東京仏教学院 東京で浄土真宗を学ぼう

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おはようございます。副住です。
さて今日は、私も関係させていただいている東京仏教学院のご紹介です。
入学案内のパンフレットが届けられました。
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本科は
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東京仏教学院は、築地本願寺の中に教室があります。
浄土真宗の教義や読経を学び、仏教、宗教などの知識も深まります。
もともとは東京教区内寺院の僧侶を育成する目的の「勤学所」という機関だったそうです。明治時代のことです。
その後、名称を変え「東京仏教学院」となりました。
近年では、浄土真宗本願寺派の僧侶を目指す方だけではなく、親鸞聖人を慕う方々も通われるようになっています。
年代も様々で10代後半の方、20代、30代、40代、50代、60代、70代の方もおられます。
私が関わらせていただいた数年の印象としては、特に多い年代は20~30代と60代の方々。
女性の方が少ないですが、男女ともおられます。
東京仏教学院のHPもご紹介しておきますね。興味のある方は是非。
東京仏教学院

寄贈者のシールの役割

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おはようございます。副住です。
先日、築地本願寺の東京仏教学院で講義がありました。
講義の前に講師控え室で、待機するのですが、私はいつも時計を背面に座っていました。
ですから、時計をあまり見なかったので気付かなかったのですが、
先日、よく見たら
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現在のご門主様(浄土真宗本願寺派の主という意味だと思います)が未だ新門様(新門様は、ご門主様の後継者ということだと思います。新しくご門主様になられる方という意味でしょう)だった際、
築地本願寺の副住職として、数年間東京におられました。
2014年の3月に京都へ戻られ、6月にご門主様となられたのです。
ですから、この時計は新門様が築地本願寺から退かれる際にご寄贈いただいたものとなります。
新門様は、東京仏教学院の研究科で、確か特別講義をご担当されたことがありました。そのご縁でご寄贈をいただいたのだろうと思います。
今まで、時計があるとは知っていましたが、シールを見て改めて思わされたことは、この時計にはご寄贈者の想いが詰まっているのだろうなと思わされたこと。
ご寄贈者が新門様だったことを知って、さらに時計が講師控え室にあることを重ね合わせ考えると、講義前に身が引き締められました。
このようにご寄贈物が置かれている場所や、ご寄贈者(特に影響力がある方の場合は尚更)についてシールが貼られてあることって
案外大切だったりすることがあるのだなあと思わされたことでした。

やなせななさん 埼玉組公開講座

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おはようございます。副住です。
昨日は埼玉組の公開講座がありました。
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あいにくの雨でしたが、沢山の方々に来ていただきました。
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公開講座の第1部では、埼玉組に所属する寺院が中心となって
雅楽の演奏と、雅楽の楽器などの説明
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その後、お坊さんの衣装のそれぞれの紹介
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また、築地本願寺の行事やイベントなどの紹介などを行いました。
休憩を挟んで、第2部です。
第2部では、ご講師の「やなせなな」さんの「法話と歌のライブ」を行っていただきました。
やなせさんの歌声は、中島みゆきさんのような、温かみのある、気持ちの伝わるものでした。
ご自身の体験や、ご自身の活動を通じたお話と、その想いを含めた歌に一同涙がとまりません。
「やなせさん」の写真は、会場が暗くなったので、よく撮れなかったです。
でもブログがあったので、こちらでご紹介。
やなせなな
ホームページでは素敵な歌声も聴けるようですので、是非お聴きください。
因みにですが、こちらのホームページではやなせさんのブログもリンクしてあるので、綴っておきますが
やなせさんのブログ「謹賀新年」に、神社でおみくじをひいたことと、それを信じて頑張ろう!みたいな内容が書かれてあったので、
あれ?おかしいな?と思いご本人に直接お尋ねしてみました。
(私は埼玉組の実践運動副委員長でもあるため)
すると、単なる出来事として書いただけです。と話しておられました。
浄土真宗の僧侶として、成仏を願いとさせていただく人生ですし、もちろん、おみくじに左右される生き方を歩むわけではありません。
そのような意味ではなく、単なる出来事として書いたのですよ とお答えいただきました。
なるほど、そのような意味ね! と思い納得しました。
ただし、私が勘違いしそうになったという事実に対し、やなせさんも「勘違いさせる表現のようだから、後で補足しておきます」と仰ってくださいました。
埼玉組の公演を終え、さらに次のご依頼があるようで、そちらに向かうため、ブログの補足は後日しますとのことでした。
やなせさん。ご面倒をおかけして申し訳ありません。そして頑張ってください。

