一族なのです。(比企一族の数名は鎌倉に招かれ移り住んでいます)
なので、鎌倉には比企一族や地域に由来する場所がいくつかあります。
(これは以前のブログにも綴りました)
もう一度おさらいですが、鎌倉にある妙本寺はそうです。
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あと、妙本寺近くにある川は滑川とありました。
比企一族の力は強大になり、いつしか比企一族をライバル視した北条政子の策略によって、比企一族は滅ぼされてしまうこととなります。
歴史は常に勝者によって事実を歪曲され、書き換えられていきます。
比企一族は、敗者ですので、その歴史は抹殺されました。
資料もあまり残っていません。
しかし、当地(現東松山市と滑川町)には口伝として、色々な箇所に言い伝えが残っています。
それら言い伝えや、少ない資料を辿って、比企の研究をしてきた方がおられます。
それが比企総合研究センターを立ち上げられた高島敏明さん。
高島さんは主に文明論を研究されてきた方です。その高島さんから昨夜はお話を伺いました。
驚くことに、比企地域の口伝の中で、親鸞聖人に関する重大なものがありました。
私的には嘘だろ!?と思うほどの衝撃。
高島さんが書いた「比企学事始」の中ですが、こんな文章が。
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ある系図をみると親鸞聖人の子供に、範意さんという方がおられます。
この範意さんのお母様は、誰なのかわかっていません。
親鸞聖人の妻は恵信尼さまと言われていますが、学説では範意さんのお母様は恵信尼ではないことになっています。
そこで、恵信尼さんの前に妻がいたのでは?と言われているのです。
その妻が玉日姫(たまひひめ)と言われる方ではないか!?とこれまで囁かれてきました。
しかし、玉日姫は関白の九条兼実(月輪殿と呼ばれていた)の娘。
玉日姫に関する資料というものはあまりなく、お墓がどこかにあったくらいしかわかっていません。
それに親鸞聖人とは身分が違いすぎるし、親鸞聖人の妻とするには不自然であると言われてきたのです。
今はほとんど玉日姫が親鸞と結婚したとする説を信じる学者はないそうです。でも少しはいるみたい。
ただ、親鸞聖人が玉日姫と接点をもった理由も伝えられてはいます。
それは法然聖人を尊敬されていた九条兼実(月輪殿)が、法然聖人に質問されたことがありました。
それは「念仏の教えは、出家も在家も関係ないというが、結婚をしていても浄土に往けるものだろうか?」との内容だったと思います。
すると法然聖人は、「問題ない」とお答えになる。
そこで、九条兼実は「だったらわが娘(玉日姫)と結婚できるものがいるか?」と言われ、そこで親鸞聖人が紹介されたと言われています。
(確か、そんな内容だったはずです。詳細は確認してませんが、だいたいそんな感じです)
その玉日姫が、比企の出生だったと高島さんは書かれています。
また親鸞聖人を生んだ吉光女も、何か当地と関係がありそうです。
口伝ですから、本当?と疑ってしまうわけですが、火のないところに煙はたたない。
しかも、浄土真宗と縁が薄い地域で、親鸞聖人と関係する方々の口伝なんて疎かになりがちです。
それらを考慮すると、口伝で伝わっていること自体が不思議で仕方ありません。偽情報をつくる意味がないからです。
さらに、九条兼実は月輪殿と呼称されていたようです。
滑川町の東武東上線の駅に月の輪駅があります。
これは月輪殿、つまり九条兼実からきたものです。当地に九条兼実の荘園があったからと言います。
そうなると、この地は鎌倉時代、九条兼実とかなり縁が強かった地域の可能性があります。
だからこそ、玉日姫が月輪という場所で出生したと伝えられているのは、あながち不思議ではないのです。
ただし、比企一族は滅ぼされてしまいますので、資料があまり見つかりません。
もっと当地を研究することで、資料がでてくる可能性もありそうですね。
興味深いね。

自分の時間

投稿日: カテゴリー: 日記

こんにちは 副住です。
今月も明日で終わりですね。早いな。
数ヶ月前から、自分の時間を作りたく、ご依頼事をお断りしたり、生意気をしてきました。
その結果がようやくでてきそうなのが、10月です。
しかしそのような矢先、青年会議所(JC)の次期理事となってしまった結果
自分の時間が、そちらに費やさねばならないことに・・・
・・・物事、結局、上手くはいかないものです。・・・
青年会議所は40歳までですから、私は最後の一年となります。
総括的に、自分の時間は40歳まで我慢することとなりました。
(もう我慢ができなくなってきたから、予定を調整してきたのに・・・地元は大切)

浦和カウンセリング研究所 シンポジウム

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こんにちは 副住です。
私が関わっている浦和カウンセリング研究所で、来月講演会が開催されます。
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私は午前にご法事があるので、15時からお引き受けしたのですが。
因みに、講師説明でちょっと違う部分が・・・
(築地本願寺講師というのは違います。そんな役職はありません。東京仏教学院の講師です)
(あと、少年刑務所の教誨師とありますが、正確には川越少年刑務所です。だから対象者は20歳以上です。
題名には「少年刑務所の子どもたち」とありますが、正確には「子ども」ではありません。またその下に鑑別所云々とありますが、教誨師の持ち分とは違います)
色々と確認させてもらえれば良かったですが、私が知らないところでチラシが出来上がっていました。
(´;ω;`)
そんな問題点もあって、このブログで告知をするのを悩んだのですが、せっかく作ってくださったので。
因みに、写真はインドに行ったときのものです。もう10年以上も前の写真。
何故先方が持っているのだろう?と思いました。
先日TVに出てしまったので顔も名前もわかってしまったので、こちらも思い切って公開してしまいます。