埼玉組 公開講座

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おはようございます。副住です。
昨日は一日築地本願寺にいた為、更新が途絶えてしまいました。
午前中は総合研究所、午後から会議。17時40分から東京仏教学院の講義・・・
終わり次第、帰宅したのが21時頃だったので、そのまま自宅に帰りました。
ブログは日課となっているのですが、希に忘れてしまうことや、更新を諦めることがあります。
長く続けるには、その位の感覚が必要かもしれませんね。
(私もブログを始めて、かれこれ3年半になります。ほぼ毎日更新しているので、自分でも褒めてあげたいと思ってます)
さて、今日は埼玉組の公開講座が開催されます。
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やなせななさんをお招きして、浦和で300人ほどの会場で行います。
やなせななさんは、お坊さんでありながら、歌手。
とても深い味のある歌を歌われます。
実は私の大学時代のゼミの先輩。
私がお願いしたわけではないので、偶然です。
最近はとても人気があり、色々な宗派やお寺で歌を歌われます。
貴重な機会なので、どうぞお越しください。

お寺の運営の仕方を学ぼう 寺院経営 お寺のあり方 

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こんにちは 副住です。
今日はご案内です。
「未来の住職塾」というお寺のマネジメントを学べる学校があります。
マネジメントといっても、お金設けというわけではなく、お寺の価値を見直し、
お寺の強みを活かす活動に繋げるという、いわばお寺の方向性を見つめる機会です。
私は住職塾の第1期卒業生。
私の経験から、お薦めする学校です。
学校といっても、二ヶ月に一度開催される程度のもので、一年間で六回開催されるもの。
ただし、一回は朝10時くらいから17時くらいまで。おおよそ一日。
事前に資料を予習することで、学びは深くなります。
私はこの塾に通って、とても勉強になりました。
今の活動も、学校に通ったからこそのものです。
思考や分析、あるいは自坊の強みを具体化できます。
今回は第4期生の募集です。
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↑写真はパンフレットの表紙です。
どんな塾なのか、わからないと入学も考えられませんので、一日体験企画があります。
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全国の主要な場所で開催しているので、日があえば、どこに参加しても大丈夫。
因みに、第1期の時は、通年で入学し、東京会場に通っていた方が秋田県、徳島県の方がおいででした。
毎回1泊しながらの参加でした。
それほど熱意ある方々がおられました。力強い。
主たる講師陣は
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優れた講師ですよ。むしろ優れすぎかも。
お寺を継ぐ。あるいはお寺の活動を展開していく。
そのような方には、間違いなくおすすめ。
今後のお寺は、マネジメントを学び、そのお寺独自の価値をみつけ、価値を活かしながらあるべき方向性を追求することにつきます。
だけど、それぞれのお寺の独自性を見つけられずに、皆が苦労しているのです。
だからこそ、独自性を見つける方法論(マネジメント)を学ぶ必要があるのです。
真剣にお寺の活動を考えているあなた!
考えているだけではダメ。行動することこそ、前にすすめる一歩です。
因みに、卒業生からの紹介で入学を希望すると、割引制度もあるのだそうです。
もちろん、卒業生には何の特典もありません(笑)
ただし、卒業生からの紹介を優遇するという、ある種の特典みたい。
ですから、興味ある方は西照寺ブログの名前を出していただいても構いません。
最後に、未来の住職塾は「お寺の未来」が展開している塾です。
お寺の未来

「ブーにゃん」現る

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おはようございます 副住です。
最近、西照寺にまたもや野良猫がご飯を食べにくるようになってしまいました。
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家族が「ブーにゃん」と名づけてました。
毎年冬になると、狸などが夜に残飯を探しに来てました。
そこで、冬になると私たちは、狸の為に敢えて残飯を用意し、定位置に置いてきました。
すると、残飯を食べに狸が来るのです。時には複数(3~4匹)でくることもありました。
狸が縄張りをしっかりつくっている年は、狸しか来ません。
しかし、そうでない年もあります。
その年は時々、残飯を狸と猫で争います。
夜中にビャーとかギャーとか激しい鳴き声があった後、ウギョギャギャグォーと聞こえてきます。
就寝中ですが、「今、きっと戦った」と見てもいないのに、解ります。
そんな時は、ちょっぴり狸頑張れ!と思う時があります。
今年は狸が現れません。どうやら猫が縄張ったようです。
しかも朝や白昼に堂々と現れ、寺務所の入口の目の前で座り込みを始めます。
きっと「はやく食べ物を頂戴」と言っているのでしょう。
毎日毎日くるので、残飯もないし、仕方がないのでキャットフードを購入。
毎朝あげてます。今日も先ほどあげました。
もちろん、残飯をあげる日もあります。
しかし、この残飯。今年は白昼にあげるものだからカラスが食べたりしています。
冬は食料がないのでしょうね。しかも寒いので、太らないといけません。
野生なので、冬になる前にある程度太っているのでしょうが、ブーにゃんの場合、西照寺で毎日食べ物をもらえるので
どんどん巨大化してきました。(けっこう食べる)
今年の冬は、どうやらブーにゃんが主役のようです。

強風のお線香

投稿日: カテゴリー: 日記

こんにちは 副住です。
今年は強く風が吹く日が多くないですか?
今日も天気はいいのに、風が強い。
私個人の感覚では、例年はこれほど頻繁に強い風が吹くことはなかったと思っています。
今年は元旦から強い風が吹いていて、気温も低い。
感覚的には、3日に1日くらいの割合で強風が吹いている感じがしてます。
(昨晩から、強風となりました。ずっと吹いているわけではないのですが、頻繁に吹きます)
妻の故郷は山口県なのですが、(特に日本海側沿岸部で)例年冬に風が強いのだそうです。
冬に風が吹くので、温度がそれほど低くなくても寒いと感じるようです。
しかし、今年は風がなく、その分、暖かく感じると話していました。
どちらかと言えば、埼玉県は気温が低いですが、風がそれほど吹かないような気がします。
それなのに、今年は気温が低いし、風は強いし・・・何が嫌かって、外のゴミ箱(10個ほどある)が引っくり返ること。
その都度なおすの大変だし、中のゴミが散乱し、汚くなります。希に、ゴミが吹き飛び無くなってしまいます。
また、墓参に来られる方が、お寺でお線香を求めます。
お線香をつけても、強風が吹くと燃え上がり、炎がでてきます。
これには皆が驚きます。
火を消そうと、お線香を上下に振り回すのですが、逆効果。炎が大きくなるだけ。
希に慌てる方は、火が出たお線香を遠ざけようと、なぜかお線香を持った手を斜め上に伸ばしきります。
風は高い方が強い為、火はさらに大きくなり、まるでタイマツをもっている人みたいになります。
さらに、お線香の灰が顔や服に降りかかり、汚れてしまいます。(熱くはないようです)
「ああ!」とか言いながら、せっかくのお墓参りが台無しになります。
お線香をつけて強風などで火がついてしまう場合は、風から遠ざける。
私は背中を風に向け、お腹近くにお線香を持って、風にあたらないようにします。
それでも火が消えない場合は、風が当たっていない状況化で、火が消えるように手であおぎます。
どうにも消えない場合は、お墓まで走ります。その際、お線香は火を上にして、自分の身体より後ろ側にします。
灰がかからないよう身体より後ろにするのです。
お墓についたら、お線香をお供えします。
西照寺のお墓では、おおよそお線香を寝かせてお供えする形となっています。
横30センチ、縦20センチ、奥行が15センチくらいの長方形の石があり、
中がくりぬかれていて、その中にお線香を寝かせるアルミ制の台をつけています。
その台の上に、お線香をお供えします。
多少の風は遮られるし、まあまあ安全です。
古いお墓の中には、お線香を立てるタイプのものもあります。
あれは風があるときは危険。お線香に火がついたままとなります。
人がいなくなる時は、お供えするのをやめたほうが安全です。
お線香が燃え尽きるまで、お墓にいるなら、監視下にあるので、危険はありませんが、
お線香をお供えして、帰るのであれば、お線香は控えたほうが安全です。
燃えたお線香が飛んでいき、落ち葉やゴミに燃え移るとボヤがでてしまうからです。
最後に浄土真宗では、お線香は立てません。横に寝かせてお供えします。
立てない理由は、立てる必要がないからです。
曹洞宗さんなど禅系のご宗旨では、お線香を立てたりします。
お線香を立てる理由は、時間を測るためと聞きました。
昔は時計がなかったので、お線香を立てて、お線香が燃え尽きるまでの時間で禅を組んでいたそうです。
私たちが夏場に使う、蚊取り線香もひと巻き7時間だったかな。時間が決まっているはずです。
昔は、お線香は時間をはかる役割を担ってもいたのです。
浄土真宗では、お線香で時間をはかる必要がないため、立てないのです。
ご自宅のお仏壇前でお線香を立ててお供えし、席を外した際、火事になったという話はよく聞きます。
お線香が倒れたり、燃えた灰が何かに燃え移ったりして 火がでてしまうのです。
その危険がないためにも、お線香は寝かせてお供えするのです。

阪神淡路大震災から20年

投稿日: カテゴリー: 日記

こんにちは 副住です。
1月17日。阪神淡路大震災から今日で20年です。
20年前の震災は忘れられません。
あの時、私は高校3年生。
大学受験の真っ只中。
高校は、確か受験シーズンなので自由登校だったような気がします。
そんな最中、確か1月14日~16日で、西照寺の旅行で京都に行っていたのです。
ご門徒と、ご本山を参拝したのです。
私はまだ僧籍を持っていなかったのですが、お寺の後継者として、受験勉強そっちのけで
旅行に参加してきました。いや、参加させられたと言うべきか。
京都旅行から自宅に帰ったのが、1月16日の夜。
皆が受験勉強を頑張っている最中、呑気なものでした。
(おかげで、受験に失敗。一年浪人生活を遂げることに・・・゚(゚´Д`゚)゚)
因みに、京都旅行では神戸にも立ち寄ったと思います。
帰りの新幹線で、ご門徒が「大地震がきても日本では高速道路が倒壊するなんてことはないんだ」と話していたことを覚えています。
というのも、ちょっと前に、サンフランシスコだったか、アメリカで地震によって、高速道路が倒壊したことがあったのです。
その話から、「地震大国の日本では高速道路の倒壊などありえない」「地震の影響も考慮し、建設されているんだ」という話をしていたのです。
自宅に帰宅し、翌朝。
お寺で留守番をしてくれていた祖父母(まだ健在だった)が、「大変なことが起こった!」「昨日帰ってきてよかったな」と起こしにきたのです。
わけがわからず、TVをみると あの映像が流れていました。
神戸はめちゃくちゃでした。高速道路も倒壊し、バスが半分飛び出して落っこちそうになっていました。
目を疑いました。
昨日の話は何だったんだ?とか、被災地の人は大丈夫なんだろうか?とか、色々と考えさせられました。
今でも忘れません。
その後、京都の龍谷大学に入学し、大阪や神戸の人と友達になりました。
友達にあの時の話を聞いたら、友人や知人を亡くしていました。
あるお寺の住職は、自分一人だけ生き残ってしまったと話されていました。
あれから20年。
色々なことがありました。
でも、あの時の衝撃は忘れられません。
心の傷は癒えることはないのかもしれません。

直葬依頼 直葬の問題点 葬儀を見直そう 葬儀の意味 

投稿日: カテゴリー: 仏事・情報・更新仏事のお作法・項目別日記法話西照寺情報

こんにちは 副住です。
今日は朝から、西照寺の別院、(通称、新東松山斎場)の管理です。
8時前にご葬儀社さんが来られるとのことだったので、私は7時すぎに入りました。
今回は、霊安室にご安置されたご遺体を、そのまま隣の火葬場に移すという形の直葬でした。
霊安室を開けるため、管理に入る必要があったのです。
最初にご葬儀社さんが到着され、ご遺体を確認し、お別れの準備をされていました。
その後、30分後くらいにご遺族の方が到着され、霊安室に。
柩をあけて、ご遺族がお別れをされます。(花入れとはではなく、合掌したり、顔を見たり)
おおよそ5分から10分くらいでしょうか。
柩に蓋をして、霊柩車に乗せられます。
(隣が火葬場ですが、少しでも公道にでれば、霊柩車が必要となります)
そのまま火葬場に向かわれました。
あとで、葬儀社さんにお尋ねしたら、最近、東京では直葬が増えているそうです。
東松山は東京から距離もあるので、事情が違うそうですが、それでも今回のように直葬が確認されます。
最近、都市部では直葬が増えているようですし、もう少しすれば全国でも一定程度は確認されるようになってくるかもしれません。
色々な事情があるので、一概には言えないのでしょうが、私は直葬に絶対反対の立場です。
儀式はそれなりの意味があります(これをしっかり伝えられない僧侶にも問題はあるのでしょうが)。
もちろん葬儀にお金をかけろと言っているのではありません。
そうではなくて、儀式をしっかりと踏まえた上で故人を見送ることが、とっても、とっても大切なのです。
葬儀という儀式はお別れの儀式ではありません。
そうではなくて、故人が仏様の世界に往かれたことを皆で共有し、仏様の世界に往かれた故人と遺族とが、新たな出会いを築く為の儀式なのです。
もちろん、葬儀には悲しみもありますが、一方で新しい関係を築く為の儀式ですから、葬儀を契機に、遺族には以後やらねばならない義務が生じるのです。
例えば、日々のお仏壇参りなどの行為です。
悲しみの中、その行為に身を任せることによって、新しい世界が遺族の心の中に切り開かれてくるのです。
しかし、直葬は上記作業をすべて省くのです。
故人との新しい出会いの契機も築かないし、やらねばならない義務も生じません。
ただ、故人と別れるだけ。まさに告別式。(これは葬儀ではありません)
そこには、故人を忘れていく世界しか残りません。あるいは思い出としていく世界しか残りません。
その道をすすめば、「死んだら終わり」という世界観が切り開かれてきそうで心配です。
日本人はそうではありません。
昔から先人を敬っていく世界観が築かれてきました。葬儀はその中心にあったものです。
しかし、段々と葬儀の意味が伝わらなくなり・・・葬儀が告別式化していき・・・挙句、「単なるお別れだったら形式ばった儀式なんて必要ないじゃん」。
と考える人が増えても、不思議ではありません。理解できます。
しかし、本質はそうではない。葬儀はお別れを告げるだけの式ではない。むしろ逆。葬儀は故人(仏様の世界に往かれた故人)との出会いを築く儀式。
「死んだらそれで終わり」という世界ではない。
「死んでも終わらない世界」と遺族の出会いが大切。それが葬儀の本質。
その世界を表したのがお仏壇だったりするのです。だからその後のお仏壇をお参りする生活も大事。
(ここを僧侶が整えていく、遺族を道に乗っけてあげる。それが僧侶の大切な役目の1つだったりすると思う)
直葬をすることで、「新たな出会い」を築かない・・・その果てはお仏壇も必要なくなる世界を生きていくことと繋がります。
お仏壇の代わりに、「故人の写真などを飾るスペースをつくればいいや」となるでしょう。
そこに手を合わせたところで、過去の思い出の意味しかありません。
思い出は個々人によって違うので、故人を知らない世代が生まれてくれば、お参りはしなくなるでしょう。
それではダメ。そのような世界を生きていってはいけません。
そうではなく、先人が往かれた世界。そんな世界と関係を築くことで、仏様を敬い、お参りする世界が開かれてくるのです。
そこには、「仏様は私たちをみていてくれる」。「仏様が悲しむようなことをしてはいけない」。などと人生の規律が生まれてきます。
その世界を私たちが歩むことで、故人を知らない世代が生まれてきても、仏様をお参りする人間が育っていくのです。
安易な考えで直葬をしてはいけません。文化が崩壊することに繋がるから。
文化の崩壊に繋がれば、「誰も見てなきゃ何してもいいや!」と思う人間が育ち易くなります。「バレなきゃいいや」と考える人間が育ちやすくなります。
先人を敬うこと、弔うこと、葬儀を勤めること(お金をかけたくないのであれば、お寺に相談してもいいじゃないですか)これらはお金に変えられない大きな価値があるのです。
(もちろん、最低限かかる部分はかかります)
だからこそ、もっと葬儀を見直し、より良い社会を後世に残していきましょう。
最後に、「葬式は、要らない」という本を島田裕巳さんが書かれて売れましたね。
私は読んでいませんから、批判はできませんが、
もし、本当に葬儀が要らないと書かれてあったとしたら、それは間違いです。
本が売れる為に 敢えて言っているだけです。
確かに、本は売れたようで、次に「0葬」などと言い出しました(笑)
まあ、言論の自由がありますから、何をいっても構いませんが、それに踊らされたらいけません!!!
島田さんも、影響力あるんだから、大事なことは死守しながら、行動してほしいものです。
「仏様はすべておみとおしですよ」

下が寒いのだ

投稿日: カテゴリー: 日記

こんにちは 副住です。
さ・さ・寒い。
今日は東松山市にある西照寺では、雨に混じってみぞれが降っています。
関東地方でも積雪とでていたので、もっと山間部ではきっと雪が降っていることでしょう。
昨日、寒さ対策として、敷布団の上に敷く、暖かなカバーを買ってきました。
さっそく、布団に装着し、寝ることとしました。
す・る・と・・・・・暑い。
こんなに違うものなのでしょうか。驚きました。
羽毛布団とかいりません。贅沢すぎました。
もっと基本的なところに問題があったようです。
今時は、こんなに凄いものが売っているのですね。(;゚Д゚)!
私はこれまで、どんな環境で寝ていたのだろう?と自分で思ってしまいました。
そこで、振り返ってみると、私の敷布団はペラペラ。もちろん、その下にはなかなかいいマットがあります。
マットの下にはスノコが敷いてあります。その下はフローリング。
だからでしょうか、空気の入れ替えがとても良いのです。
今から思えば、下に問題があったようです。
フローリングの上にスノコを敷いている為、寒い空気がスースー入ってきます。
マットはいいのですが、冷気がマットを伝って、ペラペラの敷布団を通過。
結果、寝ていても寒い。だから毛布が足りないと考え、毛布を4枚かけ、さらに掛け布団を1枚。
・・・重くて、朝起きると身体が痛くてシンドい・・・そんな循環だったようです。
色々と聞見し、いかにも暖かそうな敷布団カバーを奮発して5千円で購入。
カバーをつけただけなのに、今度は暑くて毛布が少なくても大丈夫な気配を感じています。
今、毛布は3枚なのですが、今日は寒いけど2枚でいってみようと思っています。
問題は下にあった。